第3話 44日目にて 2
あたりはそろそろ夕暮れで町も人も、なにもかもをオレンジ色に染め上げていた。その中でも一人ぽつんとオレンジに染まらず日陰の部分で待機している自分がいた。
ここはこの学校唯一の桜の木がある場所で、その下にベンチがある。もう桜は既に散り、若葉が芽を出し緑が支配している。葉と葉の間からは少しだけ日が出ていて、その光のおかげで読書をする際にはページにスポットライトを当てることができるのだ。
こうして読書をしながらも、少しだけあの時の腑につかない出来事を思い返してみた。奇想天外すぎた展開であったために脳の思考回路がショートしそうにもなっていたが、落ち着いて少しずつ思い返す。
まず、彼女だ。彼女の名前は青窓と言うらしい。お互い詳しい紹介をしていないために、そこまで深い部分は知らないが、なんと同じクラスであったのだ。それにしても、青窓という名前はどこかで聞いたことがある気がする。
次に、なぜ渡り廊下側から俺に話しかけたのかということだ。
確かに彼女は俺と同じクラスであった。実際にあの会話の後、俺とは逆側の窓席に座っていたし、教師から名前も呼ばれていた。
だとすれば、なぜわざわざ教室内では話しかけずに、廊下側から話しかけたのだ。
まず、この理由となる推論はいくつかある。
まず一つ目は誤解をなくすため。
実際に俺自身も昼食時間に彼女がいた同じ立場に行ってみた。すると、不思議なことに窓の開き具合もあってか、俺の席を除いて教室内からではその場所は見えないのだ。さらに、彼女の背であれば、窓からは胸上しか出ないので、俺の席と同じ角度からでも立ってみると見えない。すなわち、座った状態であれば顔を合わすことが可となるのだ。
よって、この場で話すということは俺以外の人間に互いが話しているという事実を隠すためだと思われる。
なんだそれ、ひでぇ。つまり、あれだろ、話しているのを見られたくない=忌むべき存在認定されているのと同じだから、よっぽど話したくなかったということのか...。
け、けど、だとしたらあんな会話弾まないでしょ? 結構、会話弾んでたし、向こう側の提案で放課後もこうして待ち合わせしちゃったし...。
つ、次に、二つ目、彼女自体が独特であるため。
まず何と言っても、彼女は少しおかしい。控えめに言わずともめちゃくちゃかわいいが、その部分を打ち消すかのようにオカルト好きであるという事実がある。
つまり、なんやかんや彼女は独特なこだわりがあって、例えば窓から話をしないと童貞のまま死んでいった霊、もしくはリア充を恨みながら死んでいった霊に呪い殺される的な感じで迷信でも持っているのかもしれない。
だとすれば、あの子そうとうやばくない。勝手な偏見づけしたけど事実ならマジでヤバイ。語彙力もおかしくなるぐらいにやばい。
けど、まぁ、なんでもいいよな。ああして俺自身久々に会話もできたんだしな。
そうして、彼女のことを考えるのをやめて読書に精を出すことにした。
ページをめくるたびに少しずつが光が明るくなって、その範囲が狭くなっている気がする。そして、五ページをめくるごとに風は強くなっていき、木からは葉が落ちる量が増しているような気がした。
やがて、読書をすることが難しくなるほどの強い風が吹いたので、本を閉じカバンに入れた。
その過程が終わるころにまるでそのタイミングを見計らうよう彼女がこちらに向かって走っているのが見えた。
そうして、俺もカバンを持ち上げそちらのほうに向かうことにした。
風はどうしてか立ち上がりと同時に止んでいた。
「ご、ごめんね。もう一人の当番が先帰っちゃってて」
彼女は手を膝に置きながら、息を切らしていた。
「いや、全然待っていないよ。ちょうど俺も来たばっかりだし」
言ってくれれば、手伝ったのに! とか、言おうかと考えたがさすがにそこまで馴れ馴れしいとかえってひかれそうなのでやめにした。
それにしても、本気で走ってきたのか彼女はまだ息を切らしていた。さすがにこのまま立っているのは辛そうなので、一応「ベンチに座る?」と、提案した。
それに対し、彼女は「ごめんね」と言いながら、笑顔で応じた。
「ごめんね、私体力がなさ過ぎて」
「いや、気にしなくていいよ。俺も体力のなさには自信あるし」
またベンチに座るころ、先ほどの風の強さが戻っていた。
俺としては別に風があろうとなかろうとどうでもいいが、彼女にとっては熱くなった体を冷ますのにはちょうどいいように感じた。
「それで話というのは?」
別に雑談から始めるのはいいかと思ったが、そこまで彼女と俺の間に接点でも話題でもあるわけではないので、本題を聞くことにした。
「あのね、白世君、オカルトに興味あるって言ってくれたでしょ。だから、そのお願いがあって」
青窓は少しだけ息を切らしながら、途切れ途切れな言葉を紡いで一つの言葉にした。
いや、確かにオカルトに興味はあるって言ったけどさ。もう、今更はないとは言えなよな…。
「あのっ、私と一緒に行ってほしい場所があるの」
俺は青窓と顔を合わせる。けど、その目は今まで見てきた優しいものというよりはなにか悲しいというか、ネガティブな面を含んだものだものだった。
だからこそか、俺はこの頼みを断れないような気がした。きっとこの頼みを断れば何かが長く続き、ひどく粘着質のある物体がまとわりつくような気がした。
「いいけど、どこかな?」
そういい終えると、彼女はゆっくりと校舎の方向へと指を向けた。その角度からして空を指しているようにも見えた。
まぁ、多分屋上を指したんだと思う。が、一応聞いておく。
「屋上?」
