第4話 グラガラス野盗団との対決

 すっかり日もくれた夜、僕と師匠は村の外で野盗団を待ち受けていた。村人達は村の入口付近で僕達を見守ってくれている。

 ここなら小声であれば村人達に会話が聞こえることはない。意を決して僕は師匠に問う。


「一体何を考えてるんですか、師匠」


「だから言っただろう、戯れるだけだと。なに、ワシが全部やるから見てなさい。お前さんは村人に飛び火しないように結界を張ってるだけでいい」


 そう言って師匠は僕の前に出るために歩を進めた。

 僕は小さくため息をつき、右手を左から右へ振った。僕を中心に村人達を守る半球状の青い結界が現れる。師匠が本気を出したらこんなもの紙切れ同然だけど、野盗程度ならこれで十分だろう。


 しばらくすると、暗闇の向こうから何かが近づいてくる影が見えてきた。恐らくこいつらが野盗団だ。


「そこで止まれ!」


 師匠が大声を張り上げる。すると、声の先からポツポツと明かりが灯り始めた。明かりの数から目測で約五〇人以上。こんな場所に出るにしてはなかなかの人数だ。

 向こうからもドスの効いた大声が聞こえる。


「テメェ、何者だ!」


「僕はセルエム、魔法使いだ! この村には絶対に手出しはさせない! 分かったら今すぐ引き返せ!」


 数拍置いて向こうからどっと笑い声が聞こえた。どうやら僕達は完全に馬鹿にされているらしい。師匠も僕も見た目が若すぎる。だから当たり前過ぎて正直腹も立たない。

 でも、それを聞いた村人達から非難の声が上がる。


「馬鹿にするな! その人達は本物だ!」


「あなた達なんかには絶対に負けないわ!」


 その声を受けて、向こうの笑い声が消えた。そして一人の屈強な男がゆっくりと前に出てきた。いかにも悪党らしい威圧するような目と顔つき。そしてスキンヘッドに十字の入れ墨が印象的だ。


 僕の砂の目が、そいつの整然と流れる魔力を捉えて内心驚いた。この男、魔法使いだ。しかもかなりの腕前と見る。


「俺がこの団、グラガラスの団長、オーガスだ! 俺の名前を聞いたことがあるだろう? 悪いことは言わねえ。さっさとその村を見捨てちまいな! 今ならお前だけ見逃してやっても良いんだぜ?」


 グラガラス団のオーガス。その名前を僕は知っている。確か、神出鬼没で各地の村を荒らし回っている有名なやつだ。こいつらのせいで廃墟となった村をいくつも知っている。これはとんでもない大物に目をつけられたもんだ。


「そんなの知ったことか! 僕は一歩だって退かない! 絶対にここでお前を倒してみせる!」


 オーガスをビシッと指さして、まるで物語の主人公のようなセリフを師匠が吐く。それは普段の師匠のイメージとは完全に真逆で、僕はつい吹き出しそうになってしまう。

 その返答がいたく気に入らなかったのか、向こうから激しい怒声がこちらに投げかけられる。


「いい度胸だ小僧! 頭にクソがつくがな! 褒美にこのオーガスが直々に処刑してやろう!」


 そう言うと、オーガスは懐からスクロールを取り出して広げた。スクロールは魔法の手順を簡略化させると同時に、その効果を大きく高める。最初から手加減無くこちらを潰そうという腹づもりなのだろう。

 それを見て師匠も懐からスクロールを取り出した。師匠がスクロールを使うなんて見たことがない。何が飛び出すのかと、ちょっとこっちもワクワクしてくる。


「世界にあまね氷精ひょうせいよ! 今、俺の前に集い、竜を形作りて現われろ! その吐息をもって、眼前の敵に永劫えいごうの眠りを与えよ!」

「現われよ炎帝! その刃から放たれる炎は炎獄がごとく! ありとあらゆる全てを灰燼かいじんと化せ!」


氷竜の吐息フローズン・デス・ブレス!」

炎帝の灼撃スコーチング・ブレイド!」


 オーガスが氷精から氷の竜を形作り、その凍てつく吐息が襲いかかる。対して師匠は真っ赤に燃え上がる炎帝を召喚し、燃え盛る剣を突き出して灼熱の業火を発生させる。

 両者の魔法がぶつかった。衝撃で一帯の空気が激しく震える。凄まじい熱気と冷気の入り混じった暴風が吹き荒れた。僕の結界もその影響を受け、ギリギリのところで破られはしなかったもののかなりの圧がかかった。


 こちらは結界があるが、野党団の方は全く余波の対策はしていなかったようだ。助けてだのやめてくれだのといった悲鳴がここまで聞こえてくる。

 あのオーガスという男、部下の命なんてこれっぽっちも考えてないらしい。全く、反吐が出るほど最低なやつだ……。こっちまで胸くそが悪くなる。


 相反する属性はぶつかりあうと弱い方が消滅する。最初は両者拮抗していたが、だんだん師匠の方が押され始めた。


「く……」


「クヒャハハハハ、どうだ! その若さでそれだけのもんを使えるとは大したもんだが、ぜんっぜん足りねえんだよ! もう今さら謝ったって許さねえぞ。さあ、後ろの村人と一緒にさっさと氷漬けになっちまえ!」


 師匠の体が圧に負けてズリズリと後退していく。相殺しきれなかった冷気の刃が師匠の体を切り裂き、あちこちから血が流れ始めている。


(何をしてるんだ師匠は。あんな魔法、師匠なら全然大したことないじゃないか……)


