師匠、空へ

第12話 消えた星の光

※この章は自作、ブックダイバーとのクロスオーバーとなっています。向こうを読んでいない方でも楽しめるように書いているつもりですが、一部の演出が向こうを読んだ前提で分かるようなものになっています。予めご了承ください。



 その日、僕は寝る前に屋根の上で星を見ていた。

 星を見るのは好きだ。師匠の部屋の本の中には星の名前や星座に関するものもたくさんあったので、どんな時期でも、どこにどんな星や星座があるかは手に取るように分かる。今日も宝石を敷き詰めたような星々を繋げて星座を作り、その神話について思いを馳せていた。


「……ん?」


 その時、僕は奇妙なものを目にした気がした。クルティア座のメルクリアスが突然、光を失って消えたように見えたのだ。

 僕は瞬きしてもう一度星空に目を凝らす。――間違いない、メルクリアスが消えてしまっている。雲か何かに隠れてるわけでもなさそうだ。すべての星の中で一番明るいメルクリアスだけが見えないなんて考えられない。


 星が消えてしまうなんて、明らかに不自然な現象だった。

 僕は一抹の不安を覚え、明日の朝、師匠に相談しようと決めてその日は落ち着かないままベッドに潜り込むのだった。



「星が、消えた?」


「はい、メルクリアスが」


 翌日、朝食を摂りながら僕は昨日の星の話を切り出してみた。

 師匠はナイフとフォークを置き、口元に手を当てて考え込む。


「それは見間違いじゃないんだね?」


「ええ。メルクリアスなんて明るい星、見逃すはずがないです」


「……確かにね。しかし、星が消えるなんてのはワシも経験したことがない。これは何か良くないことが起きそうだ」


 師匠の声色は深刻さを訴えている。

 僕も師匠と同じ考えだ。星が消えただけでまだこちらには何も影響はないけど、言いようのない不安が僕の胸の中に巣食っていた。


 朝食が終わって後片付けをした後にリビングへ戻ると、ちょうど師匠がゆっくりと外へ出ようとしているところだった。それを見て、僕は慌てて師匠の後を追う。


「師匠! 星の件を調べるつもりですか?」


「ああ、ちょっと放っておけそうにないからね」


 そう言いながら、師匠は広場の中心に向かって歩いていく。僕もその側にぴったりと寄り添いながら歩く。


「あの、僕も付いていっていいですか?」


 それを聞いて師匠はあからさまに渋い顔をした。


「今回はなあ。ワシも空の向こうへは行ったことがないし、良からぬことが起きてそうだから危険かもしれないぞ?」


「危険なのは分かってます。でも僕、星の世界に興味があるんです! だからお願いします!」


 いつも眺めるだけの憧れだった星の世界に行けるまたとないチャンスだ。ここは必死に師匠に食い下がる。

 それに師匠はお願いをされるとまず断れないことを僕は知っている。弱みに付け込んでいるようで、ちょっと気が引けるけど。


 師匠はしばらく腕を組んでうんうんと唸っていたが、覚悟を決めたように腕をおろして僕を見た。


「……分かった。その代わり、ワシのそばをできるだけ離れないこと。これだけは約束できるね?」


「はい!」


 案の定、師匠は折れてくれた。僕はちょっと罪悪感は覚えたけど、その分師匠の言いつけは必ず守ろうと心に決めた。


「それでどうやって向こうまで行くんですか? やっぱり転移魔法で?」


「いや、転移魔法でも行けなくはないと思うけど、いきなり向こうへ出るのはリスクが高い。ここは面倒でも飛んでいった方がいいだろうね。お前さん、こっちへ」


 そう言って師匠は自分のローブの右側をめくった。そこにしがみつけ、ということだろう。僕は師匠に近づき、師匠の細い体にしがみついた。甘いような苦いような表現に困る香りが僕の鼻をくすぐる。師匠はめくったローブを元に戻し、僕は頭だけローブから出ている状態になった。


