第10話 落ちこぼれの反逆

 塔の頂上に着いた僕達は事情をマスタードラゴンに話すと、マスタードラゴンは快く提案に応じてくれた。そうして僕達は今、覇竜祭の舞台の上にいる。


 仲間のレッドドラゴン達が僕らを取り巻くように浮かんでいる。すると、右側にいたレッドドラゴンが僕達に声を掛けてきた。


「おい、グルタ。本当に戦えるんだろうな?」


「も、もちろんだ!」


 そう言いながらグルタは口を開け、魔法陣の発動を見せる。それを見たドラゴンは驚いて大きく目を見張った。


「マジで使えるようになってやがる……。分かった。これでお前も俺達の戦友だ。絶対に勝つぞ!」


「おう!」


 グルタが応えたのと同時に、マスタードラゴンの声が聞こえる。


『それではこれより小竜の部を執り行う……各々、始め!』


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 ドラゴン達は一斉に口を開けて魔法陣を展開する。そして正面の相手に向かって全力でブレスを発射した。これは覇竜祭において必ず最初にやらなければならない伝統らしい。


「グルタ!」


「分かってる!」


 グルタはブレスの発射と同時に回避行動を取った。何十本ものブレスの光が、僕達の脇スレスレをかすめていく。

 相手の攻撃を避けきれなかったドラゴンも多く、あちこちでドラゴンの叫び声が聞こえ、ドラゴン達が竜仙湖へと墜ちていった。

 参加してみて分かる。なんと苛烈な戦いなんだろう。けど、僕達は怯む訳にはいかない!


 開幕は何とか生き残ることができた。ここからは乱戦だ。

 全ドラゴンが中央へと進行し、敵味方全員が入り乱れる戦場と化した。ひっきりなしにブレスが三次元的に飛び交う状況の熾烈さは最初の比じゃない。

 僕はグルタの魔力経路を確保しつつ、グルタの目となって状況を伝える。


「右後ろ、来るぞ!」


「ぬう!」


 僕の指示でグルタが大きく右に旋回する。飛んできたブレスはグルタの左側をかすめた。

 そのまま旋回しきったグルタは、正面に捉えたホワイトドラゴンに向かってブレスを吐いた。赤熱の光はホワイトドラゴンを見事に捉え、それは力を失って墜ちていく。これでまずは一匹だ!


 けど、そのせいで僕は油断した。背後から忍び寄る黒い影に気づけなかったのだ。


「――グッ!」


「グルタ!」


 背後の影はブラックドラゴンだった。すれ違いざまに鉤爪でグルタの右足を切り裂いたのだ。ブレスのみに注意していて、接近に気づけなかった僕のミスだった……。深々とえぐられた傷口からはかなりの血が出ていてしたたり落ちている。

 その時、グルタが僕の方を向いた。その表情に痛みなど微塵も感じさせず、強い目で僕を真っ直ぐに見ている。


「この程度、どうということはない。引き続き頼むぞ!」


「――ああ、分かった!」


 僕はグルタに向かって力強く頷く。今は落ち込んでいる暇なんてない。全力でグルタをサポートするんだ!


 その時、僕達に向かっていくつものブレスが襲いかかった。グルタはそれにいち早く気がつくと、縫うようにブレスを回避していく。しかし、いくら避けても飛んでくるブレスの数が収まることはなかった。


(これは……僕達が大勢から狙われてる⁉)


 考えてみれば当然のことだ。この乱戦の中、僕を乗せているという状態は非常に目立つ。目についた敵を片っ端から攻撃するこの乱戦状況では、僕達は格好の的だ。


 グルタは上下左右と不規則に飛び回り、必死にブレスを避け続ける。しかし、襲い来るブレスの数はどんどん増えていき、このままでは堕とされるのは時間の問題だった。


 その時、僕の目がブルードラゴンのブレスの予兆を見た。グルタの回避方向は全て他のブレスで塞がれていて、あれが飛んできたらもう避けられない!


 だが突如、そのブルードラゴンに灼熱の光線が降り注いだ。ブルードラゴンはまともに攻撃を受けて墜ちていく。

 周りを見れば、先程こっちを攻撃していたドラゴンが次々に撃墜されていくのが見える。攻撃の主は皆、味方のレッドドラゴン達だった。


「お前達……」


「勘違いするな、お前を助けた訳じゃない。お前が良い囮になっていたからそれに乗じただけだ!」


「――ああ、それで良い! 俺はこのまま囮を引き受けた! 群がってくるやつを頼む!」


 仲間達にそう告げると、グルタと僕は戦場を駆け回った。できるだけ目立つように敵の群れの中を掻き分け、無我夢中で敵の攻撃を避け続ける。

 油断なんて一瞬たりともできはしない。極限の中で僕達は体力と精神をすり減らしながら、とにかく生き残ろうとあがいてあがいてあがき続けた。振り落とされないようグルタの背中にしがみつき、声を張り上げ、周囲に目を回し、もう死に物狂いだった。


