師匠、覇竜祭に参加する
第6話 ドラゴンからの誘い
その日は良い天気だった。
ここ何日も長雨続きだったので、僕はたまりにたまった洗濯物と必死に格闘していた。魔の森の中心部である小さな広場は、次々に釣らされた洗濯物で埋まってしまう。
魔の森は師匠と僕の居住部分であるこの真ん中だけ、普通の広場になっている。いや、その言い方では語弊があるか。魔の森は、実は本来ただの綺麗な森なのだ。それを師匠の魔法でおどろおどろしい幻惑で包み込み、あちこちに師匠が作った化け物を配置して俗に言う魔の森を作り出している。
ちなみに、空からここに辿り着こうとしてもこの場所は見えないし、いつの間にか元来た方向に戻ってしまう。ここに辿り着くには、師匠の転移魔法が必要不可欠なのだ。
「や、やっと終わった……」
僕はようやく全ての洗濯物をやっつけて、額の汗を拭いながら周辺を見渡した。
魔法を使えばこんなのあっという間なのだけど、最近魔法を使いすぎてついに師匠から家事の魔法禁止令が出てしまったため、慣れない重労働をするはめになってしまった。
体の節々が悲鳴を上げる。確かに最近魔法に頼りっきりで、町から町へ渡り歩いていた頃と比べると、体が鈍ってしまっていたのかもしれない……。
すると突然、凄まじい光とともに周辺を突風が吹き荒れた。
「あーーーーーーー!!!」
紐にかけてあっただけの洗濯物は為す術無く突風で舞い上がっていき、数時間かけた作業を台無しにされた僕の叫び声が虚空に消えていく……。
後に残ったのは、見るも無残にぬかるんだ地面に散乱した洗濯物。そして、広場の中心にこつ然と現れた、翼の生えた空飛ぶ赤いトカゲだった。その大きさは、僕がちょうどいい感じに背に乗れそうなぐらいある。
僕は肩を怒らせて、そのトカゲにずかずかと近寄り指をさした。
「いきなり何なんだお前は! 見ろ、この惨状を! 僕が一体どれだけ苦労したと思ってるんだ!」
トカゲは僕の勢いに目を丸くしていたが、すぐに怒ったような唸り声を上げると、やや聞き取りづらいが僕らの言葉を話し始める。
「キサマコソイキナリナンダ! トイウカダレダキサマハ!」
「お前こそ誰だ! ここは師匠しか入れないはずなのにどうやって入ってきた!」
「アアモウ! キサマデハハナシニナラン! アルジドノ! アルジドノハイラッシャルカ!」
僕の存在は完全に無視され、トカゲは家の方へ向かおうとする。
だがこんな得体の知れないトカゲを家に入れる訳にはいかない。僕はトカゲの尻尾を掴んで必死に引き戻そうとする。
その時、家のドアがキィッと音を立てて開き、のっそりと師匠が中から現れた。
「全く、随分と騒がしいことだ」
「オオ! アルジドノデイラッシャルカ!」
「師匠! 危ないから離れてください! 今すぐこのトカゲを丸焼きにして今日のお昼ご飯にしますので!」
「これは……ああ、もうそんな時期か。お前さん、離してあげなさい。大丈夫、危険はないから」
「――え?」
師匠にそう言われて、僕は反射的にトカゲの尻尾を離してしまう。
トカゲは勢い余ってしまったらしく、凄い勢いで家の壁に突っ込んでしまった。ゴツンという鈍い音が響き、トカゲが涙目になりながら振り返り僕を睨みつける。
「キサマ……ハナスナラハナストイワヌカ、バカモノ!」
「お前が勝手に自爆したんだろ!」
「やめなさい二人とも。ああ、しかしこれはひどい」
師匠は広場の惨状を見て
それはそうだろう。あれだけあった洗濯物が全部地面に落ちて泥だらけだ。僕だって泣きたくなる。
