第16話 星喰みとの決戦-1

 それからすっかり日が落ちて、世界は暗闇に包まれた。けど、僕達のいる場所――テンペランド――は別で、星光樹が燦然と輝いてまるで昼間のような明るさだった。僕が毎晩見上げていた光は、この星光樹の光だったんだ。


 星みが現れるまでの間、僕達は島の中心の広場で待機していた。

 ジェフさんとスーさんとイヴさんは集まって島の人達と談笑を、チヅさんは師匠と一緒にルーア婆さんと何やら難しい話をしていて、最後のアルさんはと言うと腕を組んだまま海の遠くをじっと眺めている。これから戦いが始まるというのに、皆は全然緊張とか気後れしているようには見えない。


 そして僕はと言うと、ノイと二人で彼らやこの島や世界のことを聞いていた。

 分かったのは、彼らは争い事を一切ない種族で、この世界でひっそりとのんびり暮らしていたということ。あと彼らには遠く離れた同じ種族達に意思を飛ばす能力があって、それで他の島と連絡を取り合ってるらしい。


「そっか。ちょっとノイ達が羨ましいよ。何の争いもなく、悩みもなく毎日が過ごせてさ」


「フレッド君達の世界は違うスか?」


「うん。平和なところもあるけど、それ以上に争いの絶えないところはたくさんある。僕はあちこちを渡り歩いてきたから、そういうのを嫌ってほど見てきたよ」


 そう話すと脳裏に師匠と出会う前に見てきた光景が次々に流れてきた。どれもこれも苦しくて悲惨で思い出したくもない。僕はそれに抗うかのように、自分の前髪を右手で半ば無意識に強く握りしめる。


 ノイが僕の顔を覗き込む。


「じゃあ、フレッド君は自分の世界が嫌いなんスか?」


「……正直言って、良く分からないんだ。最初は自分の世界が嫌で嫌で仕方なかった。それに絶望して死のうとしたこともある。でも師匠に出会って違う視点から世界を見た時、今まで気付けなかった素晴らしいものがあるってことに気付けたんだ。だから……うん。今は、ちょっとだけ自分の世界が好きになったかもしれない」


「それなら良かったス! 自分のいるところが嫌いになることほど、きっと不幸なことはないスから」


 そう言って無邪気にノイははしゃいだ。その仕草にわざとらしさは微塵も感じられなくて、ノイが本当に喜んでくれてるんだと分かる。それを見て、何だかほんの少しだけ、心の奥底に刺さっていた何かの痛みが和らいだ気がした。


「ノイは僕達の世界に興味ある?」


「そりゃもちろん! フレッド君達がどんな所に……」


 突然、ノイの体がビクッと震えて直立不動になった。耳がピクピクと動き、僕から見て左側の海の方向を見ている。


「フレッド君! 星みが現れたっす!」


 ノイの言葉で僕の全身に緊張が走った。ついに、戦いの時が来たんだ。


「皆さん、行きましょう!」


「こっちス!」


 ノイが先駆けてさっき向いていた方向に走っていく。その後を僕達も走って追いかけるのだった。



 僕達は森を抜け、浜辺へとたどり着いた。そこには、予想もしなかった光景が広がっていた。真っ暗な海の中に、光り輝く巨大な黄金の太陽が昇っていたのだ……。それが太陽ではなく巨大な生物だと認識するのに、僕は数十秒の時を必要とした。


「……ちょ、ちょっとちょっとちょっと! 何あれ、どんだけでかいのよ!」


 チヅさんの絶叫が浜辺に響き渡る。

 そりゃそうだ……。遠近を計算に入れてもあの生物の大きさは今、僕達がいるこの島と同じぐらい、いや、絶対にもっと大きい。

 星み。その名を冠するにふさわしい規格外なスケールの大きさだった。


 星みを前にしたまま、誰も一歩が踏み出せない。完全に僕達はその圧倒さに飲まれてしまっていた。ただ一人を除いて。


「……いいねえ、最後にふさわしい相手じゃねえか。そんじゃま、お前らが行かねえなら、いっちょ一足先に行かせてもらうぜ!」


 放心している僕達にそう言い放ったのはジェフさんだった。見れば、鎧の形状が変わって両足がゴツゴツとしたブーツになっている。そのブーツの足首あたりから青白い炎が吹き出し、ジェフさんは凄まじいスピードで一人、漆黒の海へと飛び出していった。



 恐怖がないと言えば嘘になる。これまで俺が戦ってきたどの相手と比べても、あの星みとかいうヤツはケタ違いだ。だが、それ以上に俺の胸が高鳴った。もう一度カークと共に戦える。それが俺の足を突き動かした。


 俺と星みとの距離がグングン縮まっていく。

 ああそうだ、この感覚だ。カークと一体になって風を切り進んでいくこの感覚。強敵を前に気圧されそうになりながらもそれを突き破る感覚。何もかもが懐かしい。あの日常が帰ってきたかのようだ。

 だがもちろん、そんなのは幻想に過ぎない。


 俺が近づいていっても星みはまるで動く気配を見せねえ。まあそりゃそうだろ。ヤツにとって、俺の大きさなんて羽虫かそれ以下の小さすぎる存在だ。きっとまるで目になんて入らない。だが、奇襲にはおあつらえ向きの状況だ!


