第9話 見上げる空は高く遠く

 塔の中を散々走り回り、ここにはいないと分かると僕は外に出た。あと思い当たる場所と言ったらあそこしかない。

 はたして、グルタはそこにいた。竜仙湖の畔に座り、じっと空を眺めている。


「見つ……けた!」


 全力疾走で息も絶え絶えになっていた僕だが、最後の力を振り絞ってグルタのそばに辿りつき、そのまま空を仰ぐ形で倒れた。空の青と星々の煌きが目に飛び込んでくる。

 グルタはちょっと僕を一瞥いちべつしたが、すぐに視線を空に戻す。


「何をしに来た。もうすぐ小竜の部だ。お前も出るのだろう?」


「ちょ、ちょっと待って……、息が……」


「ふん、軟弱なやつだ」


 そうして僕はそのまま大きく深呼吸を続けた。徐々に心臓の鼓動が収まり、ようやく会話のできる状態まで回復する。

 僕は起き上がってグルタの方を向いた。グルタは相変わらず空を眺めている。まるで、届かない何かを羨んでいるように。


 僕は意を決して口を開いた。


「グルタ、お前の事情はマスターさんから聞いた」


「……そうか。だからどうした? ブレスも吐けない哀れなドラゴンを笑いにでも来たか?」


 そう言ってグルタは自嘲気味に笑った。歪に引きつった、嫌な笑い方だ。このままじゃいけない……。

 僕はそれを振り払うために大声で否定する。


「違う、そうじゃない! お前も覇竜祭に出たいんだろう? だからこんな所で空を見上げているんだ!」


 それを聞いてグルタは表情を崩した。苦しさと悔しさの混ざった、見ているだけでこっちの胸が痛くなるほど辛い顔だった……。

 絞り出すような声がグルタの喉から出る。


「……じゃあ俺はどうすればいい? 魔法が使えない以上、何をどうしたって無駄だ。もう放っておいて……」


「だから僕がここに来た! グルタ、僕ならお前の力になれるかもしれない」


「なん……だと?」


 グルタは驚いて僕を見つめた。その目にはほんの僅かだけど、希望の火が灯っているように見えた。


 僕は砂の目に魔力を込める。すると、グルタの中を流れる魔力の流れがハッキリと見えた。

 魔力は血の流れと同じだ。正常に全身を循環していないとうまく魔法は使えない。

 グルタの魔力は体のあちこちで分断されていた。けど、分断されている箇所を継ぎ直せば、きっとグルタも魔法が使えるようになるはずだ。


「グルタ、ちょっと背中を触るよ」


 僕はグルタの背中に近づくと両手を押し付ける。グルタの熱いくらいの体温と共に、グルタの魔力の流れも伝わってきた。

 僕は自分の手からグルタの魔力に乗せて、自分の魔力を注入した。そして分断されている箇所に自分の魔力が流れ着くと、新しい魔力の道を作ってグルタの魔力をスムーズに流れるように改善していく。難しく繊細な作業だ。僕の頬から一筋の汗が流れて落ちる。

 そしてようやく全部の箇所に魔力を繋げ終わった。


「――よし。グルタ、ブレスを吐いてみて」


「わ、分かった……」


 グルタは半信半疑で口を開く。すると、口の前から赤い魔法陣が発動し、灼熱の炎が蒼天を焼いた。グルタはついに魔法を使うことができたのだ。


「――吐けた……やった、吐けたぞ! ああ、信じられない!」


 グルタは心底嬉しそうにはしゃいだ。その様子を見て、僕は初めて魔法が使えた時のことを思い出す。あの時は僕も信じられないほど嬉しかったけど、グルタの喜びはきっとその比じゃないだろう。

 しかし、喜んでばかりはいられない。新しく作った魔力の道はあくまで一時的なものだ。


「やったな、グルタ! だけどごめん。これは僕がこうしていないと維持できないんだ」


「それでは――」


 意気消沈しそうになるグルタを僕は叱咤した。僕はここに来るまでに決意していたことを打ち明ける。


「グルタ、諦めるな! 僕達二人で戦うんだ!」


「お前と……二人で?」


 驚いたようにグルタが目を見張った。


「ああ、そうだ! 僕達二人なら戦える! そして、お前を見下してたやつを全員ぶっ倒してやろう!」


 その言葉を皮切りに、グルタと僕の瞳に闘志の炎が宿った。

 グルタは口の端をにっと歪め、笑うように牙をむき出しにした。まるで、嬉しくて仕方ないとでも言うように。


「――いいだろう! その言葉、後悔するなよ人の子! さあ、俺の背に乗れ!」


 グルタの言葉に、僕は歯を出して笑みを浮かべながら大きく頷いた。

 もう僕達の間にわだかまりなんてない。僕はそのままグルタの背に乗り、僕達は覇竜祭に参加するために塔の天辺へ飛んでいくのだった。

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