第5話 さあ、友だちを作りにいこう
「村の英雄に乾杯!」
『かんぱーい!!!』
戦いが終わってすぐ後、また村人総出で宴会が始まってしまった。それは昼間の盛り上がりの比ではなく、僕達はあっちこっちから村人達に引っ張りだこにされ、感謝の言葉をもらっては木製のジョッキに酒を注がれるのだった。
このままでは潰されかねないと、こっそり対酒の魔法をかけて、僕は適当に酔った振りをする。
しかし、師匠の方に目を向けると、師匠は何の対策もしていないのか、見るからにぐでんぐでんの大変な状態になっていた。今も顔を真っ赤にしながら、舞台に上がって女性達と肩を組み陽気に足を上げて踊っている。これは僕がしっかりしないといけない……。
「――しかしまた魔法使いに助けられちまったな」
一人の男が僕に酒を注ぎながら独りごちる。僕はちょっと興味が出て聞き返してみた。
「以前も同じようなことが?」
「ああ、村の伝説さ。百年以上も前に、君達のような魔法使いが一人やってきて、同じように野盗団に襲われそうになっていたこの村を救ってくれたっていうな。でも、村人達は指先一つ向けただけで野盗団を消しちまった魔法使いに恐怖して、素直にその人を迎え入れることができなかった。その魔法使いは悲しげな顔をしてすぐに姿を消しちまったが、村人達はそれを深く反省したそうだ。それ以来、村の風習として魔法使い達を俺達は迎え入れるようになった。カインにセルエム、君達がうちに来てくれて本当に良かった。さあ乾杯だ!」
そういって男は笑いながら僕にジョッキを掲げた。僕は苦笑いをしながらそれに自分のジョッキを当てる。
そしてジョッキの中身をちびちびと空けながら、僕はさっきの話を頭の中で
◇
宴会はいつの間にか終わり、村人達は皆テーブルに突っ伏したり床に倒れて寝てしまっていた。ジョッキやら食器やらが散乱した惨状の中で起きているのは僕と師匠、そして酒場の女将さんだけ。
師匠からの提案で、僕達はその間に村から出ようとしていた。
「本当にもう行っちまうのかい? せっかくだからもっとこの村に留まっていっておくれよ」
「いあいあ、これいじょーおせあにゅいなりゅわけにあ……」
酒で顔を真赤にした師匠は全くろれつが回っていない。立っている足もふらふらとしていて、今にも転びそうだ。全くこの人は……。
女将さんが露骨に心配した顔をする。
「ああほら、セルエム君もこんなに酔っちまって。ごめんね、加減の知らない連中でさ」
「あはは、幸い僕は大丈夫ですから。お世話になりました。皆さんもお元気で」
僕と師匠は女将さんにペコリと頭を下げる。そして足元のおぼつかない師匠の腕を自分の肩に回して酒場を後にした。後ろから、女将さんの大声が聞こえる。
「またいつか寄っておくれよ! あんた達は村の英雄なんだからさ!」
僕達は振り返って女将さんに手を振り、僅かに白み始めた地平線の方へと歩を進めてクース村を出ていった。
◇
村から出てだいぶ歩いた。もうそろそろいいだろう。
「師匠。そろそろシャキッとしてください」
そう言って僕は師匠の腕を自分の肩から外した。支えを失った師匠は膝から崩れてその場に倒れ込んでしまう。師匠はトロンとした目つきで薄く笑みを浮かべて、僕を見上げていた。
「ひどいなあ。ワシは本当に酔ってるんだよ」
「そんなのすぐに魔法で打ち消せるでしょう」
「せっかく良い気分なのにそんなもったいないことできるかい。そんなことより、お前さんもここに寝転んでみなさい。良い夜空だ」
師匠が自分の隣をぽんぽんと叩く。
僕は小さくため息を吐いて、師匠の隣に寝転んだ。踏み固められた硬い土の感触と、ひんやりとした地面の冷たさが僕の背から伝わる。
夜は明け始めてきたけどまだまだ空は満天の星空で、ちょっと手を伸ばせば届きそうだ。
僕はずっと引っかかっていた疑問を師匠に投げかける。
「師匠は昔、あの村に行ったことがあるんですね?」
「ほう、なぜそう思うんだい?」
「村人から昔、あの村に現れた魔法使いの話を聞きました。僕の勘ですがそれは師匠だった。違いますか?」
僕がそう尋ねると、師匠は楽しそうに大声で笑った。
「その通りだ。懐かしいな。つい良いところを見せようと、うっかりやりすぎてしまってね。白い目を向けられた時は気まずかったものだよ」