まと風精ふうせいよ。その力を持って、我が身を彼方かなたへと導け」


 師匠が呪文を唱え終わると、僕達の体がふわりと宙に浮いた。

 浮遊の魔法は使うのにかなりの魔力を消耗してしまう。そのため本来は近距離の移動にしか使えず、これで空の向こうへ行こうなんて考えるのは師匠だけではないだろうか。


「さあ、行こう」


 そう言うと、師匠は空に向かってすごい早さで飛んでいく。僕達は空の向こうへと旅立ったのだった。



 僕達が旅立ってからしばらくの時が経った。

 やっぱり空の向こう側は遠い。もう眼下の風景は何もかもが砂粒のように小さくなっていて、世界の果てまでも見渡せそうだ。地平線は黒に限りなく近い青と白のグラデーションで、いつも見ているものとはまた違った深みを見せていた。


「大丈夫かい?」


 唸る風切り音の中、師匠が僕に声をかけてきた。きっと、この身を切るような寒さのことを言っているんだろう。空を上れば上るほど寒くなっていく。


「はい、今のところは」


 幸い僕の体は師匠のローブに包まれているのと、出ている頭は魔力によるベールで覆ってるのでまだ耐えられる。でも更に寒くなると、どこまで耐えられるかちょっと分からない。


「ふむ、思ったより遠そうだ。少し速度を上げるよ」


 そう言うと師匠は少しという言葉とは裏腹に、先程の倍はあるかという程の速さで飛び始めた。突然の急加速に僕は思いっきり師匠にしがみついて、振り落とされないように耐える。

 さっきの速さが師匠の師匠の限界だと思ってたけど、今の感じだとまだまだ余裕みたいだ。本当にこの人の限界はどこにあるんだろう……。


 それからどれぐらい経っただろうか。突然不可解なことが起こった。僕達の体が空に向かって吸い寄せられたのだ。


「し、師匠! これは……⁉」


「おっと、体を反転させるよ」


 慌てる僕とは裏腹に師匠はくるっと体を前に半回転して、落ちていく方向に足を向けた。そうして僕達は空へと落ちていく。

 落ちていくと今度は逆に暖かくなってきた。これはもしかすると……。

 僕の予感はすぐに的中することになる。


「あ、師匠! あれを!」


「ああ、どうやら着いたようだ」


 僕達の目が捉えたもの。それは鏡のように薙いでいる真っ青な水面だった。周辺には一切なにもないそこは、まるで波のない海のようだ。

 僕達はゆっくりと水面に着地する。静かだった水面みなもに小さく波が立った。その波もすぐに立ち消える。

 僕も師匠から離れて足裏に水上浮遊の魔法をかけて自分の足で立った。


「……っやったーーーー!!!」


 僕は両手をぐっと握りしめてちょっとだけ溜めた後、思いっきりその場からジャンプした。

 ついに、僕達は空の果てまで辿り着いたんだ! 感動で口元からにやけが止まらない。


 僕は改めて自分達が来た上を見上げる。その風景はさながら水の中に様々な絵の具を垂らしたようなマーブル模様をしていて、見ているだけで目が回りそうだ。ちゃんと帰れるのかと少し不安になる。

 さて、辿り着いたはいいものの、周りには特に何も見当たらない。耳が痛くなるほどに無音で、完全なる静寂の世界 。一見殺風景にだけど、周囲一面何もないこの空間は、浮世離れしたある種の美しさがあった。


「師匠、これからどうしましょう?」


「ちょっと待っておくれ」


 師匠は屈んで右手を水面に浸けた。そこから円形にざわざわと小さな波が立つ。波はどんどん広がっていき、遥か彼方まで伝わっていったみたいだ。

 しばらくすると、師匠は右手を水面から離して立ち上がった。


「いくつか反応が返ってきた。とりあえず一番近い所から行ってみるかね」


「はい」


 僕は師匠の提案に頷いて答える。

 

 その時、僕達の耳にゴーっという音が聞こえて周囲を見渡した。すると、僕はすごいものを見てしまった。なんと、上から流れ星が降ってきたのだ! 流れ星は銀色の軌跡を描いて飛んでいき、僕達の目視ができる位置に墜落した。

 数拍おいて大波が僕達を襲う。水上浮遊のおかげで波は乗り越えられたけど、僕は何度もバランスを崩しかけて手をぐるぐると回した。


 しばらくしてようやく波が収まる。僕はすぐに師匠に声をかけた。


「師匠!」


「ああ、行ってみよう。何か分かるかもしれない」


 そして僕達は、突然降ってきた流れ星の元へ向かうのだった。

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