始まりの時

昨日までの天気が嘘のように外では雨雲が雷鳴を轟かせている。

古びたソファーで眠りについていた私は轟音と激しい雨音に起こされテレビのリモコンに手をかけた。

画面の向こうではお天気お姉さんが朝から可憐な愛想を振りまき世の男性達を虜にしている最中だった。

どうやら今日から1週間はずっと雨らしい。


はぁー、雨かぁ…

雨が降っていると憂鬱だなぁ…


窓を叩きつける雨を見て微睡んでいると、テレビのアナウンサーが次のニュースを読み始めた。


ーー続いて、昨日発生した高校生殺害事件の続報です。

都内4カ所の高校で8名の学生が殺害された事件ですが、この事件に関与していると思われる女子生徒4人の行方は依然としてわかっていません。


テレビの映像は私の通っていた高校を映している


昨日から、私達のニュースばかり…。


ーー事件に巻き込まれた被害者の中には橘総理大臣の孫、橘悟さんも含まれており警視庁では4人の行方を探すとともに、この事件は新しい手口のテロという可能性も否定は出来ないとして発生から24時間が経過した現在でも都内各所に検問を敷き厳戒態勢をとっています。


…悟


悟があんなことを頼まなければ…

私は今日も普通に学校に通ってただろうな…


事件発生の前日

その日、私は久しぶりに母親と二人で夕食を食べていた。

私が食べ終えた食器を洗っていると食卓テーブルに置いてあったスマホの呼び出し音が鳴った。


…誰だろう?


「俺を殺してほしい」


電話の相手は悟だった。

普段の私ならこんな意味不明な電話はすぐに切るところだが、いつもは冷静な悟の声が震えていた。そもそも悟が私に電話をしてくることが初めてだった。

少しだけ悟の話しを聞いてあげると、彼は私に簡単な内容だけを伝え詳しい話しがしたいから会いたいと場所を指定してきた。


「悟が私にどうしても会いたいって言ってるの」


「別に悟君と会うならいいけど、どこに行くの?」


母に話すとすんなり了解してくれた。

時計の針は午後8時を過ぎている。門限の厳しい母が素直だったのが意外だったが、会いに行く相手が悟だからだろう。

母に場所を問われて私は悟に指定された場所を素直に伝えた。

急いでタクシーを呼んでくれた母「明日は無理して学校に行かなくていいから、頑張ってきなさい。愛美は私に似て可愛いんだし胸も大きいからきっと悟君、気にいると思うわ」


…母が何を勘違いしてるのかはすぐに分かった。あえて触れはしなかったが。

玄関先までついてきてくれた母は、どう見ても娘のことが心配で見送る雰囲気ではなかった…

「上手くやってくるのよ」「作っちゃても構わないから」「責任とってて言えば何とかなるから」

ブルブルっとした悪寒が体にはしる。

自分の娘でしかも私まだ高校生なのに…

母は、相手が名家だったら何でもいいの?

…まったく呆れるわ。

外に待たせてあったタクシーに乗った私は慌てて行き先を告げた。


都心に入ったところでタクシーは渋滞につかまっていた。

両サイドに立ち並ぶ店舗とイルミネーションの輝きが歩道を行き交う人達を照らしている。

仕事帰りのサラリーマンやOL、塾や予備校へ向かう生徒。買い物を楽しむ外国人とその街は夜になりいっそう輝いて見えた。


…あ、ここのスイーツ店まだやってるんだ。あとから買いにこようかな


半年前まではよく来ていたこの街が懐かしい


…あれ、あの子は…確か矢口さん


馴染みの店の前にたっていたのは、高校で同じクラスになっていた子だった。

今の彼女はギャル風ファッションに身をこなし、制服を着ているときと印象がかなり違っているが見間違いではなかった。誰かを待っているのか時計ばかり見てそわそわしている。


…急に学校に来なくなったと思ったら、こんな所で何してるのよあの子?


