古びた遺跡

導入

 勇者ムケツ=カンゼンは、大英雄である。

 その無敵果敢ぶりは覚えめでたく、大魔王メチャワルーイヨとの死闘は伝説として一部の民草に語り継がれている。

 身長二メートルに迫る筋骨隆々の男。男の拳は岩石より堅く、筋肉を膨らませれば砲弾すらねじ伏せるだろう。さらに極めつけ。その傷だらけの背にはあの伝説の『宝剣とりっぴー』が。数々の魔神を屠ってきたムケツの最強武器の一つである。

 男の恐ろしいところは、その圧倒的フィジカルに止まらない。単なる物理では説明がつかない、いわゆると呼ばれるもの。歴戦の冒険者であれば一つ、多ければ二つか三つ持っている固有能力である。戦闘技能や魔法といったスキルとは違う、まさに固有能力スペシャル

 勇者ムケツが誇る、九百九拾九のスペシャル。本人はこれを総じて天井至りカンストと呼んでいる。


 そんな完全無欠の大英雄にも悩みがあった。彼も人の身である。

 勇者ムケツ=カンゼンは、童貞である。29歳。

 女の子にモテない。とにかくモテないのだ。積極的に嫌われていると言ってもいい。「し」の字にしゃくれた顎を擦りながら、ムケツは冒険者組合ギルドの窓口に視線を向ける。

 受付嬢のサバンナちゃん。

 小柄で可憐でおっぱいが大きい。このギルドの看板娘だ。

 冒険者たちに花のような笑顔を振りまくマドモワゼル。彼女はムケツの姿が視界に入ると露骨に舌打ちをした。ムケツがくどすぎるまつ毛を整えながら足を進める。ピンクの角刈り頭を撫でつけながら、カウンターに斜めに寄りかかる。



「やあ、サバンナちゃん」

「臭いです。近寄らないで下さい。歯磨いてシャワーを浴びてきてください。それが貴方に課されたクエストです」


「……僕、これでもアッチーノ王国では有名な大英雄なんだよ?」

…………………無言の圧力」 



 ムケツは、カウンターに叩きつけられた紙切れ一枚に目をひそめる。これが今回のクエストらしい。選択肢すらないみたいだ。あんまりな仕打ちだが、周りも不快げな視線をおくるばかりだ。

 どの子を口説いてもやはり相手にされない。ムケツはやれやれと首を振ると、素直にクエストを受領する。何事にも、先立つものが必要だ。広い世界を知りたいと生まれ育った王国を我が身一つで飛び出したのだ。腐れ縁のゾゾとは途中ではぐれてしまったが、この世知辛さも冒険の醍醐味である。


 多くの目に背けられ、ムケツはギルドを後にする。人を黙らせるのは口ではない、実力だ。古びた遺跡の探索。モンスターや危険な魔物がいるとの目撃証言があるが、臨むところだ。

 実力勝負、待ったなし。本物の実力は現実を裏切らない。

 ムケツは小さく笑う。このクエストを完全攻略する。それで実力が示される。サバンナちゃんも、きっと振り向いてくれる。このギルドの子たちもきっと見直してくれるはずだ。強者の余裕を胸に、ムケツはクエストへと赴くのだ。


 『バステト』を後にする。 


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