 それからどれだけの時が経っただろう。まるで一瞬のような、そして永遠とも言える時間だった。

 疲労で目の前が白くかすみ、息も絶え絶えになっていた僕は、いつの間にか攻撃が飛んでこないようになったのに気付いた。

 気づけば周りにあれだけいたドラゴンはいなくなっていて、残りは僕達二人と、離れた場所にいる二回りは体格が違うブルードラゴンだけが残っていた。


「グルタ……」


「ああ、分かっている」


 グルタもそれに気付いたようで、そのブルードラゴンの前に飛翔して対峙する。


「ブリーズ。どうやら俺とお前が最後のようだ」


「グルタ、私はお前を見直したぞ。人の子の手を借りたとはいえ、この覇竜祭でよくここまで生き残ってみせた。さあ、決着の時だ!」


 ブリーズと呼ばれたブルードラゴンはグルタに向かって口を開け、ブレスを吐くための魔法陣を展開する。それに込められた魔力量は大人のドラゴン並みで、とても僕達では勝ち目がない!


「グルタ、まずは正面突破を避けて策を……」


「ならん! 最後に残った二匹は正面からぶつかり雌雄を決するが習わし! 覚悟を決めろ!」


 そう言い放つと、グルタも口を開いて魔法陣にブレスを吐く魔力を込める。もうこうなったら全力をぶつけるしかない!


 二匹のドラゴンがブレスを放ったのは同時だった。ブレスはお互いを相殺しあい、周囲に凄まじい衝撃を放った。一瞬だけ拮抗したように見えたけど、やっぱりこっちの方が威力が弱い。どんどんこっちのブレスが押し返されていく。


「ウオオオオォォォ!」


 グルタは雄叫びを上げて魔力の出力を上げるが、それでも全く押し返せない。このままでは、あと数十秒もしないうちに僕達が負けてしまうだろう。


 けど、僕には秘策があった。秘策と言うにはあまりに危険な賭けだけど、もうここまで来たらやるしかない!

 僕は懐に忍ばせていたあるものを取り出した。


「――ッ⁉ 馬鹿、お前何を持ち込んで……!」


「僕だって覚悟を決めてここにいる! 絶対にお前を勝たせてやる!」


 僕は取り出したものを口に放り込んでろくに噛まずに胃の中に流し込んだ。これは竜仙湖の畔にあったあの実だ。さっきグルタを迎えに行った時に、実は一つだけ拝借していた。


「――ぐ、あああぁぁぁぁああああ!」


 そして襲い来るあの感覚。一口だけだったあの時とは比べ物にもならない。快楽の荒波が僕を包み込み、あっという間に意識が持っていかれそうになる。

 だが、僕は唇の裏側を犬歯で思いっきり噛んだ。裏側はブチッと音を立てて噛みちぎられ、その痛みでギリギリのところで意識を保つことに成功した。後は、この膨大な魔力をグルタに流し込んでやるだけだ!


「使えグルタ、僕の全てを! あいつにぶちかましてやれ!」


「……分かった。いくぞ!」


 僕はグルタの背中から、全身が絞りかすになるまで魔力を流し込む。その魔力は魔法陣に流れ込み、グルタのブレスは先程とは比べ物にならない奔流ほんりゅうとなってブリーズのブレスを押し返し始めた。


『い……――っけええええぇぇぇぇ!』


 グルタのブレスの勢いは止まらない。ブリーズのブレスはグルタのブレスに飲み込まれ、ついにブリーズの眼前にまで迫った。


「ぬぉおおおおぉおおぉ――⁉」


 ブリーズは最後に裂帛れっぱくの気合を見せて瀬戸際で止めたが、それも一瞬だった。すぐにブリーズの体はグルタのブレスに飲み込まれる。

 光が消え、煙を上げたブリーズの巨体がぐらりと揺れる。そして、崩れ落ちるようにゆっくりと墜ちていった。僕達は、勝ったんだ。


(あ、やば……)


 その瞬間、僕の意識が一瞬飛んだ。力が入らずにグルタの体からずり落ちると、頭から落下していく。

 けど、すぐに僕の足が何かに掴まれた。また飛びそうな意識を必死に繋ぎ止めて見れば、グルタが僕の足を掴んで引っ張り上げている。


「やったな、相棒」


 そう言ったグルタの顔つきはすごく晴れやかで、とても堂々としていた。

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