第18話
スクリーンに、一斉に武器の先端が現れた。
それを見て、僕はぎょっとした。全員拳銃で戦うものとばかり思っていたが、画面に表示されたのはそれだけではない。十人中六人は、大小の差こそあれ拳銃だった。だが、残り四人は見慣れない武器を手にしていた。
一人は、やたらとバレルが長い銃を手にしている。拳銃ではなく、自動小銃のようだ。やはり重いのか、移動速度はやや劣っている。
また、同じく長いバレルを得物にしているプレイヤーがいる。一番大きな銃を手にしているのは彼(彼女)だろう。
残り二人は、飛び道具を有してはいなかった。一人はナイフを、もう一人はチェーンソーを手にしている。チェーンソーの使い手は、露骨に歩みが遅かったが、万が一不意を突かれてあれで襲われては、致命傷は避けられまい。
それらをざっと確認してから、僕はステージマップに目を遣った。ステージは荒地だ。ただし、巨大な岩や崖が存在しているため、隠れ蓑には事欠かない。
次に各プレイヤーのヒットポイント・ゲージ、すなわち残り体力を確認しようとした、まさにその時だった。
拳銃の銃声が響き渡った。計三発。すると、呆気なく一人の拳銃使いが脱落した。どうやら頭部を撃たれ、即死判定となったようだ。誰がやったのかとスクリーンを凝視すると、ベレッタから硝煙が上がっている。優海だ。優海がヘッドショットを決めたのだ。
この大会を観戦するにあたり、僕は一応、ルールブックに目を通しておいた。
各プレイヤーは、自分のアバターで戦う。アバターの等身は数種類あり、例えば、小柄なアバターを使えば敵の弾をかわしやすい反面、腹部を狙った銃弾が頭部にたり、即死判定を受けやすい。大柄のアバターを選べば逆のことが言える。
優海のアバターは、自身を反映してか、小柄な少女の姿をしていた。ヘッドショットを喰らいやすいぶん、小回りが利くので、相手を翻弄しながら戦える。
自分の知識を復習していると、今度は自動小銃の唸りが響いてきた。誰かと誰かが銃撃戦を開始したらしい。優海のいる場所からは距離がある。優海は一旦、岩陰に隠れ、別な誰かを待ち受ける。
優海がさっとしゃがみ込んだ、まさにその時だった。こちらからも銃声が響いてきた。優海が今いるのは傾斜のある岩場であり、坂の下側から銃撃を受けている。拳銃使い同士の戦いだ。
優海は腹這いに姿勢を直し、二発発砲。こちらもお前に気づいたぞ、というサインだろう。向こうからも散発的な銃声が聞こえてくる。
優海の弾倉には、今十一発の弾丸が残っている。これで今の敵を仕留められればしめたものだ。
しばしの間、優海の観ている画面には、ざらざらとした岩場だけが映っていた。
すると、急に優海は立ち上がり、滅茶苦茶に発砲し始めた。
「何をやってるんだ!?」
僕は思わず声を上げた。これでは、優海はいい的ではないか。しかし、優海の操作テクニックは、そんな単純なものではなかった。
相手が顔を出した瞬間、優海はわざと側転するように倒れ込んだのだ。相手の銃弾は優海の頭上を通り過ぎ、その隙に優海は三発を発砲。一発は相手を掠めるに留まったが、二発は見事に相手の首と頭部を捉えた。
これで、二人が脱落。と同時に、先ほどの自動小銃使いが相手を倒した。残りは七人。優海は素早くリロードし、次の戦いに備えた。
それから先は、まさに血で血を洗う戦闘が展開された。七人はあっという間に三人に絞られた。優海、チェーンソー使い、それにライフル使い。自動小銃使いは、意外なことにナイフ使いと相討ちして果てた。
今の画面を見てみると、優海とライフル使いはノーダメージ。チェーンソー使いの体力は、残り三分の二といったところだ。ライフル使いはあまり移動をしていない。戦わずに体力を温存し、生き残った一人と一騎打ちをするつもりだろう(優海は気づいていないわけだが)。
やがて、優海の視界にチェーンソー使いが入ってきた。接近さえ許さなければ、こちらが一方的に攻撃することができる。優海は弾倉の数に余裕があるのか、素早くリロードして立ち止まった。その場で立ったまま狙いを定め、チェーンソー使いを迎え撃つつもりだ。
もうじき射程範囲に相手が入ってくる。僕が唾を飲んだ、まさにその時だった。チェーンソー使いが優海に向かい、想定外の速度で駆け出した。その時になって、僕はようやくチェーンソー使いの姿を目にした。
