第15話 銀星の勇者の予言

 石碑には丸い大きな生き物の姿とそれに飲み込まれようとしている亜人達の姿、そしてそれに立ち向かっている七つの人らしき絵が描かれていた。下には彼らの文字がびっしりと書かれている。


「空から金色の流星が降る。それは災厄の化身であり、星みと呼ばれるものである。一度ひとたびみがその大口を開ければ、たやすく我らは島ごと飲み込まれてしまう。しかし、続いて降る銀星に乗って勇者達が現れる。勇者達は我らを救うため星みに立ち向かい、これをすべからく打ち倒すであろう……これがワタシ達に伝わる予言の一部ス。昨日、予言通り金色の流星が降り、この世界に星みが現れて既に一つの島が飲まれたス。どうかお願いス。星みを倒して、ワタシ達を救ってほしいス」


 ルーア婆はそう話すと、僕達に向き直り両膝を地面について僕達に深々と頭を下げた。


「ワ、ワタシからもお願いするス!」


 それを見たノイも慌ててルーア婆の隣で同じように座り込み、僕達に頭を下げる。

 ここまでされて、僕は何もせずに黙ってなんていられない!


「やりましょう、師匠!」


「うむ、そうだな。どうやら星が消えた原因はこいつのようだ。やってみようか」


 僕のお願いを師匠は快く受けてくれた。師匠がその気になれば、どんな化け物が来たって絶対に倒せる!

 けどその時僕は気付いた。チヅさん達の表情が暗い事に。


「まいったな、こりゃ……」


「ああ、争いはしないという判断が完全に裏目に出た」


「ごめんなさい……、私達は戦えないわ。私達、武器の類は一切持ってきてないの」


 そう言ってチヅさんは僕達に頭を下げる。その表情からは、悔しさと悲しさが嫌というほど滲み出していた。他の皆も同様で、苦虫を噛み潰したような苦しい表情をしていた。


「だ、大丈夫です! 僕と師匠で……」


「ちょっと待った」


 チヅさん達を励まそうとした僕を師匠が止めた。師匠は何か面白いものを見つけたかのように目を輝かせている。その目線の先にはチヅさんがいた。

 師匠はチヅさんの前に立つと、チヅさんと目線を合わせるように屈んだ。チヅさんは師匠の奇行に体を強張らせてしまう。


「あ、あの……」


「チヅさん。お前さん達、面白い過去を持っとるな。昔、とんでもない者と戦っていただろう」


「え、何でそれを⁉」


 チヅさんは驚いて両手を口に当てた。どうやら師匠の言う通りだったみたいだ。僕は師匠みたいに人の目を覗いただけで全てを見通せるような力は持っていない。一体、チヅさん達の過去に何があったと言うんだろう。

 師匠はニッコリと笑って頷く。


「ああ。お前さん達がくぐってきた修羅場、確かに見させてもらった。そこで提案なんだが、もしその頃の力を取り戻せるとしたらどうかね?」


「そんな! そんなのできる訳が……!」


「ワシならそれができる。さて、もう一度問おう。力を取り戻したとして、お前さん達に戦う覚悟はあるかい?」


 師匠の提案にチヅさんは少しだけ躊躇うような素振りを見せた。しかし、すぐに覚悟を決めたようで、射抜くような力強い視線を持って師匠を真っ直ぐに見つめた。


「――あるわ! 私達が彼らを救ってみせる!」


 チヅさんの固く強い意志のこもった返答。その想いは皆同じようで、他の面々もやる気に満ちた瞳でチヅさんを見守っていた。

 それに師匠は満足げに頷く。


「良い答えだ。じゃあちょっとここに集まっとくれ」


 師匠の指示でチヅさん達が一箇所に集められた。そこに師匠は右腕を突き出す。


「思い出せ、彼方に捨て去りし過去の姿を。そして願うのだ。過去の栄光は形となりて今、それを取り戻さん」


 師匠が過去戻しの呪文を唱えると、チヅさん達が白く輝いた。そのまばゆい光がゆっくりと収まった時、チヅさん達の姿が変化していた。


 まずはチヅさん。チヅさんの手には鈍色をした巨大な鈍器が握られていた。長さはチヅさんの背丈の二倍以上。大の大人が数人がかりでも到底持てそうにないそれを、チヅさんは軽々と片手で持っている。


 次にアルさん。アルさんの全身は真っ黒な服で覆われている。胸の辺りにはマグマのように真っ赤に燃えているような玉が付いていて、そこから全身に赤く細い線がびっしりと伸びている。

