第71話 転移者は交渉に参加する


 早朝届けられたロイドさんの書類を、俺は教会裏の通信魔法陣に乗せた。


以前の事件でウザス領主と相対した眼鏡さんなら、この書類だけでもすべてを察してくれるはずだ。


そして届いていた紙は、今は読む時間がないのでそのまま荷物に突っ込んだ。


 今日もウザス領主との話し合いが予定されている。


俺はミランと共に領主館へと向かった。


今日は正装に近い服を身に着け、肩には黄色の鳥を乗せている。


 俺の姿を見たウザス領主の私兵たちがギョッとした顔をした。


今日はいないと思っていたからだろう。


俺は彼らの顔を一人一人眺め、「覚えているよ」という顔でニコリと会釈する。


私兵たちは以前の山狩りでは俺の指示に従わなかった。


その後ろめたさで目を逸らす。





「おや、お前がネスか」


部屋に入るなり、中肉中背で白毛交じりの髭、頭は少し寂しげな老人が俺に向かって声をかける。


ミランや少年の領主ではなく、俺にだ。


言葉は温厚そうだが、その笑顔は何となく信用出来ない。


俺は無表情のまま丁寧な礼を取り、挨拶する。


「こちらからご挨拶すべきところ、失礼いたしました。


今回、ミラン様の補佐を務めます、ネスと申します」 


何やら楽し気に微笑むウザス領主は俺の鳥を珍しそうに見ていた。


「たいそう変わった男だと聞いていたが、なかなか見栄えの良い青年ではないか。


どうだ、私の孫娘の婿にならないか」


いきなり俺を引き抜きにかかった。


俺はわざとらしく大げさに驚いて見せた。


「とんでもございません。 私は田舎者ですから、ご領主様のお身内など恐れ多いことです」


やんわりと断り、ミランの後ろに下がる。


やはり本気ではなかったのだろう。 ウザス領主は何事もなかったかのようにミランたちに向かい直った。




 新地区の少年領主の使用人である青年コセルートが場を仕切り、お茶や菓子を用意させる。


ミランと領主二人にそれぞれの補佐が付き、広いテーブルには六人が席に着いた。


しかし、その周り、壁際にはウザス領主の私兵たちがぐるりと並んだ異様な光景だ。


(威嚇して言うことを聞かせようとしていたわけか)


