第3話 ただいま外の世界

 僕と師匠はお揃いのグレーのローブをまとい、ろくに整備のされていない街道を歩いていた。


 森の外へは師匠の転移魔法を使って一瞬で出られた。

 師匠から聞いた話だと、僕は砂の目という特殊な才能を持っている。それは魔力の流れを見れたり、目で見たものを砂に染み込む水のように吸収して身につけることができる。それが魔法でもだ。でも、この転移魔法は何度見ても真似ができない。つまり、それほど次元の違う魔法ということだ。


 僕はなぜこんな街道を歩いているのか理解できなかった。師匠なら世界中のどんな場所にだって瞬時に移動することが可能なはずだ。


「師匠、僕達は何で歩いてるんですか?」


 そう言った僕を師匠がちょっとだけ横目で睨む。


「言っただろう。ワシはセルエム。お前さんはカインだ。今のうちに敬語も直しておきなさい。じゃないと肝心なところでボロを出す」


「は、はあ」


 師匠が何を考えているのか全然分からない。困惑していると、さらに訳の分からない話が師匠から飛び出した。


「ワシらは流れの魔法使いで友人同士。魔法の腕前は、お前さんは中級魔法を扱える程度。人懐っこく、明るい純朴な性格を演じなさい。いいね?」


「ぜ、善処します」


 こういう時の師匠の言いつけは絶対だ。僕は自分に自己暗示をかけるように、今言った設定を自分の中に叩き込んだ。


 しばらく歩くと、先に小さな村が見えてきた。師匠がその村に指をさす。


「あそこが目的地だよ。心の準備をしておきなさい」


「あの村に一体何があるんです……じゃなかった、あるの?」


「なに、ちょっと村人と戯れをするだけさ」


 そう言って、師匠は含みのある笑いを浮かべた。



 僕らは村についた。

 村自体は小さく素朴なものだったが、村人達は皆、活気に溢れていた。良い村だ。僕はあちこちを渡り歩いてきたから、村や町の良し悪しが良く分かる。

 師匠はまず手近にいた、気立ての良さそうな若い村娘に声をかけた。


「こんにちは」


「あら、こんにちは。ようこそクース村へ。あなた達、旅人さんかしら?」


「はい。まだまだ駆け出しですが魔法使いをやってます。僕はセルエムで、こっちはカインと言います」


「初めまして、カインです」


 師匠の設定通り、僕は笑みを浮かべてペコリと頭を下げる。


「まあ、魔法使い! 皆来て! 魔法使いさん達が来たわよ!」


「何だと? 魔法使い?」


「きゃあ! 本物なの⁉」

 

 女性は興奮して村中に聞こえるほどの大声で村の住民を呼んだ。すると、どこからかわらわらと村の住民が押し寄せてきた。

 村人達の反応は当然だ。まず魔法が使える体質は千人に一人と言われ、しかも名乗れるほど実用に足るまで実力を身に着けた魔法使いなどまず見かけない。それがこんな辺鄙な村に二人も来たんだ。大騒ぎにもなる。


