第13話 空は繋がっている

 僕達は水面を滑って進んでいく。

 しばらく行くと、墜落した流れ星の全容が見えてきた。流れ星は銀色をした巨大な長細い筒みたいだ。片方の先端は徐々に細くなる形状をしている。

 それは水に沈まず、三分の一ほど水に浸かってぷかぷかと浮いていた。


 僕達が流れ星に到着した瞬間、流れ星の側面がガタンと音を立てて開いた。そこから何かが顔を出す。


「……驚いた。ここ、本当に海よ。イヴの言った通り」


 そう独り言をつぶやくそれは何と人間だった! 真っ黒な髪の長い女性らしき影が中から出てきたのだ。続いてぞろぞろと中からまた人が出てくる。


「わーい! すっごいよ! 見て見てみんな!」


「ああ、本当に凄いな。波のない海だ」


「見えるか、カーク。ついに辿り着いたぜ……。イーヴリン、早く上がってこいよ! お前の待ち望んだ景色だぜ!」


「ちょ、ちょっと待って……。うわあ……。うん……うん、うん! いやったーーーー! 僕達、ついに辿り着いたんだ!」


 現れた人影は全部で五人。僕達の世界では見たことない服装をした人達が、流れ星の上に立って世界を眺めていた。言葉振りからこの世界の住人ではないようだ。


 すかさず師匠が声を掛ける。


「そこのお前さん達、ちょっといいかい?」


 師匠の問いかけに、最初に顔を出した女性が振り向いて答える。


「……え? もしかしてこっちの世界の住人? あ、あの! 私達は怪しい者じゃないの! あなた達の空の方から来たっていうか、えっと……」


「あ、違うんです! 僕達もこの世界の住人じゃなくて、多分あなた達と同じなんです」


「え?」


 女性は驚いたように口に手を当てて目を丸くする。どうやらお互いのことを説明し合う必要があるみたいだ。

 師匠と僕は体を浮かして、彼らのところへ移動する。それを見た彼らは大きくどよめいた。まるで魔法を見たことがないみたいだ。僕の砂の目にも彼らの魔力は見えない。魔力を持たない人間なんていないはずなのに……。


 師匠は彼らに向かって仰々しく頭を下げる。


「やあ、失礼。ワシ達もお前さん達と同じように向こう側から来たばかりなのさ。ワシはギルバート。こっちはフレデリックだ。よろしく」


「よ、よろしくお願いします」


 僕は慌てて師匠に話を合わせる。


 ちょっとの間、彼らは小声で相談する様子を見せていたが、全員が小さく頷くと黒髪の女性が微笑みながら前に出てきた。

 すごい美人で涼やかな切れ長の目が特徴的だった。あと、白くてぞろっとした不思議な服を羽織っている。


「初めまして。私はチヅル。どうやら私達、協力するべきみたいね。こちらも仲間を紹介するわ」


 チヅルさんがそう言うと、彼らが一人ずつこちらに向かって歩み自己紹介をしてくれた。


「アレックスだ。よろしく」


 アレックスさん。短く切り揃えられた銀髪と無精髭にキリッと引き締まった無骨だけど精悍せいかんな顔つき。全身は服の上からでも分かるほどの筋骨隆々な体格から、ものすごく強そうで頼りになりそうだ。


「俺はジェフェリー! 困ったことがあったら何でもお兄さんを頼ってくれよな!」


 ジェフェリーさん。師匠と同じぐらいの高い身長に肩まで伸びたブロンドの髪。そしてまるで絵画の中の人物のように整った顔立ちは凄くかっこいい。ちょっと師匠に似ているかも? 全然近寄りがたさは無くて、とても親しみやすそうだった。

 あとなぜか、紫色をした狼に似た形の動物のようなものを背負っている。


「僕はイーヴリン。仲良くしてもらえたら嬉しいな」


 イーヴリンさん。背丈は僕と同じぐらいで、顔の半分ぐらいの大きなメガネと、鼻の頭にちょっとだけ散ったそばかすが特徴的な女性だった。ジェフェリーさんの色と同じ金髪を三つ編みにして左右に流している。


「私はスーヤ! よろしくね、フレデリックくん! 私のことはスーでいいよ。皆のこともチヅ、アル、ジェフ、イヴって呼んでね!」


 最後にスーヤさん。見るからに明るそうで元気いっぱいの人柄が伝わってくる。子供っぽい話し方のせいか、見た目は完全に大人だけどそれよりちょっと幼いようなギャップを感じる。髪は後ろに纏めていて、まるで深い森のような緑色が印象的だった。