師匠は右手を空に掲げる。すると、地面に落ちた洗濯物が一つ残らず空へと集められた。さらに師匠が今度は左手を洗濯物の塊に向けると大量の水が現れて、その水の中に洗濯物が入ってぐるぐる回る。最後には水が弾け、次々に綺麗になった洗濯物がロープにかけられていく。そうしてあっという間に、元の状態に戻ってしまった。
「さ、これでいいだろう。あとは、と」
師匠が右手でトカゲの喉に撫でるように触る。そこから橙色の温かな光が溢れた。
「ちょっと話してみてごらん」
「あー、あー。うん? 主殿。一体何をされたのか?」
なるほど、ちょっと聞き取りづらかったトカゲの声が綺麗に発音されるようになった。翻訳の魔法でトカゲの声を調整したんだろう。
「うん、良さそうだ。二人とも入りなさい」
そう言って師匠は家の中に入っていってしまった。
僕はトカゲと目を合わせたが、お互いにぷいっとそっぽを向き、目を合わせないように師匠の後を追うのだった。
◇
「ドラゴンケンカ祭り?」
「違う! 覇竜祭だ!」
「最初はドラゴンケンカ祭りだったんだよ。それがいつの間にか覇竜祭なんていう
家の中に入った僕達は、テーブルを囲んで師匠から事情を聞いていた。
つまり、空飛ぶでかいトカゲだと思っていたこいつはドラゴンで、師匠をその覇竜祭とかいうのに招待しに来たらしい。
まさか伝説上の生き物のドラゴンでさえ友だちを作っていたとは。師匠の交友関係の広さには驚くしかない。
「覇竜祭は大体百年に一回開催される。まあ向こう世界の時間軸だから厳密には違うのだけどね。そこで四種類のドラゴンである、レッドドラゴン、ブルードラゴン、ホワイトドラゴン、ブラックドラゴンが全力でケンカするのさ。そこで優勝したドラゴン族の長が、全ドラゴンの頂点の存在であるマスタードラゴンの下について、マスタードラゴンの代わりにドラゴンを統治する権利を与えられる」
「で、何で師匠がそんな祭りに呼ばれるんですか?」
「こっちの世界に迷い込んだドラゴンを保護したのがきっかけでね、そこに混ぜてもらえることになったのさ。まあ、ワシは陣営関係なしに暴れるだけだけど」
そう言って師匠は楽しそうに笑った。
ドラゴン相手に平気でケンカできる師匠……師匠の規格外っぷりは十分把握しているつもりだったけど、改めてバカみたいなスケールの大きさにちょっとめまいがしてくる。けど、正直その戦いは僕も見てみたい。
「あの、師匠……それって僕がついていってもいいですか?」
「あーうん、ちょうどいい機会か。いいよ。何だったら参加してみるといい。祭りは小竜の部もあるからね」
「い、いや。流石にちょっとそれは……」
いくら子竜の部と言っても相手は伝説上の生き物だ。僕の魔法が通用するとはとても思えない。
尻込みした僕をバカにするように、ちびドラゴンが大声で笑った。
「そうだそうだ! 貴様のようなのが俺達と戦えるか! 指を
その言い様に僕は頭にカチンと来た。こんなちびに好き勝手言われてたまるか!
「上等だよ! 僕だって師匠の弟子だ。お前達を全員倒して優勝してやるからな!」
「ふん、生意気なことを言う人間め! 大言を吐いた事を後悔するぞ!」
僕とちびドラゴンは顔を突き合わせてお互いを睨みつける。その様子を師匠は何だか楽しげに見ていた。
「じゃあ決まりだ。出かけるとするかね」
師匠は僕とちびドラゴンの間に割って入ると、右手を地面に着けた。すると師匠を中心に紫の色を放つ魔法陣が描かれていく。そして次の瞬間には、僕達はドラゴンの世界へと転移していた。
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