「うん」
なるほど、確かに屋上はオカルトチックだよな。
「けど、屋上は確か閉鎖されてなかったか?」
そう、この学校では自殺の件が起きてからは屋上が閉鎖になったはずだ。多分、姉貴がこの高校に通っているときに『ちくしょー、青春ポイントがー』とか言いながら嘆いていたのを覚えている。あの件は俺が中学二年の時だったはずだから、三年ほど前の話だ。
「実はスペアキーを持ってて」
なんで持ってんだ… と聞こうかと思ったが、なにか青窓の様子がおかしい。なんというか、黙っといて見たいな感じが。これ姉妹共々が常に父に使ってるやつだ。今思えば、父ちゃん可哀そう…。
「そうか、なら屋上行くか?」
「う、うん」
まぁ、このままグダグダしていると日が暮れそうなので、率先して俺は立ち上がった。
青窓も合わせるように立ち上がり、俺の後ろにくっつくようについてきた。
やだ、目的なければ超青春じゃん。
この学校には校舎が二つある。正式名称には違うが、簡単に言うと旧校舎と新校舎の二つだ。
そして、俺を含め生徒たちの教室は当然ながら新校舎にあって、それ以外の部活関係のものは旧校舎に置いてある。で、今向かっている屋上は旧校舎。新校舎のほうはブザーが鳴るようになっているらしい。ソースは姉。どんだけ、青春したかったんだよ、姉貴…。
旧校舎にはほとんど人はいなかった。たまに廊下を歩く際にすれ違うことはあったが、それでも少なすぎるように感じた。
現在、俺たちは沈黙ながら旧校舎の階段を目指して歩き続けている。
なんか、わからんがすごい気まずい。女子とこういうシチュになったことがないからか対策法がわからない。これあれでしょ、カップルがディズニー行って、最後のほうになってしゃべらなくなる奴だろ。
しかし、さすがにこのままだと俺のほうが耐えかねないので、話題を探すことにした。
話題話題話題話題話題話題話題話題問題話題話題話題話題。この中に問題という文字が隠れています、どれでしょう? て、だめだ、これ俺一人が楽しんでるじゃないか。つい癖でやってしまった。
そんなことを一人でやっていると、後ろから青窓はいつものように消えそうな声で何かを言った。
「あのね、いきなりで悪いんだけど。白世君はいつもひとりで寂しくないの?」
ここからでは草食動物でなければ青窓の顔色を伺うことはできない。けど、なぜかわからないが、悲しそうな顔をして言ってくれているのはわかった。
寂しいか...。なんか、そういうのって既に慣れたんだよなぁ。
よって、もう答えは決まり切っていたので、あとは本能に口任せることにした。
「いや、寂しいよ。超さみしい。ほんと時々、『お前の前世ウサギかよ!』っていうぐらい寂しくて死にそうになる。特に中学時代は結構いけてたから、余計ギャップが強くて…。けど、これはあれだ、思春期による選択ミスの連続ってやつで、ほんと高校に入学したときは俺は相当腐ってたんだよ。ほら、俺三月生まれだからさ、思春期が来るのも一般の人と比べて遅いからさ。だから、しかたないと勝手に言い訳して、今ではそう自負してる。けど、今はあれだぞ、全く腐ってないからな。もう、腐った時代は終わったからな。それにしても、なんで今も俺あんな避けられてるんだ。高校一年の腐ってた時代はあんま記憶ないけど危害を加えるようなことは何もしてないぞ…。て、あれ? 俺は何を話ししてたんだっけ?」
なんかいつの間にか、ひたすら『腐』というワードを使い続け、きもいぐらいに饒舌になっていた。やばい、これはさすがにきもいよな。妹なら絶対『ウサギかよ!』の部分で部屋に戻って行ってたぞ。とりあえずあの不祥事な発言を弁解しようと俺は振り向いた。
が、どうやら想定していた事態にはならず、笑っていただけているようだった。
いや、待て。笑っているということはポジティブな面がないだろ。これは絶対、普段話さない俺のギャップ差の笑いか、情けない言い訳に対しての笑いだ。どっちの場合でも最悪じゃねえか!
「あ、青窓さん。なにに対して笑ってらっしゃるのですか?」
「ご、ごめんね、別に白世君の饒舌さに笑うつもりはなかったの」
答えは前者でした! まぁ、想定内だから精神的ダメージ200ぐらいかな。ちなみに俺の精神的体力は100だ。二度も崩壊しちゃった…。
「けど、よかったなぁ」
青窓は自分の指を合わせて、笑顔でそう言った。俺はその顔色をまだ一度も見たことがなかった。もちろん、今日初めて会って話した関係だけど、それでもこんな顔は今後見れないんじゃないかと思った。
っていうか。
「な、なにが良かったのかな?」
今思ったら、なにが良かったの? 俺が変なところで饒舌なところ? それとも、精神が二度崩壊したこと?
「し、白世君にも、寂しいっていう感情があるってこと」
ドギマギしながらも青窓は答えた。しかし、その答えというものは少し意外なものだった。
あぁ、そうか。彼女はきっと優しいのだ。蜂蜜と四葉のクローバーと、後はなんだ、あぁオカルトがまじりあってできているのだ。だから、彼女はきっと優しくて変なのだ。
青窓は今も顔を赤くしながら笑顔で取り繕っている。その背景には夕日がバックになっているからか、それがより絵となって俺の脳に焼き付けられた。
まったく、今日の世界はやたらと俺に優しい。そんな対価俺には払えないからな。
そうして、他愛のない話はいつの間にか俺たちを屋上へと連れて行ったのだ。
俺の青春的距離が遠すぎる 人新 @denpa322
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