第23話 月明かりに佇む少女
「ああもう、また師匠はこんなに酔って……」
その日も無事一日が終わり、僕と師匠は酒場で夕食を済ませて出てきたところだった。僕の肩にはぐっだぐだに酔って真っ赤になった師匠が腕を回して寄っかかっている。ほんとにこの人の酒好きにも困ったもんだ……。
もうこの村に滞在して五日になる。
その間に酒場の料理を色々と食べ比べてみたけど、僕的に一番美味しかったのは三日目に食べたグスコーブ鳥の丸焼きかな。パリッと香ばしく焼かれた表面に硬すぎない程よく歯ごたえのある身。それと鳥の中の穀物や野菜、果物などをみじん切りにした詰め物と一緒に食べると、鳥の旨味とその旨味を吸った詰め物が口の中で混ざり合って幸せな気分になれる。帰るまでに僕のレパートリーに加えたい一品だった。
村に滞在している間、僕達は色々と雑用を引き受けるようになっていた。具体的には壊れた農具を直したり、開拓のために邪魔な木を引っこ抜いたり、村の大人達に付いて行って狩りもしたっけ。魔法でそれらを解決するたびに村の皆はすごい喜んでくれて、今では村のほとんどの人達と顔なじみになったといっても良いかもしれない。
僕達はふらふらと千鳥足で道を歩きながら、なんとか宿屋にたどり着いた。ドアをノックすると、宿屋の親父さんがドアを開けて顔を出す。
「おや、またかね。いつもながらこんな幸せそうな顔をしてまあ」
「ええ、毎度毎度すみません……」
親父さんが師匠のもう片方の肩を持ってくれて、僕達は宿屋の階段を登っていく。そして師匠の部屋のドアを開けると、ベッドに師匠を乱暴に放り投げた。
「うう……む……」
師匠はベッドに顔を
師匠の部屋のドアを閉め、僕達は宿屋の一階に降りる。そのまま僕は玄関のドアを開いた。
「おや、今日はまだお出かけかい?」
「はい。ちょっと行ってみたいところがあって。遅くなるかもなんで先に寝ちゃってください」
「ああ、じゃあこれを貸しておこう」
そう言って親父さんは僕に一本の鍵を渡した。これはこの宿屋の鍵だろう。
僕は鍵をなくさないよう、鍵を首から下げて自分の服の中に入れる。
「ありがとうございます。それでは」
「暗いから転ばないように気をつけてな」
親父さんに送り出されて僕は外に出た。夜空には月が輝いていて道が明るい。
僕は村外れの林に向かって走り出した。
実は村の手伝いをしている時に、林の中で綺麗な花畑を見つけたのだ。そこはぽっかりと上が開いていて、そこから月の光が差し込むとまた違った美しさになると思い、夜を待っていた。今日は半月だけど、このぐらいの光でもきっと綺麗に違いない。
林道の途中から道を外れて草をかき分ける。そうしてしばらく突き進むと、目的の花畑に到着した。
けど、僕の目の中に最初に飛び込んできたのは色とりどりの花ではなく、花畑の中心にある大きな切り株に座っている、一人の少女の人影だった。切り株を後ろ手に付いて空を仰ぎ、足をぷらぷらとさせながら月の光を浴びている。その光景はすごく幻想的で、僕は思わず息を呑んだ。
その時、僕の足元でパキッと音が鳴った。うっかり、乾いた木の枝を踏んでしまったのだ。少女はその音に気づき、僕の方に顔を向ける。
「あら、こんばんは! 良ければこちらでお話しません?」
僕に気づいた少女が声をかけてきた。
覗き見してたようでちょっとバツは悪いけど、別にやましいことをしていたわけでもないので、僕は少女の提案を受け入れることにした。花を必要以上に踏まないように気をつけて、僕は少女の方へ歩いていく。
少女の元にたどり着くと、少女はにっこりと笑いながら、自分の横をぺしぺしと叩く。ここに座れということだろう。少女の誘いに従って、僕は切り株に腰を下ろした。
改めて少女の横顔を覗く。年の頃は十くらいだろうか。幼いけど一目見ればすぐに記憶に焼き付くぐらいの美人だ。白い月の光はただでさえ白磁のように白い彼女の肌を透き通らせるように照らしている。ちょっと癖っ毛のあるブランドの髪も、彼女の肌の上だととても映えて見えた。
「ねえ、あなたが今みんな噂してる魔法使いさんでしょう?」
「あ、ああ。僕はミョシュア。ちょっと前から居させてもらってるんだ。でも、君は見たことがないな」
「私はリーリア。私ね、お母さんの診療所に入院してるの。だからお外にはなかなか出られなくて、今日はこっそり抜け出してきちゃった」
そう言ってリーリアはいたずらっぽく小さく舌を出した。
この村に診療所なんて一つしかない。ということは……。
「リーリアのお母さんってカレット先生のこと?」
「そうよ。お母さんはね、たった一人で村の人達全員を診てるの。私の自慢のお母さん!」
リーリアは両手をぶんぶん振って興奮しながら僕にそう力説した。
「今日は花畑を見に?」
「ええ。それもあるけど、月明かりを浴びたかったの。知ってる? 月の光は病気を治してくれるのよ」
リーリアが両手を広げて夜空を仰ぐ。体いっぱいに月の光を浴びようとしてるんだろう。
ただ、リーリアは勘違いをしている。だから僕は軽く頭を横に振った。
「違うよ。月の光は悪魔を追い払ってくれるんだ」
「ア、クマ? アクマってなに?」
ああ、そっか。普通の人は悪魔を知らないんだった。悪魔の存在を知っているのは神官とほんの一部の魔法使いだけだ。
無用な混乱を防ぐため、悪魔の存在は一般には秘匿されている。僕だって師匠の部屋でそれに関する書物を読んで初めて知ったことだ。
「うーん、人に取り憑いて悪さをするやつのことだよ。その……リーリアは病気なの?」
「うん、ここ見て」
リーリアは自分のお腹をさする。そこはぽっこりと不自然に膨れ上がっていた。
「とっても難しい病気なんだって。お母さんはきっと治るっていつも笑ってくれるけど」
「そっか、だから月の光を……」
「ええ。これで病気が良くなればきっとお母さんも喜んでくれるわ! ……って、月の光じゃ病気は治らないんだっけ……」
とても残念そうにリーリアは
「リーリアはお母さんが大好きなんだね」
「そうよ、大好き。いつも優しくて、何かあったら抱きしめてくれて、私を本当に大切にしてくれて。他の大人達はお母さんのこと怖いって言うけど、それは本当のお母さんを知らないからなのよ」
目を輝かせてリーリアが語るカレット先生の話は、僕達がこの村に来た時の印象とは完全に真逆だった。初対面からの先入観で僕はあの人に苦手意識を持ってしまっていたけど、もしかしたらちゃんと話せば分かってくれる人なのかもしれない。
すると、リーリアがすっと立ち上がる。
「そろそろ行かなくちゃ。お母さんが私の部屋に見回りに来る時間に間に合わなくなっちゃう」
「そっか。さよなら、リーリア」
「違うわ。またね、よ! 明日から毎晩抜け出してくるから、ここで一緒にお話しましょう。またね、ミョシュア!」
そう言い残すと、リーリアは小走りに花畑の中を走っていく。まるで病気とは思えないぐらいに元気に。
いくら月明かりで明るいとはいえ
「リーリア、か……」
リーリアが去った後、僕はしばらく月明かりに照らされた花畑を眺めるのだった。
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