SPIRITS

原 美幸

Episode.0「勃発」

遠い遠い昔の話。

私達の祖先は『鍵』を作ることによって、異世界への行き来を可能にしていた。

その世界に住む者達と、親睦を図るためだった。

白い翼を持ち、永遠に歳を取らない神秘の種族・天使。私達がこれに該当する。

人とドラゴンの二つの姿を持つ、混血の一族・竜族。

数百メートル以上の巨体を有し、持ち前の怪力で救助活動に大きく貢献する、強く優しい戦士の一族・巨人族。

幼い外見ながらも、他の種族にも負けない勇気と正義感を持つ、妖精族。

他者と関わることを好まない閉鎖的な種族だが、その経験値から生み出される知恵がとても頼りになる、不老不死の特性を持つヴァンパイア。

最も多く存在し、お互いに助け合い生きていく強い心を持つ、人間。

そして、全ての種族から疎まれ、邪悪な存在と言われる魔族。

私は、そんな彼らともいつか仲良くなれる時が来ると、信じていた。

その意思は、今でも変わらない。

でもまさか、あんなことが起きるなんて、思ってもいなかった…


         ★


3000年前、天使が住む天上の異世界・エデン。

何の前触れもなく突然、魔族が侵攻してきた。

それはエデンだけではなく、他の異世界でも同様の事態が起きていた。

魔族は街に火を放ち、大勢の命を奪っていった。

王族の一人である私・ニーナは当時まだ幼く、避難している最中に両親や兄・弟妹達とはぐれてしまった。

火の海と化した街並みを、一人で泣きながら歩いていく。

道の脇には自分と同じ年頃だと思われる子供や若い女性、真っ黒に焼け焦げた性別不明の遺体がたくさん転がっていた。

そのあまりにも悲惨な光景は、成長した今でもしっかりとこの目に焼き付いて、消えることはない。

「お母様、お父様、お兄様…。どこなの…?」

自分は今何処にいるかも、何も解らない状態で炎と遺体に覆い尽くされた街を、一人でさ迷う。

見える景色は、全く変化しない。

突然何かにぶつかり、弾き飛ばされて地面に尻餅をつく。

ゆっくり顔を上げると、そこにいたのは黒装束の大男ー魔族達の長である魔王・オーディンだった。

「エデンの王女が何故ここにいる…?まあ、いい…。お前も、この者達と同様に私のレーヴァテインに斬り裂かれてみるか?」

オーディンの体から伸びた黒い触角のようなものには、二人の男女が吊るされており、その二人は力なくぐったりとしている。

彼らに意識がないということは、すぐに理解できた。

その二人は、私の父・セトの格闘技の弟子である青年・シドさんと、その妹のリーザさんだった。

「二人に何したの…?離して、返してよ…」

力の差は明確。

それでも私は、大好きな二人を助けたかった。

案の定敵わなかった私は足で蹴り飛ばされ、再び地に伏した。

オーディンは子供である私にも躊躇わず、思いっきり持っていた魔剣レーヴァテインを振り下ろした。

…だけど、痛くない。

そーっと目を見開くと、二本の剣が私を守ってくれていた。

その持ち主はお父様と、お父様の姉上であるリタさんだった。


「悪いけど…」


「「ウチの可愛い娘(姪)には、指一本触れさせないから(よ)‼」」


二人は一旦オーディンを突き放すと、地面を蹴ってお父様はファルシオン、リタさんはククリナイフでシドさんリーザさんと繋がっている触角を切断し解放すると、空中で彼らの体をキャッチし、私の目の前に着地した。

