第25話 リーリアを救うために

 その翌日、日も変わろうとしている深夜に僕達はカレット先生の診療所を訪れた。

 コツコツ、と軽くドアをノックすると中からカレット先生がドアを開けて僕達を出迎えてくれる。


「やあ、こんばんは。月の綺麗な良い夜だね」


「……ええ、そうね。入って」


 カレット先生は無愛想に僕達に中に入るように促した。僕達は診療所の中に音を立てないようそっと入る。


「先生、リーリアは?」


「地下室で眠ってるわ。二人とも、私についてきて」


 カレット先生はそう言って、奥にある階段に向かって歩いていく。僕達もカレット先生の後を追って、階段を降りていく。ギッ……ギッ……、と一歩踏み出す度に階段が軋んだ。


 地下に降りると、カレット先生がなにかの準備を始めた。髪は白い帽子のようなものにまとめて入れて被り、上半身から手の先まで白い服で覆われている。口元は白い布を当てて頭の後ろまで回して縛っていた。

 見たことがない異様な姿に僕は尋ねた。


「先生、その格好は一体?」


「これから行うことの準備よ。髪の毛一本落としてもいけないから、こうやって全身を覆っているの」


 一体、カレット先生は何をするつもりなんだろう? 僕達はまだこれから行われることを説明されていない。

 すると、師匠がカレット先生に問う。


「さて、そろそろ説明してくれないかな。これから一体何をするのか。そして、ワシ達は何をすればいいのか」


 一通り着替え終わった先生が僕達を見る。その目は、強い覚悟が宿っているように見えた。


「これから、リーリアのお腹を開くわ」


「え! そんなことして大丈夫なんですか!?」


 やりたいことは分かる。リーリアのお腹を開いて、直接悪い部分を切ったり何かをして治療するんだろう。確かに医術が発達している王都では、最近そういったことをしているらしいと聞いたことはある。でもそれは最先端の技術と補助があって初めてできることだ。こんな田舎でやろうなんて無謀にも程がある!


「もうこれをやるしかないの。リーリアを助けるためには」


 そう語るカレット先生の目は本気だった。先生から感じる凄まじい迫力に、僕は少しだけ気圧される。


「あなた達にやってもらいたいことは三つ。一つは寝ているリーリアを起こさないようにすること、二つは手術をしている間にリーリアの容態を安定させること、そして三つに私の手元を照らしてくれること。それだけよ」


「ふむ、ではワシが昏睡の魔法と光の魔法を担当しよう。お前さんはリーリアと魔力経路を繋ぎ、できるだけ良い状態を保つんだ。できるね?」


「はい!」


 僕は二つ返事で答える。これは僕がリーリアの命を握っているのも同然だ。絶対に失敗はできない。


「私からも一つだけ聞かせて。なぜ時間の指定をしたの?」


 カレット先生は師匠に問う。

 そう、カレット先生がグライスさんの説得を何とか受け入れた時、師匠は一つだけ指示を出したのだ。それが、今日の二三時に治療を始めること。その理由は、僕も師匠から聞いていない。


「なに、ちょっとした用心さ。それが杞憂に終われば越したことはない。気にせず先生はやってもらえればいい」


 師匠は理由を明言せずに返答した。

 ここで理由を明らかにしておけばカレット先生の信頼を得ることができたかもしれないのに、なぜ師匠はそれを隠そうとするんだろう?

 師匠の返答にカレット先生は少しムッとした表情を見せたが、くるっと背を向けてドアノブに手をかける。


「じゃあ始めるわ。二人とも、覚悟はいい?」


「ああ、もちろんだ」


「僕もです!」


 師匠と僕が返事をすると、カレット先生はドアを開けた。僕達は落ち着いてゆっくりと中に入る。

 中には木でできた台にリーリアが寝かされていた。穏やかな寝息で、どうやら状態は安定しているようだ。リーリアの両手両足は台に付けられた革のベルトで固定されている。まるで、暴れるのを押さえ付けるかのように。

 リーリアの脇にはテーブルがあり、そこには様々な器具が並べられていた。どれも見たことがない形状だ。中にはどうやって使うのかまるで検討のつかないものもある。


 カレット先生がそのテーブルの脇に立ち、一本の刃物を手に取って僕達を一瞥いちべつする。準備をしろ、ということなのだろう。

 師匠は握った右手を前に出して開ける。すると、カレット先生の頭上にまばゆい光の玉が出現した。これで先生の手元も見やすくなるだろう。同時に昏睡の魔法も唱えたらしく、リーリアの寝息が深くなった。

 僕も先生の邪魔にならないよう、リーリアの両足首を掴んで自分の魔力をリーリアの中に馴染ませた。これでリーリアの状態が手に取るように分かると同時に、僕の魔力を循環させることで体力の消耗を抑えられる。そして、もしもの際は僕が何とかするんだ……!


「先生、どうぞ」


 師匠がカレット先生に促す。カレット先生は頷き、リーリアのお腹に刃物を当てた。



 二人の前で平静を装っていたけど、私の中は不安と緊張で今にも破裂しそうだった。今も刃物を持つ手が小刻みに震えて止まらない。吐き気で口から全てのものを吐き出してしまいそうになる。

 私は二人に気づかれないよう、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせようとする。……まだ震えは止まらないけれど、それでも少しだけ緊張がほぐれた気がする。


(しっかりしなさいカレット! 私が、私が絶対にリーリアを救うの!)


 覚悟を決めて私はリーリアのぷっくりと膨れたお腹に刃物を入れて表面を切る。リーリアの白い肌に一筋の赤い線が引かれ、私はその線の中に手を入れて中が見えるように開いた。


「……ない……ない! またなの? 一体どうして!?」


 そう、ライルの時もそうだった。患部を摘出するために腹部に刃物を入れて中を覗いたのに、そこには、。膨らませていた何かは忽然こつぜんと消え失せ、私は何もすることができなかった。そして、それが今また繰り返されている……。

 私は知っている。この後、最悪の夜が訪れることを。



 その時、僕は信じられないものを見た。リーリアの手足に付けられていた革ベルトが突然弾け飛び、深い眠りに付いているはずのリーリアがゆっくりと空中に浮かび上がった。まるで、糸のない操り人形のように。

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