ウザス領兵とサーヴ領兵では数も強さも桁が違う。


その見た目が屈強な兵士、十数人が見守っている中での交渉だった。


 俺は魔術師であることが知られている。


少年領主の私兵とは違い、一人で、しかも一瞬でこれくらいの数は処理出来る。


逆に言えば、俺にしか出来ない。


俺の不在を狙っていたのは、これをやるためだろう。




 コセルートが場を進めているので、俺は黙って様子を見ている。


ジロジロと見るわけにはいかない。 少し顔を伏せ、双方の発する声や物音をじっと聞いている。


もちろん、この部屋の外も警戒しているが、そちらはこの館の私兵とトニー親子に任せた。


そして館の外はハシイスたち峠の兵士とソグが見回ってくれている。


「父や兄がそちらにご迷惑をおかけしていたことは重々承知しております」


少年領主は改まって礼を取りながら、ウザスの禿げ頭を見ている。


「しかしご覧の通り、私はまだ若輩ですし領地も継いだばかり。


今しばらく猶予をいただければと思います」


きちんとした態度に俺は感心する。 あの親や兄とは大違いだ。


やっぱり環境が人の心を育てるのだなと思う。


「ふむ、それは理解している。


だから鉱山の一部をこちらの権利として、その利益を返済という形にしようと言っておるのだ」


そうすればいちいち金のやり取りをしなくて済む、と尤もらしい事を言う。


「失礼ながら、それではいくら返済したのか不明になります。


こちらとしてはきちんといくらずつという金額を提示していただいたほうが」


「うるさいっ!」


コセルートが少年領主に代わって意見を述べると、ウザス領主の文官が大声を上げた。


さっさと利益を寄越せということらしい。


俺はこっそりため息を吐いた。


もうねえ、目的が見え見えで笑うしかないよ。




 そんな俺の気配を察知したのか、ウザス領主の禿げ頭がこっちに目線を向けた。


「ネスとやら、何か面白い解決策はないか。 昨日から同じ話ばかりでな」


どうやら本当にずっとこの繰り返しだったらしい。


ふむ、と俺は考える。


「鉱山の権利というのは分けられるものなのですか?」


俺はミランにそう訊ねた。


「いや、それは無理だな。 出来るとすれば利益を分配するくらいだろう」


ウザスの禿げ頭は忘れている。


ここにいるミランこそが、サーヴの町の決定権を持っているのだということを。


俺は少年領主を無視してミランと話を進める。




「権利の一部というなら、利益の何割かを渡すということになる。


それでも金額をはっきりさせないと計算出来ないな」


「はあ、そんなものですか」


俺は一応は納得し、さらに言葉を重ねる。


「では金額がはっきりしないなら、どうすればいいのでしょうかね」


ウザス領主側ははっきりとした金額を全く示してこない。


だから交渉が進まないのだ。


俺はイライラした顔をしているウザスの文官にわざとらしくニコリと微笑む。


「では、こうしませんか?」


ウザス側が明らかに俺が何を言い出すのかと警戒する。




「鉱山には人手が必要です」


かなりの亜人たちや出稼ぎが入っているが、それでもまだまだ足りない状況だ。


「ウザスのご領主様からも人手を出していただき、その給金分をこちらからお支払いするというのはどうでしょう」


人夫にではなく、領主に支払うことにする。


これなら期限や金額が分からなくても構わない。


支払いが終わったら向こうが勝手に人夫を引き上げるなり、彼らに給料を支払うなりすればいいのだ。


「へえ、それじゃ返済金額に関係なくこっちは給金として支払うだけでいいのか」


俺はミランの言葉に頷く。


人夫の飲食代や宿泊代はこちら持ちになるが、ウザスは人夫を派遣するだけで給料は総取りだ。


悪い話ではないはずである。


「ええ。 返済金額を上乗せした少しお高い給金になるかも知れません。


ですが、こちらの人手不足解消とウザスご領主様の利益の両方を満たせるはずです」


人夫代が高くなれば人数が減り、人夫の負担が大きくなれば仕事の量が減って利益が減る。


それくらいはウザスの文官でも計算出来るだろう。


さて、どう出るかな。




 ぶわっはっは、と大声でウザス領主が笑った。


「これはわしらの負けだな」


そう言って隣の文官の肩を叩く。


「分かった。 わしはそれで構わん。 あとは任せる」


ウザスの禿げ頭の領主は私兵たちを連れて、ぞろぞろと部屋を出て行った。


文官とわずかな兵士が残り、あとはコセルートたちの仕事になる。


「ロイドとロシェを手伝わせよう。人夫代はこちらでも負担するからな」


ミランは、少年領主の負担を減らすため、自分の鉱山でもウザスからの人夫を受け入れると申し出た。


さすが、ミランは男気があるなあ。


それでは俺からも一言。


「ウザスでも亜人や罪人が増えてお困りでしょう?。


そういうのを回してくださって結構ですよ」


文官にそっと助言する。


「それくらい分かっている!」


何故か物凄く睨まれた。 あははは。




 俺とミランが廊下に出るとトニー親子がやって来た。


「ご無事で何よりです」


いやいや、こんなところで怪我なんてしないだろ、普通。


まあ、そうなっても俺が何とかするけど。


俺たちは連れ立って旧地区へと戻る。


「しかし罪人か」


俺の話を聞いてトニオ元隊長は唸る。


「治安が心配になりますな」


「ええ、そこはトニオさんたちの腕の見せ所です」


俺は相変わらず笑顔を浮かべている。




 今回は案外平和に収まって良かった。


「おい。 これくらいのことで終わったと思うなよ。


見たか?、あの文官の悔しそうな顔を」


俺は、ミランの言葉に頷く。


おそらくこれからもウザス領との諍いは続くのだ。


「しかし何で罪人なんてわざと口にした?」


鉱山で働くのは、亜人以外は罪人が多い。


俺が今さら何故そんな分かり切ったことを言ったのか、不思議だったそうだ。


「内緒ですよ」


俺はチラッと新地区の領主館を振り返り、王都からの情報を流す。


「ウザス領主の屋敷に罪人が囚われています」


正確には王国軍からウザス領主が引受人となって、館の牢に預かっている状態だ。


「おい、まさか」


「ええ。 新地区の元領主とその長男です」


むぅとミランが苦い顔をした。


少年領主の家族だ。 おそらく交渉がまとまらなければ、あの二人を材料に使うつもりだったのだろう。


「鉱山の人夫にあの二人を寄越すと思うか?」


「さあ?」


一応煽っておいたので、その可能性は高いと思うけどね。


まあ、俺が出来るのはここまでだ。


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