「ニーナ、大丈夫⁉怪我してない⁉心配したんだよ…」

お父様は私の両肩をしっかりと掴み、真剣な表情で顔を覗き込む。

ようやく安心し、泣きながら抱き付いた幼い私を、お父様は優しく受け止めくれた。

「セト、アイツは私が引き留めておくから、その隙にニーナ達を連れてここから逃げて。」

「えっ、ダメだよ。姉さんだけじゃ無理だって‼すぐに応援を呼ぶから…」

「そんな時間ないでしょ。今一番大事なことはシドとリーザの手当て、ニーナを安全な場所に避難させること。…私なら大丈夫、お姉ちゃんを信じなさい。」

リタさんの強い眼差しに見つめられたお父様は、渋々了承し、二人を肩に担いで私の手を引くと、現場から立ち去った。

もしこの時、彼女を残さずに一緒に避難していたら、悲劇の結果を招くことなど、なかったはずなのに…


         ☆


私達は、皆がいる避難所まで辿り着いた。

避難所といっても、元は女性侯爵で母・ステラの幼馴染みであるモネさんの屋敷で、ここだけは奇跡的に無事だったのだ。

そのため中は怪我人で溢れ、非常に騒然としている。

「ルカ、ユーリ‼二人をお願い‼」

「「はい‼」」

お父様は実は国王でありながら医者で、今出てきた人達は秘書のルカさんと、助手のユーリさん。

シドさん達の治療に移ろうとするお父様を横目に、私は残してきたリタさんのことが気に入っていた。

…何か、嫌な予感がする。

そう思うといてもたってもいられず、今来た道を走って戻り始めた。

「あっ、ちょっと‼ニーナ‼」

私の行動にすぐ気が付いたお父様は、慌てて後をついてきた。


         ★


私とお父様は、さっきの場所に到着した。

見渡してもオーディンの姿はなく、おそらく立ち去ったものと思われる。

リタさんの姿を捜していると、彼女が私達の正面で俯せに倒れているのが映った。

「姉さん‼大丈夫⁉」

駆け寄り、お父様がリタさんの体を起こし、仰向けにする。

酷い状態だった。

傷だらけで、斬られたと思われる、胸部から右脇腹にかけての傷口から、大量の赤い血液が流れ出ていた。

呼吸も荒く、一刻も早い処置が必要なことが理解できる。

「しっかりして‼今すぐ治療するから…‼」

リタさんは痛みに耐えながらも、急いで準備を始めようとしたお父様の右手と、私の左肩にゆっくりと自分の手を運び、強く掴む。

「大…丈…夫…。それより…二人とも、聞いて……」

彼女の手から体温を、思いを、感じた。

「憎しみに…心を奪われちゃ、ダメ…。また、新たな悲劇を生むだけよ…。その負の連鎖を断ち切るためには…どんなに辛くても、悲しくても、前を向いて、歩き続けていくことが必要なの…」

突然、リタさんの体が光と化し、消えていこうとする。

これは、天使が瀕死の重傷を負った後、本人が死を受け入れてしまった場合に起きる、"消滅"という現象だった。

「ダメだよ、姉さん…!」

「…貴方達なら、きっと出来るわ…。誰よりも心優しい貴方達なら…きっと、世界と皆を、正しい方向へ導くことが出来る…。私の自慢の、可愛い弟と姪っ子なんだから…。ずっと…信じているわ…」


そうして、私の大好きだったリタさんは消えてしまった。

その白い肌も、黄緑色の長い髪も、桜色の優しい瞳も、全てが燃え盛る炎に吸収されるようにして、跡形もなく、ゼロになった。


         ☆


それからは、生き残った者達が力を合わせて、復興に向けて進んでいった。

家族を失った悲しみを乗り越え、彼らの分も生きていくことを決意した。

事件後、魔族への対抗手段・殲滅を目的とした組織"ゼウス"が結成され、シドさんはその総裁に、私は総司令官に就任した。

魔族によって私達と同様の被害を受けた他の種族の皆も、殲滅に同意した。

更に200年経ったある日、新たな事件が起きる。

ヴァンパイアの一人の青年が、失踪したのだ。

魔族に誘拐されたのでは、と断定され、今現在もその捜索は続いている。

憎しみが、また悲劇を生む。

状況は、平和を願うリタさんの最後の思いとは反対の方向へ進んでいた。

このままではいけないと、私とお父様は懸念していた。

ただ、私はあの時の様子に疑問を抱いている。

リタさんは、本当に、


死 ん だ の か ?


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SPIRITS 原 美幸 @Crescent0425

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