 あまりにらしくない師匠の姿を見て僕はれた。


 確かに相手の魔法は強大だ。しかし、師匠の格はそんなものとは比べ物にならないはずなのだ。それなのになぜか今、師匠はわざわざ苦戦を演じている。僕には師匠の考えていることが全く理解できなかった。


 その時、村人から声が上がる。


「……ッ頑張れ! 負けるな! 俺達はあんた達を信じてるぞ!」


「そうよ! あんな奴らなんかに負けないで!」


 応援の声は次第に大きくなり、最後には割れんばかりの声が僕達の背後から届けられた。まさか村人達がこんなにも僕達を信用してくれているとは思わず、僕は大きく目を見張った。

 その時、一人の男が僕に近づいて声をかけてきた。


「あんた、カインだったか? 頼む、あの子を助けてやってくれ!」


「な、馬鹿言わないでください! 助けに行くためにこの結界を解いたら、あなた達が危険なんですよ!」


 あまりに無謀な提案に僕はつい声を荒げてしまった。

 それに師匠なら絶対に大丈夫だ。もしここで師匠の言いつけを守らずに助けに入れば、村人達を傷つけた上に余計なことをしたと、後で怒られるのは目に見えている。ああ、それが村人達に説明できないのがもどかしい……!

 だが、村人達はそんな僕の心境などお構いなしに、次から次へと近寄ってくる。


「俺達ならどれだけ傷ついたって構わない。だから頼む!」


「あの子はあなたの相棒なんでしょう? お願い、助けに行ってあげて!」


 僕はぎりっと奥歯を噛み締めた。この人達は、本気で僕達のことを心配してくれている。それこそ、自分の身の危険も顧みずだ。本当にお人好しで優しくて。僕にこんな気持ちを向けられたことは、今まで一度だってなかった。だから、僕の心が大きく揺れる。


 言いつけを守るべきか破るべきか。僕はどちらにも決心がつかず、立ち尽くしていた。


 すると、僕のローブの裾がくいっと小さく引かれた。見ると、そこには涙を目に一杯に溜めた少女が、何も言わず僕を見上げていた。


(ああ、くそ……)


 もうこうなったらヤケだ! 僕は村人達に向かって大声で叫んだ。


「一〇秒後に結界を解きます! その間にできるだけ遠くまで離れてください!」


「おお、ありがとう! ありがとう!」


「信じてるわ! 絶対に生きて戻ってきて!」


 そう言って、村人達は次々に僕のそばから離れていく。あの子も親に抱きかかえられ、僕の元から離れた。花みたいに笑って小さい手を振りながら。


 きっかり一〇秒後、僕は結界を解いて師匠の元へ走った。冷気が僕の体のあちこちを切り裂くが、そんなことは今は気にしない。すぐに師匠の元へ辿りつき、師匠の横で両手を前に構える。

 師匠は横目でちらっと僕を見たが、そこに怒りの色はなかった。むしろ、ちょっと笑っているように見える。


「見てろと言ったのに全く。さあ、そろそろ決着をつけよう。呪文は頭の中に入っているね?」


「はい!」


『炎帝は死してよみがえり不死鳥となる! その翼から生み出される生命いのちの炎は悪しき者を包み込み、母なる根源こんげんへとかえすであろう! 生命いのちつかさどる不死鳥よ! 罪深き者達に慈悲の道を示せ!』


 僕と師匠の詠唱は一字一句間違いなく重なる。

 炎帝の魔法にはそれを土台にしたさらに上位の魔法が存在する。それがこの不死鳥の魔法だ。

 炎帝の背中が割れ、中から温かい炎に包まれた不死鳥が現れる。不死鳥は軽く羽ばたいただけで、敵の氷竜の吐息フローズン・デス・ブレスをいともたやすく押し返した。


「――ば、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! ありえねえ! テメエらにその魔法が使えるわけがねえ! テメエら、一体……!」


 先程の余裕はどこへいったのか、オーガスが気が狂ったように慌てふためいている。

 そりゃそうだ。こんな高位の魔法、ただの魔法使い二人分ぐらいじゃとても魔力が持たない。まあ師匠ならこの程度、指を曲げるぐらいの気楽さでやってしまうのだけど。


 師匠が僕に目配せをした。それに僕は小さく頷いて答える。


不死鳥の抱擁ゴッドバード・エンブレイス!』


 そう同時に唱えると不死鳥の翼が巨大化し、野盗団全体をその翼でそっと包み込んだ。翼の内では真っ白な炎が燃え上がり、まるで柱のように空へと上っていく。

 しばらくして不死鳥が消えると、そこにはもう誰も残っていなかった。野盗団は全員、不死鳥の翼に抱かれ、空へとかえったのだ。


「――やった……やったぞ! うおおおおぉぉぉ!」


「ええ! あの子達が勝ったわ!」


 村人達の歓声が僕達の背後から聞こえる。


「――っく、はあ! はあ……!」


 僕は不死鳥の魔法でほぼ全ての魔力を使い切り、力が入らずにその場に座り込んでしまった。息が乱れてしばらく治まりそうにない。

 そんな僕を、師匠は優しい目をして見下ろしていた。


「やったねカイン。お疲れ様」


 こうして、野盗団との茶番めいた戦いは、ここに幕を下ろしたのだった。

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