 さらに、アルさんの右手には臙脂えんじ色をしたグローブが着けられている。その手の甲には真っ白な玉が付けられていた。


 そしてスーさん。スーさんは無骨な六角形の金色をした棒が握られている。それをスーさんが一振りすると、ガキンという金属音と共にその棒が倍ぐらいに伸びた。それと同時に、バチンと青白い光が棒から放たれる。


 最後にジェフさん。ジェフさんが背負っていた動物のようなものがもぞもぞと動き出したのだ。それはジェフさんの背中から降りると、チヅさん達の前に歩いて、ワンッと一声鳴いた。

 それを見た皆が一様に声を上げる。


『カーク!』


 カークと呼ばれた動物は一目散にジェフさんの元へ駆け寄る。そしてジェフさんは嬉しそうにカークを抱き締めた。それを見て皆も次々にカークに近寄り、わしゃわしゃとカークの体を撫でていた。


「ああ……ああ! 夢じゃねぇんだな!」


 カークを抱き締めながら叫ぶジェフさんは、感極まったみたいでボロボロに大粒の涙を流して泣いていた。まるで、旧知の親友と念願の再開を果たしたかのように。

 けどその時、師匠が諭すような声でジェフさんに告げる。


「感動の再会に水を差すようですまないが、それは生き返ったわけじゃない。一時的に昔の姿を取り戻しているだけなんだ。だから……」


「――ああ、そうか……そうだよな。分かってる。本当は俺達の手で起こしてやらなきゃ駄目なんだ。でも今は……」


 そう言うとジェフさんはカークを離してすっくと立ち上がる。それに反応したカークがジェフさんの体に覆い被さった。すると驚くことに、カークの体がまるで水みたいに溶けてジェフさんの全身に広がっていく。そうしてあっという間に、ジェフさんは深い紫色をした鎧を身に纏った。


「相棒と共にこの世界を救ってみせるぜ! お前達、もう心配はいらねぇ。このジェフェリーとカークがいれば、どんな相手だって倒して見せてやる!」


 自信たっぷりのふてぶてしい笑顔でジェフさんは僕達に啖呵を切る。

 こうして皆は力を取り戻した。たった一人を除いて――


「はは、やっぱ皆すごいな。僕だけ力になれなくて悔しいよ……」


 そう、イヴさんだけ師匠の魔法に何の変化も無かったのだ。イヴさんは心底悔しそうな表情で俯いていた。その両手はぎゅっと固く握りしめられている。

 しかしまるで空気を読んでいないかのように、ジェフさんがてくてくとイヴさんに近づいていって、その頭をポンポンと叩いた。それにイヴさんが顔を上げると、ジェフさんがニッと笑いかける。


「何言ってんだよ。お前のおかげでここまで来れたんだろうが。大体、それを言ったら俺は空船を作るために大したことはやれてない。そんな俺を、お前はここまで連れてきてくれたんだろう? じゃあ後は俺達の役目だ。何も心配せずに信じて見てろ。お前の送り届けた勇者様達が、星みとやらをブッ倒す様をよ!」


「ジェフ……」


 ジェフさんの励ましで、あんなに暗かったイヴさんの顔が、まるで花が咲いたかのようにパッとほころんだ。その目にはちょっとだけ涙がにじんでいたみたいで、イヴさんは両手を使って両目を拭っている。


 その様子を一部始終見ていた師匠は満足げに頷いた。


「どうやらそれぞれ、覚悟が決まったようだ。ルーア婆さん、ノイ、その星みとやら、ワシらに任せてもらおう。これだけの強者が揃ったんだ。まあやれないことはないだろう」


「おお! ありがとうス、銀星の勇者達よ。儂達もできるだけの協力はさせてもらうス。どうかよろしく頼むス」


「ワタシ、この事を島の皆に伝えてくるス! あと外の皆にも!」


 そう言い残すと、ノイは凄いスピードで駆けていった。そして少しの間を置いて、森から大歓声が響き渡る。さあ、これでもう後には引き下がれない。

 けど、僕には不安は少しもなかった。師匠の実力はもちろん、心強い仲間がこんなにいる。どんな怪物だって、絶対に僕達がやっつけてやる!


