【8】
秋大会は春大会と会場が違う。最寄駅から歩いて二十分。結構疲れたなあ、と思った頃に見えてくる、ピカピカの校舎。数年前に移転して新しくなったらしいけど、私は古くても便利な場所にある方がありがたい。
運動場ではハンドボール部が練習している。何種類かのユニフォームが見えるので、大会だろう。マネージャーや見学客の姿も見える。将棋は大会でもプレーヤーしかいないので、ちょっとうらやましくもあり。
校舎の間を抜け、離れた場所にある若葉会館と呼ばれる建物へ。二階建ての建物は会議や合宿に使えるようになっており、ここの一室を大会に使うのである。
会場内にはすでに結構人がいた。見知った顔もいれば、初めて見る顔も。
受付を済まし、部屋を出る。対局が始まるまでは、頭を休めることにした。すでに、やるべきことはした。だからあとは、長い勝負を乗り越える体力が重要だ。無駄な力は使わない。そして、心も冷やす。
「お、佳乃子ちゃん」
「……貴島」
その人はポケットに手を突っ込みながら、ふらふらと歩み寄ってきた。対局していない時は、とてもバカっぽい。
「幹太は」
「まだ無理」
「……そっか。残念だな。ま、また機会はあるか」
貴島の視線は、私の瞳を突き刺して別の人を見ている。確かに、私はそういう扱いをされても仕方のない成績だ。けれども、今ここにいるのは、今日この大会に出るのは私だ。
「今日は、必ず決勝に行くから」
「ん? えらくやる気だねー」
「そう。やる気」
「よし、じゃあ期待して待ってるよ」
「貴島も途中でこけないようにね」
ひらひらと手を振りながら、大会会場に入っていく貴島。彼にとっては、優勝するのが当たり前の勝負、それはそれでプレッシャーがあるだろう。それでもきっと、盤の前に座った途端全てが消し飛んでしまうのだ。スイッチが入ると、別人になる。あるいは、それこそが本来の姿。
時間になった。会場に戻ると、すぐに開会式が。そして組み合わせ発表。春と違い、予選は四人リーグの二勝勝ち抜け方式。一度負けても決勝トーナメントに上がれるシステムだ。でも、気合的にも体力的にも、二連勝するのがいいに決まっている。
指定の席に座る。大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
「余裕じゃん」
前回の反省からか、貴島は昼食にサンドウィッチを準備していた。そして、当然のように私を誘ってきた。特に断る理由もなかったけれど。
「そうでもないよ。貴島こそ危ないところなかったでしょ」
「まあね」
予選は二連勝で通過。どちらも相振り飛車だった。兄さんの研究は相振りでも深く、序盤から有利になる順についての記載はとても役に立った。兄さんに助けられての勝利ともいえる。
「その……前のところにはライバルとかいたの」
「うーん、まあ、ね、勝ったり負けたりの相手は。でもそいつ、あんまり大会出てこなくて。代表はほとんど俺だった」
「へー。じゃあ道場とかで?」
「そう。強いからって、勝ちたい奴ばっかりじゃないわけよ。気持ちはわからん」
私にもわからなかったが、本当に強くなるとそういう考えも出てくるのかもしれない。ただ、私はやっぱり大会で本気になるのが楽しい。
「全国に初めて行った時……」
「ん?」
「スルーパスで女子代表だったの。その時代表で行ったのに何もできなくて、すごく悔しかった。それから、本気で勝ちたいと思うようになったの」
「そうか。ま、俺も似たようなもんかな」
「そうなの?」
「最初は勢いだけだったし。支部団体戦で全国行ったけど、結果は惨敗。地元のおっちゃんと違って、間違えてくれねーんだなーって。自分でちゃんと勝ちにいかないとダメなんだ、ってその時から意識するようになった」
少年のように無邪気に、大人のように真面目に。貴島はときどき、不思議な顔を……魅力的な表情をする。
「ま、負けず嫌いなんだろうね、元々。佳乃子ちゃんもそうでしょ」
「たぶん」
「じゃ、春から強くなったとこ、見せてもらおっかな」
もうすぐ再開時間だ。私が立ち上がると、貴島も立ち上がった。
「存分に、見てもらうから」
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