 ついにヤツの懐にまで飛び込んだ。ヤツの背中に乗るために大きく飛ぶ。全く、とんでもねえデカさだ。

 飛んでいく最中にヤツの右目の前を通った。グラグラと沸き立つマグマのような深い赤色をした、数百メルセルクはありそうな巨大な目玉だ。だが、ヤツは俺を目で追うこともなく、一直線に島へと向かってる。存在を無視されたのか、それとも本当に目に入らなかったのか。ま、そんなのはどっちでもいい。今からそれを後悔させてやるんだからな!


「カーク!」


 俺は相棒の名を叫ぶ。それに応えて、相棒はその全てを使って俺の右手に巨大な刃を作り出した。峰は煌くワインレッド。刃に近付くにつれて、その色味は白銀へと近付いていく。形は大きく反っており、峰には加速のための三つの噴射口が取り付けられている。


「こいつぁ……」


 それは間違いなく俺の知っている形だった。だが一つだけ違っていた。その刀身は俺が知っているものの三、いや五倍以上は軽くある。質量を完全に無視したその形。そして握る右手からは震えるほどにみなぎる力が伝わっていた。


「なるほど、こいつが強化の魔法とかいうやつの効果か。いいねぇ、いいじゃねえか! さあ、行くぜ相棒。ときの声を上げるぜ! カークファングブレイドォォ……!」


 俺はカークファングブレイドをヤツの背に深々と突き立てる。黄金の体から似つかわしくない、紫の血が吹き出した。そのまま俺は柄を両手で握りしめて叫ぶ!


「吼えろカーク! 地裂断!!!」


 カークファングブレイドの噴射口から青白い強烈な炎が吹き出した。俺達はそのまま、ヤツの肉を切り裂きながら凄まじい速度で飛び、さらに加速する。

 その痛みに耐えかねてか、ついにヤツが悲鳴を上げた。


 さあ、ここからだ。エースの真髄ってやつを見せてやるぜ!



 僕はその光景をあっけにとられて見ているしかできなかった。一足先に飛び出したジェフさんは今、星みの背に取り付いて一人で戦っている。まるで臆する様子もなく、さも当然といったように。


「……ったく、先を越されたわね。私も行くわ!」


 そう言うや否や、今度はチヅさんが飛び出した。水面を滑るように走り、すぐに星みの元にたどり着く。そして、右肩に担いでいた鈍器を両手で握り直し、それを下から豪快に振り回した。


「ど…………っっっっせい!!!」


 その時に目に写った光景を、僕は信じられなかった。

 魔法もなにもない。ただ物理で一発殴っただけのはず。それなのに、星みの体が。あの島ほどもある巨体を、いくら師匠の強化の魔法がかかってるからって言っても、腕力だけで豪快に殴り飛ばしたんだ! ありえないにもほどがある! あの人、本当に人間なのか!?


 あまりの衝撃に口を開けたまま放心する僕の横から、さも当然といった表情でアルさんとスーさんが現れる。


「俺達も行くぞ、スー」


「うん! チヅやジェフに負けてらんないもんね!」


 そう言って二人も飛び出していった。きっとこの二人も先に戦っている二人に負けないぐらいの実力者なんだろう。彼らには使えない魔法というアドバンテージがあるはずなのに、まるで自分が猛獣の中にいる一匹の草食動物か何かのように思えてしまう。

 無意識に、僕の右足が僅かに後ろに下がろうとする。けど、僕はギリッと奥歯を噛み締めて逆に一歩前に踏み出した。


(ここで臆してどうする! 僕は師匠に任されたんだ!)


 あんなのを相手に僕一人でやれることなんて高が知れてる。でも、今なら師匠の魔力経路がある。そして培った縁の力。それらがあれば、もしかしたらあれができるかもしれない……!

 僕は懐からスクロールを取り出し、端をつまんで大きく右に振った。巻かれていたスクロールがシュルシュルと音を立てて引き出される。


「紡がれるはえにし。彼方へと届け、我が想い。固く結ばれたえにしは絆となりて、の者を形作れ!」


 詠唱に反応し、スクロールが何かに巻き付くように形作っていく。少し太めで長い尻尾に大きな翼、そして僕がちょうど乗れるぐらいの大きさの体。それらが全て形作られた時、僕はスクロールを思いっきり引いて叫んだ。


「来い、グルタ!」


 真っ白な光がほとばしり、スクロールがほどけてその下があらわになっていく。燃えるような真っ赤な体に生意気そうな顔つき。それは間違いなく、あのグルタだった。一か八かの賭けだったけど、僕はドラゴンを召喚することに成功したんだ!

 当のグルタはと言うと、初めは事態を飲み込めていていないようでその場に突っ立っていたけど、僕の姿に気付くと近寄ってきた。


「ナゼオマエガココニイル? トイウカココハドコダ? オレハリュウセンコニイタハズダガ?」


 やっぱりグルタの声はそのままだとちょっと聞き取りづらいので、グルタの喉に触って翻訳の魔法をかけてやる。そして僕はグルタに向かって勢いよく頭を下げた。


「頼む、グルタ! 僕と一緒に戦ってくれ!」


「戦う? 一体何と……」


 そう言いかけてグルタは何かに気づき、自分の背後を振り返った。その目には星みと、それに立ち向かっている皆の姿が写ったはずだった。

 事態を把握したのか、グルタがニヤリと笑った。


「なるほど、そういうことか。いいだろう、借りを返すちょうどいい機会だ。乗れ!」


「グルタ!」


「だが、覇竜祭のような無茶はするなよ? 次は落ちても助けてやらんからな」


「ああ! 分かった!」


 僕はグルタの背に乗ってグルタの首に両腕を回した。そして僕とグルタはお互いを見つめて一つ頷くと、星みに向かって飛んでいくのだった。

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