 その中で一人の若い男がこちらに近づいてきた。いかにも偏屈という言葉が顔に張り付いている分かりやすい男だった。


「なあ、本当に魔法使いってんなら何か見せてくれよ?」


「ええ、もちろん。ではあなたの事を当ててみせましょう」


 師匠は懐から丸い水晶を取り出した。男の前に水晶を差し出して離すと、水晶はふわりと浮いた。師匠はその水晶に両手をかざすと、目を瞑って呪文を唱え始める。


「巡る巡る星回り。水晶が映すはあなたの過去。映せ。透かせ。その全てを」


 呪文とともに水晶から次々に映像が飛び出してくる。それは赤ん坊であったり、子供であったり、子供を愛おしそうに抱く男の姿もあった。


「あなたの名はラルク。年は二八でお子さんが二人いますね。あと、おねしょ癖が五歳の頃まで続いていたと。おや、これは村長の……」


「わー! 分かった! 分かったからもういい! ――っくそ、皆聞いてくれ! この人は間違いなく本物だ! 俺が保証する!」


 ラルクは慌てて師匠の言葉を遮り、自分達の身の保証をしてくれた。それを聞いて村人から拍手が湧き上がる。


 過去映しの魔法はなかなか難易度の高い魔法の一つだ。ピタリと当てたことと魔法自体の派手さもあり、僕達は一気に村人達の信頼を獲得することができた。


 それから僕達は村の酒場に半ば引きずられる形で連れてこられた。その中心のテーブルに座らされると、料理がこれでもかというほどに運ばれて、テーブルの上に並んでいく。


「あ、あの、僕達そんなに手持ちが……」


 そう言った僕の言葉を、ふくよかな体をした酒場の女将さんが豪快に笑い飛ばした。


「いいのいいの! この村はね、魔法使いの人をもてなす風習があるのよ。だから遠慮しないでどんどん食べて!」


「は、はあ」


「カイン、せっかくだしいただこうよ。僕達だけではとても食べきれないので、皆さんもご一緒にどうぞ!」


 師匠の一声を皮切りに、酒場で宴会が始まった。男達は豪快に笑って昼間から酒をあおり、女達は舞台に上がって陽気に踊り始める。


 僕はそんな光景に飲まれつつも、自分の手作りではない料理を一年ぶりに食べられることになり、ちょっとだけ涙が出るほどに感動していた。

 と同時に、必死にこの味を記憶する。正直、もう自分の料理は味付けや調理方法のレパートリーが尽きていて、自分でも飽きが来ていた。もういっそこの酒場に弟子入りして、一から料理を学びたいぐらいだ。


 それからしばらく時間も経って宴もたけなわとなり、酒場の雰囲気が落ち着いてきた。

 その時、一人の女性がこちらに近づいてきた。


「ねえ、魔法使いさん。あなたは未来も占えるの?」


 そう尋ねられた師匠はニッコリと微笑んで頷く。

 未来映しは実は過去映しよりも遥かに高度な魔法なのだけど、師匠にとっては朝飯前だ。中級魔法というカテゴリからは逸脱するけど村人にその知識はないだろうし、話の流れ上これは仕方ないか。


「ええ、もちろん。良ければ占って差し上げましょうか?」


「本当⁉ ぜひお願いしたいわ!」


 女性は大喜びで師匠の前に座る。

 師匠は懐から水晶を取り出し、女性の前に浮かばせた。


「巡る巡る星回り。水晶が映すはあなたの未来。映せ。照らせ。その全てを」


 師匠の呪文で水晶は先ほどと同じように映像を映し出す。しかしてそこに映されたのは、燃え盛る炎。崩れ落ちる家。そして血を流して倒れる人の姿だった。


「何よ、これ……」


 女性は顔面を蒼白にして口元を押さえる。あれほど騒いでいた村の人達がピタリと静かになった。

 師匠は水晶に映るその光景を神妙な顔で見つめていた。そして両手をぐっと握って立ち上がると、酒場の人達に話しかける。


「皆さん、悪いお知らせがあります。今夜、この村を大きな野盗団が襲うでしょう」


「何だって!」


「嘘! 早く逃げなきゃ!」


 酒場はとたんに喧々囂々けんけんごうごうとした。村人達は慌てふためき、各々が騒ぎ立ててまるで収集がつかない。このままではパニックになる。


 その時、酒場に大きな破裂音が響いた。師匠が魔法で酒場の天井に火球を上げて破裂させたのだ。その音で村人達は驚いて声を無くす。

 その中を、師匠の澄んだ声が響き渡った。


「ですが安心してください! 僕達が必ず、野盗団を追い払ってみせます! やろう、カイン。僕達ならきっとできるはずだ!」


 そう言って師匠は笑い、僕に手を差し出した。

 ああ、何だかとんでもない茶番が始まる気がする。そんな言いようのない不安を抱きながらも、僕は引きつった笑いをしてその手を取るしかなかった。

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