少年だ。いや、これはもちろんプレイヤーそのものを反映しているわけではない。しかし、ヴン、と空を斬りながら迫ってくる姿は、嫌が応にも僕の恐怖心を駆り立てた。
優海は躊躇うことなく二発を発砲。だが、ここで思いがけないことが起こった。
チェーンソーによって、弾丸が弾かれたのだ。
それを見て、僕の背筋は震えに震えた。どうやらあの少年のアバターは、小柄で敏捷性があるというメリットを捨ててチェーンソーを使うことで、敵の銃弾を無効にしながら戦うというスタンスを取っているらしい。
僕には、優海の舌打ちが聞こえたような気がした。
少年は、見る見るうちに優海との距離を詰めてくる。じりじりと引き下がりながら、優海は少年の足元を狙った。銃声が二発。しかし、これらもまた弾かれた。少年はチェーンソーをぐるりと一回転させ、足をガードしたのだ。
歓声の中、少年は遂にリーチを縮めきり、思いっきり得物を優海に向かって振り下ろした。横っ飛びして、倒れながらも回避する優海。だが、ベレッタを構え直す頃には、既にチェーンソーは少年の手元で構えられている。
これだけ複雑な挙動をこなすには、実物型のコントローラーではなく、ゲーム用の、連続コマンドを入力できるタイプのコントローラーが必要だ。
優海が持っている実物型のコントローラーは、直感的挙動に関しては抜群の操作性能を誇る。だが、少年のように人並み外れた動きを実現するためには、それよりもずっと多くのボタンとコマンド入力が必要だ。
これは、マズい相手に出会ってしまったかもしれない。
優海は仰向けに倒れ込んだまま、三発発砲。これらもまた、チェーンソーに弾かれる。
しかし、その僅かなタイムラグを利用して、優海は立ち上がってバックステップし、距離を保つ。
さて、どうしたものか。
すると、優海は思いがけない行動を取った。ベレッタから弾倉を抜いたのだ。まさか、このタイミングで弾切れを起こしたのか? リロードが必要なのか? あんな相手を目の前にして?
優海は、無謀だったかもしれないが無策ではなかった。新しい弾倉を取り出し、ベレッタに叩き込む、と見せかけて、その弾倉を相手に投げつけたのだ。
咄嗟にチェーンソーをかざす少年。その隙に、優海は交換前の弾倉を拾い上げリロードし、その銃口を相手に向けた。
相手プレイヤーの画面を見ると、チェーンソーを眼前に掲げているせいで優海の様子が分からない。その隙こそ、優海が狙っていたものだった。
飛んできたのが銃弾ではないことに気づいた少年が腕を下ろす頃には、既に三発の銃弾が腹部に撃ち込まれていた。その腕からガチャリ、と落とされる彼の得物。体力ゲージはもう僅かしかない。そこに、優海から駄目押しの一発が、眉間に叩き込まれた。
ワアッ、という歓声が、背後から僕を包み込んだ。この対戦中、一時的に、僕の聴覚は麻痺していたらしい。ほっと安堵したことで、耳が再起動したのだ。優海もまた、同じことを考えていたのだろう。リロードすべく、古い弾倉をベレッタから引き抜いた。
まさに、次の瞬間だった。
優海のアバターが、前のめりに倒れ込んだ。
「なんだ!?」
僕は我が事のように慌てふためいた。それと同時に、あと一人残っていたプレイヤーの存在を思い出した。確か、一番大きなライフルを担いでいたはずだ。あのライフルは、まさか。
八つのスクリーンが『GAME OVER』を表示する中、優海のものと思われる映像の他に、もひとつのスクリーンがライブ映像を表示している。
それは円形であり、中心に十字架が映り込んでいる。あれはただのライフルではなく、狙撃用ライフルだったのか。
はっとして、優海のプレイ画面に目を移す。すると、体力は先ほどの一撃で六割ほど減らされていた。なんという威力だろうか。
僕が呆然としている間に、狙撃用ライフルの第二射があった。リロード中だった優海のアバターは呆気なく倒れ込み、そこもまた『GAME OVER』と表示された。
先ほどとは比較にならない歓声とブーイングが、このホール全体を震わせる。観客の中で黙っていられた、否、呆気に取られて黙るしかなかった者は、僕くらいのものだろう。
《ゲーーーーーーーイム、セットオーーーーーーー!!》
僕は、目の前が真っ白になった。
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