「じゃあワシらのことはギルとフレッドとでも呼んでもらおうか」


「ええ、よろしく。ギルさんにフレッドくん。それで一つ質問なんだけどあなた達、ジークスって知ってるかしら?」


 良く分からないチヅさんの問いに僕達は首を横に振った。聞いたこともない名前だ。

 それを見てチヅさんは右手を口元に当てて軽く俯く。


「やっぱりね。ジークスは私達の有名な国の名前で、知らないなんてありえないの。つまり……」


「ワシ達はお互い、違う世界からやってきた、ということだね」


 師匠の指摘にチヅさんは頷いた。

 信じられないけど、さっきの話と僕の足元にある何だか分からないこの乗り物を考えると、その推論は間違いなく合ってるだろう。つまり、空は全く異なる世界を繋いでいたんだ。


「なあ、あんた達はこれからどうするんだい?」


 ジェフさんの問いかけに師匠が答える。


「ワシ達はちょっと調べたいことがあってね。この世界の住人に会ってみようと思ってる」


「その話、俺達にも乗らせてもらえないか? 俺達もこの世界の住人と交流をするためにここに来たんだ」


「それに水上移動ならこの空船が使えるからね」


 アルさんとイヴさんの提案はこちらにとってもありがたい。良い人達みたいだし知らない世界で仲間が増えるのは心強い。それに移動手段を提供してくれるならこちらの魔力も温存できる。

 僕は師匠に目を向けると、師匠は笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、是非もない。さっき調べたんだが、どうやらこの世界にも陸地はあるらしい。まずはそこへ行ってみよう。改めてよろしく頼むよ」


「ええ、こちらこそ」


 師匠とチヅさんが握手を交わす。

 どうやら違う世界と言っても、僕達と大きく常識がかけ離れているわけではないみたいだ。けど、この空船という見たこともないものを見る限り、僕達の世界とは何か根本的に違うものもあるっぽい。


「じゃあ空船を動かすよ。全員は中に入れないから皆はここに残ってて」


「ワシが一緒に入って進路を教えよう。失礼するよ」


 師匠とイヴさんが空船の中に入っていった。するとブルンという大きな音が聞こえて細かい振動が空船から伝わる。そして空船は滑るように水面を滑走し始めた。

 僕達は空船の上で心地よい風を受けながら座っている。何だか旅行気分だ。いや、立派な旅行かなこれは?


 遠くの水面から何か白くて細長く大きな生き物が顔を出しているのが見える。それはめいっぱい体を水中から出すと、大きく弧を描いて頭からまた水中へと潜っていく。まるで遊んでるみたいだ。


 するとスーさんがなにやらワクワクした様子で僕に話しかけてきた。


「ねえねえ! さっき空を飛んだように見えたけどどうやったの⁉」


「あれは魔法ですよ」


「ま、ほう? まほうってなに?」


 スーさんは目を丸くして首をかしげる。なるほど、やっぱりスーさん達の世界にはどうやら魔法がないらしい。

 僕は簡単な魔法を見せてあげることにした。


火精かせいよ集え」


 僕は右手を上に向けて唱えると握りこぶし大の火の玉を出してみせた。それを見たスーさんが途端に目をキラキラと輝かせる。


「――す……すごいすごいすっっっごい!!! みんな見て見てほら!」


「こりゃすげえや……。一体どうなってんだ。なあアル?」


「原理は俺にも皆目見当がつかん。だがもしこれを応用できれば……」


「確かに研究者として興味は惹かれるわね。ねえフレッドくん、これって私達にもできるのかしら?」


「いえ、ごめんなさい。これを使うには魔力というのが必要なんですが、どうやら皆さんにはそれが無いようで……」


 僕が申し訳なく頭を下げると、チヅさんが慌てて両手をぶんぶんと横に振った。


「あ、謝らなくていいのよ! ね、だから気にしないで?」


「あーあ、チヅルがフレデリックくんを困らせてやんの」


「うっさいわね! ちょっと聞いてみただけでしょうが!」


 チヅルさんが怒って拳を振り上げると、ジェフさんがおどけたように両肩を抱いて肩をすくませた。それを見たチヅさんがジェフさんにづかづかと近づいていくが、スーさんとアルさんが間に入ってチヅさんをなだめている。

 本当に仲の良い人達だ。何だか、この人達といるとすごく安心する。


 そうしてしばらく空船は海を走っていく。すると、突然スーさんが声を上げた。


「あ、見て見て!」


 遥か彼方の水平線から何かが姿を現してきたのだ。近づくにつれて徐々に全景が明らかになっていく。

 そこは真っ白の木々のようなものが生い茂った島のようだった。もしかしたら何かが住んでいるかもしれない。

 そうして僕達は、その島に向かって移動するのだった。

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