やっぱりそうだったんだ。そうなると今回の話にも大体の見当がつく。でも理由だけがどうしても分からなかった。
「今回のこともそうです。師匠は野盗団がこの村を襲うことを知ってたんですね。だから、今度は旅の魔法使いの振りをして村に入り込み、わざわざ接戦を演じて野盗団を倒した。一体、何でこんな回りくどい方法を使ったんですか?」
「その答えはお前さんが一番良く知ってるんじゃないかね? 思い出してみなさい。なぜワシの言いつけを破ってまで、あの時ワシと共に戦う決断をしたのか」
「それは……」
そう。あの時、僕は何もしなくても師匠が一人で解決することを知っていた。それでも、村人達が僕達を本気で心配してくれていると気づくたびに、僕の胸の奥底で何かが熱く湧き上がり、抑え込めなくなっていった。
そしてあの少女の涙を見た時、それはさらに大きく膨れ上がって弾けた。
「――あの時、僕は村人達の期待に応えたかった。彼らを安心させたかったんです。それが無駄なことだったと分かっていても、どうしても僕はそれを止められなかった。言いつけを守らず、申し訳ありません」
「そういう事をしてあげたくなる人達の事をなんと呼ぶか知ってるかね?」
「……いいえ。分かりません」
そんなの知る訳がない。ずっと一人で生きてきた僕にとって、他人なんて全部同じ存在だ。
師匠がこちらに頭を向けて微笑んだ。僕が一年間見てきた中で、この時が一番優しい笑顔だった。
「友だち、だよ。ワシもお前さんと同じだ。ただ、そういう風に思える友だちが作りたいだけなんだ。ワシがこの世に生きる目的はただ一つ。一人でも多くの友だちを作ることだ。まあ、長く生き過ぎて作ったそばから寿命やら何やらで死んでしまうんで、ここしばらく頭打ちなんだがね」
そう言って師匠は笑った。でもその笑い声はどこか、寂しそうに聞こえてしまう。
「師匠がもの凄い力を持っているのも、ただ全て友だちを作るためだけだと?」
「うんまあ、最終的にはそうなってしまったな。人は背伸びをするにも限界はあるが、膝は簡単に折ることができる。何だったらこうやって地べたに寝転んでもいい。そうやって他人と目線を合わせて対等に話すことで、人は初めて友だちになれる。自分から他人に合わせる。それさえできればね」
師匠の一言一言が耳から入って胸に染み渡る。
師匠に出会う前の僕はずっと一人だった。生きるのに精一杯で、愛だの友情だのなんて考えたこともなかった。
でも、あの時感じたものが友情だとしたら、僕は師匠がなぜ友だちにこだわるのか分かった気がする。あの胸から爆発しそうなぐらいになる、苦しくて、でも心地よい感覚。あれが友情だというのなら、僕はそれをもっと知りたい。
「――師匠」
「なんだい?」
「もし良ければ……またこうやって連れて行ってくれませんか? 僕も師匠みたいに、友だちを作ってみたいんです」
「ああ、いいさ。お前さんが今まで生きてきた世界とは違う明るい世界がある。それをこれから見せてやろう。お前さんの気の済むまでな」
その時、世界に光が走った。新しい日の夜明けが訪れたのだ。鮮烈に世界に色が付いていく様は、まるで僕の心の中を具現化したようだった。
僕の世界が今、ここから新しく始まる――。
だがその時、唐突に僕は絶対に忘れてはいけなかったことを思い出した。
「――あっ!」
「突然どうした?」
「大変です師匠、うちの食料庫がからっぽのままです。もう食べるものがありません……」
「ああ、それは困った……。よし、今から戻って分けてもらうか」
「絶対嫌ですよ! あんな人目につかないような去り方をして、今更どんな顔して戻れば良いんですか!」
とはいえ、このままじゃ今日から地獄の断食の始まりだ……。僕はうんうんと唸ってひとしきり悩んだ末に仕方なく決心するといち早く立ち上がり、まだ寝転んだままの師匠に手を差し出した。師匠はいつの間にかすっかり元通りになっていて、その手を取って立ち上がる。
起き上がった僕達の目の前には、昇ったばかりの朝日が道を照らしていた。どこまでも真っ直ぐに伸びたその道は輝いていて、世界の果てまでにさえ続いている気がした。
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