 その時、アルさんが口を開いた。


「だがいくつか問題が残っているな。一つはどうやって星みにこの島を狙わせる?」


 確かに。アルさんの言うことはもっともだ。星の数だけ島があるなら、他の島が襲われる可能性はとても高い。かと言って、現れてから僕達が向かってもきっと間に合わないだろう。

 その問題にルーア婆が口を開いた。


「それなら大丈夫ス。今、ノイが他の島全てに連絡を取って、星光樹の光を隠すように伝達しているス」


「せいこーじゅ?」


 スーさんが首を傾げる。


「この森の木の名前の事ス。星光樹は夜になるとその島特有の光を放つス。星みはその光の強い島を狙うと伝承にあるス。であれば、光る島をここだけにしておけば、必ずこの島を狙うはずス」


 なるほど。確かにそれなら問題なさそうだ。この提案に皆が頷いた。


 さらにアルさんが続ける。


「後は俺達の戦い方だ。この島に被害を出さないようにするには海上で戦う必要があるが、俺達は水面に立つ事ができない。ギルさん、俺達に君達みたいな魔法とやらをかけてもらうことはできるだろうか?」


「ああ、もちろん。今回はワシは補助に徹しよう。お前さん達に水上浮遊と強化の魔法をかけ、さらにこの島全体を守る結界の維持、そして司令塔とやることが山積みだ。その代わり、こちらからはフレッドを出す。フレッド、戦えるね?」


「え? でも僕の魔力じゃ……」


「特別にワシと魔力経路を遠隔で繋げよう。大体の魔法ならそれで行使できるはずだ。お前さんの知識量なら、きっと彼らの力になれるだろう。頑張るんだよ」


「……分かりました! 師匠に恥はかかせません! 皆さん、よろしくお願いします!」


 ここまで師匠にお膳立てしてもらって引くわけにはいかない! 僕は皆に向かって頼んだ。

 最初に動いたのはジェフさんだった。僕に近づくとがしっと右腕を僕の首に回して肩を組む。


「おうよ! でも無理はすんなよな。そういうのは俺達の仕事だからさ」


「そうね。何だったらジェフは囮に使ってもらって構わないわよ。逃げ足だけは本当に早いんだから」


 チヅさんの容赦ない言葉が飛ぶが、ジェフさんはいつも通りといった感じで切り返す。


「確かに俺とカークが組めば最速なのは認めるけどな。ま、始まれば分かるさ。この中で誰が一番強いかがな」


「俺も遅れを取るつもりはない。久々の戦いだからな。腕が鳴る」


 そう言ってアルさんが両手を握り、互いに打ち合わせた。ガンッという硬質な音が鳴り、そこから炎が吹き出す。


 スーさんも棍棒を両手で器用に頭上でクルクルと回した後に、前に向かって構える。


「私も! 皆達には絶対に負けないんだから!」


 ああ、どうしてだろう。この人達といるとこんなにも安心できて心強いのは。


「なあ、アル。久々にアレやろうぜ?」


「ああ、アレか」


 そう言うと、ジェフさんとアルさんがお互いに近づいて、右手の甲を突き合わせた。一体、何をしようというんだろう?

 ジェフさんは周りを見渡して、左手でこっちに来いという感じに手を招く。


「ったく、この二人は相変わらずね」


「僕はこれ好きだよ。あの時を思い出すよね」


「私もやる!」


 チヅさん達も何をやるか分かってるみたいで、次々に近づいてお互いの右手の甲を合わせていく。

 どうしていいか分からず逡巡しゅんじゅんする僕の背中を、師匠がそっと押した。


「何やら楽しそうじゃないか。ワシ達も混ぜてもらおう」


「え? あ、はい」


 師匠に促され、僕と師匠も同じように手を合わせた。

 僕らが手を中心に丸く取り囲む形になる。すると、突然アルさんが気合の入った大声を上げた。


「俺達はあの日から戦いを捨てた! だが今、俺達はこうしてもう一度だけ力を取り戻した。今回は今までとは違う。奪うための戦いじゃない。守るための戦いだ! これがきっと正真正銘、最後の戦いになるだろう。全員で絶対にこの島を守るぞ!」


『おう!』


「お、おう!」


 アルさんの掛け声で皆が声を上げて、右手を天に掲げた。やり方が分からなかった僕は一歩遅れて声を上げ、見よう見まねで皆と同じように手を挙げる。一方の師匠はというと、どうしてか分からないけど、完璧なタイミングで皆と同じ動作をしていた。


(分かってたなら教えてくれればいいのに……)


 僕は恨みがましく、じとっと師匠を見た。その視線に気づいているのかいないのか、師匠は薄く笑みを浮かべながらわざとらしく目を逸らしている。


 とにかく、これで皆の気合も入った。後は星喰みを倒すだけだ!

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