少しして、小太りの中年おじさんが彼女の前に表れ二人で裏通りに続く道へと歩いていった。


その様子をしばらく眺めていたが、渋滞を抜けたタクシーが動きだした。

約束の時間から少し遅れて目的のプリンスホテルに到着する。そこは緑に囲まれとても落ち着きのある空間で清々しい風が吹いていた。

タクシーを降りホテルへ入るとロビー近くのソファーで悟が待っていた。


「何よ、さっきの電話は。しかもこんな所に呼び出して、私の母親なんて完全に勘違いしてるからね」


「悪かった。でも、内容は電話で少し話しただろ?」


「ええ聞いたわよ。あなたが泣きながら私に話をしたのをね」


「それは…」


「一葉と関係を持ってしまった。でも体の様子がおかしい。死にたいのに死ねないから私に殺してほしいから会いに来てくれって、そんな訳の分からない話しをされて私はどうしろと?」


「とりあえずここじゃ目立つ、部屋を借りてるからそこで話そう」


悟はズボンから部屋の鍵を出し私に見せた。

ロビー付近には人もまだ大勢いるから悟は話しを知らない人に聞かれたくないんだろう。だけど…、


「悟、アンタねぇいくら自分が坊ちゃんでかっこいいから、女なんて誰でもついてくるなんて考えてたら大きな間違いだからね」


「分かってる。絶対に俺は愛美に何もしない信じてほしい」


「嘘じゃないでしょうねその言葉。……わかったわ。ただし、あなたが少しでも私に関係を迫ろうとしたら警察に電話するから」


…警察と言ってはみたものの、実際に悟が強引に迫ってきたらたぶん無理だろうな…

…相手は現総理の孫。私一人が何かされたとしても何事も無かったことにきっとなるだろう。このホテルだって悟には知り合いがいそうだし…。


それでも私は悟を信じてみることにした。

今ここで悟と会って余計にそんな気になっていた。

平静を装っているように見せかけている彼は小刻みに震えていた。顔の表情にも疲れが見える。

金曜日の最後に会ったときはいつもの悟だったのに…。この土日で何があったんだろう?


「本当に変なことしたら責任とってもらうから」


私は悟が宿泊しているホテルの部屋へと向かう為、悟と一緒にエレベーターに乗っていた。


「大丈夫だよ、何もしないから」


「男の何もしないはあまりあてにならないわ。…一応今回は信じてあげるけど次はないから。」


「信用されてないな俺は愛美に」


「別にあなただけって訳じゃないから悲観するこないわ。…あ、そういえば、悟に言い忘れてたことがあった。さっきここに来る途中にね、矢口さんを見たわ。あなたのファンクラブ1号でしょ。彼女?」


「矢口って真美のことか?」


「うん。そう真美さん。彼女、1か月前から全然学校に来なー」


「それで彼女、真美はどこに行った⁉︎」


まだ途中だった私の話しを遮った悟


「何よそんなに怖い顔して、彼女なら知らないおじさんと裏通りに入っていったからそれ以上は知らないわ」


「本当に真里だったのか?」


煌びやかな通りの裏には複数のホテルがある。

私も最初は疑った。あのイケメン好きの矢口さんが中年で小太りなおじさんと一緒にいるなんて考えられなかったから。でも彼女の顔だけは見間違えようがなかった。


「間違いないわよ。だって矢口さん、私と悟の噂がでた途端に毎日私のことを睨んでたから、顔ははっきりと覚えてる」


「そんなことがあったのか、全然気がつかなかった。俺に言ってくれればやめさせたのに」


「あなたに言ったら余計にひどくなってたわよたぶん。それに私だって最初からある程度予想はしてあなたの誘いにのってあげたんだから、別に気にしてないわ。

…でもそのことでなんで悟が、そんなに焦ることがあるの?」


私に問われた悟は、震わせた唇を噛み締めていた。


「……真美も一葉に操られておかしくなったんだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女と並行世界/ブラッディエターナルラブ yuki @yukimasa1025

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