師匠、医者から嫌われる
第22話 魔法使い嫌いの女医
「火精よ逆巻け!」
僕は叫んで右手を大きく挙げた。狙い通り、狼の足元から炎が巻き上がり、その勢いで狼は大きく吹き飛ぶ。
僕達を取り囲んでいた狼達は低く唸ってこちらを睨んでいたが、ボスらしき一匹が遠吠えを上げて踵を返したのと同時に、他の狼達も一斉に逃げていった。どうやら僕達を食べるのは諦めたらしい。
僕は一息ついて振り向く。そこには荷馬車と右足首を怪我した一人の男性が座り込んでいた。僕は彼に声をかける。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、ああ。助かったぁ……」
男性は一気に気が緩んだらしく、大きくため息をついてその場に大の字で寝転がった。
事の発端は、僕達が近道のために森を抜けようとした時に、誰かの悲鳴が聞こえたことだった。僕と師匠は慌てて声のした方へ駆けつけると、そこには大量の狼と、それに囲まれる男性の姿があった。それを僕達は魔法を使って追い払ったのだ。
師匠が男性に近づき、懐から白い布を出して男の右足首に巻きつける。男の足からは血が
「傷は深くないけどこれは早く医者に診せた方がいいな。立てるかい?」
「ありがと……いちち!」
師匠が肩を貸して男を立たせる。かなり痛かったらしく、男は痛みで顔を歪ませた。
師匠はそのまま、男を荷台の中に連れて行って寝かせる。そして、自分は馬車の前に腰掛けて馬の手綱を握った。
「村まで連れて行こう。お前さんも乗りなさい」
師匠に言われて僕も荷台に乗り込んだ。それを確認すると、師匠は手綱を振って荷馬車を進ませる。師匠が馬を操れるなんてちょっと意外だ。
「このまま森を抜けてくれ。その先に俺の村がある。それにしても……」
男が僕達を見渡す。何か浮かない表情だ。
「僕達がなにか?」
「い、いや! あんた達、魔法使い……だよな?」
「ええ、それがどうかしました?」
「あー……うん、一つ忠告させてくれ。村に行ったら診療所には近づかないことだ。助けてくれたあんた達に嫌な思いをさせたくない」
「え? それってどういう意味です?」
「ちょっと厄介な人がいるのさ。そんな訳だからさ、頼むよ」
答えを濁されて何とも釈然としない気持ちを抱えたまま、馬車は森の中を抜けていくのだった。
◇
森を抜けてしばらく馬車を走らせると、進路の先に小さな村が見えてきた。取り立てて象徴するところもない、ごく普通の村だ。馬車は村の入口から入って、広場の中心で止まった。
僕達が馬車から降りると、何事かと村の人達が集まってきた。事情を話そうとしたのか、師匠の肩を借りた男が前に出る。その前には豊かに白ひげを蓄えた初老の男が立っていた。
「グルズ! どうしたんだその怪我は!」
「森の中で狼の群れに襲われちまったんでさ。この魔法使いの方達は俺を助けてくれた恩人です」
「なんと、そうか。ありがとうお二方。私はカルツ村の村長、グライスといいます。ぜひおもてなしさせてください」
そう言ってグライスさんは白髪交じりの頭を僕達に下げる。もちろん、好意を無下にするわけにもいかない。僕と師匠は顔を見合わせて小さく頷いた。
「ああ、ありがとう。それじゃちょっとばかし厄介になるよ。ワシはカルスト、こっちは弟子のミョシュアだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
このやりとりももう慣れたものだ。師匠と僕はグライスさんと握手をする。
その時僕は気付いた。グライスさんの表情が妙なのだ。目が泳いで何かを怖がっているような、そんな印象を受けた。それを裏付けるかのように、グライスさんは口早に僕達を誘う。
「ささ、お疲れでしょうからまずは宿屋へご案内しましょう! どうぞこちらへ……」
そう言って僕達が案内されようとしたその時だった。
「ちょっとあんた達!」
どこからか、女性らしき大声が聞こえてきた。声のする方を見れば、そこには腕を組んだ長身の女性が仁王立ちでこちらを睨んでいる。黒縁眼鏡に利発そうな整った顔立ち。きらびやかな長髪を右から肩に流している。年の頃は三十後半ぐらいだろうか。
女性はこちらにづかづかと歩いてくると、僕達の目の前で止まった。どうやら呼ばれたのは僕達らしいけど、何やら剣呑な雰囲気だ……。
「せ、先生! ここは穏便に……」
「黙ってなさい!」
仲裁に入ろうとしたグライスさんを女性が一喝する。そのたった一声でグライスさんはぐっと黙ってしまった。村長相手にここまで大きく出られるこの人って一体……。
女性は一息吐いて僕達を睨む。その視線から僕をかばうように師匠が前に出た。
「あんた達、魔法使いね」
「いかにも。あなたは?」
女性の剣幕にも師匠は怯まず、普段通りの穏やかな様子で応対した。まあ、師匠が怯む姿なんて微塵も想像できないのだけど。
「カレット。この村で医者をやってる。そこの若いのが世話になったらしいわね。それは礼を言うわ。でも、魔法で治療なんてしてないでしょうね?」
「いや、手持ちで応急処置をしただけだ。それが何か?」
「……そう、それならいいの。ほらグルズ、肩を貸して! すぐに診療所で治療よ!」
カレット先生はグルズさんの腕を自分の肩に回してその場を後にしようとした。けど、くるっと僕達に振り向いた。
「いい? この村で魔法を使った治療は絶対にするんじゃないわよ! もしそんなことをしたら、この村から叩き出すからね!」
そう吐き捨てるように言うと、カレット先生は遠くに見える赤い屋根の大きな家に向かって歩き去っていった。おそらく、あそこが診療所なんだろう。
突然の剣幕に僕はしばらく唖然としていたけど、徐々に状況が飲み込めてきて沸々と怒りが湧き上がってきた。
「……な、何なんですあの人は! 別に僕達が魔法で何をしようが、良いことに使えば問題ないでしょう!」
僕は憤りのない怒りを吐き出した。
でも、村人達の反応は誰もはっきりとしない。皆、一様に表情を曇らせて明後日の方向を向いていた。仕方ない。そんな文字が顔一面に張り付いているみたいに。
その時、僕の頭に誰かの手が置かれた。師匠だ。そのままポンポンと二度頭が叩かれる。落ち着け、という意味なのだろう。僕はまだ腹の中がムカムカしてたけど、半ば無理矢理にそれを押し殺す。
「どうもすみませんでした。あの先生も悪気があったわけじゃ……」
グライスさんが心底申し訳なさそうに僕達に頭を下げる。それを師匠が制した。
「いや、何かしらの事情があるんだろうとは察したよ。それを話してもらうのは……」
「それは……私達の口からは何とも。ともかく、私達はあなた達を歓迎します。ぜひ、しばらくはここでゆっくりとなさってください」
魔法使いにも色々いる。僕達みたいに各地を放浪しながら魔法を村や町のために使うのが大半だけど、魔法を笠に着て脅したり、詐欺や盗賊まがいの行為をするのだって時々出る。そういうのはすぐに懸賞金がかけられて捕まるのだけど。
けど、グライスさんの声色に嘘偽りの影は感じられなかった。魔法使いを疎んでいる様子はない。少なくとも、あの人を除いて僕達は歓迎されてるみたいだった。だったらどうして……。
腑に落ちない気持ちを抱えながら、僕達はしばらく村に滞在することに決めた。
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