第70話 転移者は砂族に助言する
王子はガーファンさんと魔法陣のある部屋へと飛んだ。
暗いので照明の魔法で明るくする。
階段の少し高い位置から床一面の魔法陣を見せた。
「ああ、なんと素晴らしい」
ガーファンさんの言葉に王子も同意らしくウンウンと頷いている。
「しかしこれを止めなければ町はいずれ砂に埋もれ、我ら砂族の悪名がまた高まる」
それはだいぶ先になるだろうけどね。
ガーファンさんに<浮遊>の魔法陣の紙を渡して、しばらくは自由に見て回ってもらう。
床に足をつけるのは危ない気がするので、気を付けてもらうようにした。
これだけの設備だ。 何か罠があってもおかしくない。
「もしかしたらこの部屋の入り口が崩れたのも何かの罠だったのかも知れない」
前回、町に帰った後、俺はそんなことを考えた。
『なるほど、そういうこともあり得るな』
砂族の神殿だというのだから、一部の者しか知らない場所だったはずだからね。
ガーファンさんは王子が描いた魔法陣の紙を見ながら、差異がないかを確認している。
フード付きローブに赤いバンダナの王子は、部屋の様子を目に焼き付けていた。
王子もガーファンさんも飽きずに魔法陣を見つめ、あれやこれやと想像を巡らせて楽しんでいた。
「そろそろ一度戻りましょう。 サイモンたちが待っています」
「ああ、そうですね」
時間を忘れそうになる王子たちに俺が声をかける。
もっともらしく魔法陣帳から大きめの紙を取り出し、転移魔法陣を記してある特殊魔法布を変形させた棒で起動する。
本当は魔法布で発動しているので、魔法陣帳はいらないんだけどね。
王子の魔力量チートを知られないためなので仕方がない。
「ほんとに便利ですね。 私にも魔法陣を教えてもらえませんか」
地上に戻るとガーファンさんが食いついてくる。
魔法陣好きな王子はうれしそうに笑う。
「そうですね。 いずれは魔法陣を教える勉強会なんてやりたいですね」
魔力のある人たちに教えるのもいいかも知れない。
ただ、普通は声で発動したほうが早いし、魔法陣を覚える必要もない。
「紙に描いておけば魔力が少ない人でも発動出来る。 それはすごい事ですよ」
ガーファンさんは熱心に王子を褒める。
王子の魔法陣帳は、すでに魔力がこめられている。
一定の決まった魔法ならこちらのほうが魔力をあまり使わない分、術者の負担が軽いのだ。
「ガーファンさんの魔術もすごかったですよ」
王子が軽く嫉妬するほどに。
砂族は砂を操ることに長けている。 王子の魔術も敵わないのだ。
「いえいえ、魔法といっても砂を移動するだけですからねえ」
普段の生活にはまったく使えないのだとしょんぼりしている。
父親がうなだれているのを見て、サイモンが心配そうに見上げていた。
「ごめんごめん、大丈夫だよ。 さあ、お腹空いただろ」
ガーファンさんは明るく振舞って、荷物から昼用の軽食やリンゴを取り出す。
ソグがお湯を沸かしお茶を入れてくれる。
「何かありましたか?」
小さな声で訊いてくるが、俺は別に何でもないよと答える。
「砂族の魔法が砂を移動することしか出来ないのが残念でならないという話です」
ガーファンさんが自分でそう言って頭を掻く。
俺はお茶を飲みながら、砂で何が出来るのかを考える。
「砂といっても色々ありますし、この壁の石だって、元は砂が集まって出来たものでしょう?」
砂粒の結晶といえばいいのかな。
どんな固い岩でも削れば砂になるのだ。
ならば砂の移動の要領で岩も動かせるのではないだろうか。
「ふむ、そういう考えもあるのですね」
ガーファンさんが壁に触れながら考え込む。
「あとは、そうですね。 例えば、研磨材とかも砂ではないですか?」
「え、それは何です?」
ありゃ、研磨材ってこっちの世界にはないのかな。
「えっと、紙や布に細かい固い砂を貼り付けておいて、それで凸凹のある面を擦ると滑らかになるっていう」
元の世界ですることがなくて、病室でプラモデルなんかもよく作った。
きれいに仕上げるのに紙やすりが超お役立ちだったんだよな。
「つまりは砂で物を削ることが出来ると?」
「ええ、そうです。 砂粒の粗さで色々と変わると思います。
私はそこまで詳しくはないですが」
とりあえずは砂も色々なものに使えるはずなので、移動させる魔術だけではもったいない気がした。
「な、なるほど。 何か他のことを……」
ガーファンさんも自分の考えに没頭し始めた。
いやいや、それは後にしてくれないかな。
「まずは魔法陣を停止させる方法を考えましょうよ」
「あ、ああ、そうでしたね。 すみません」
父親のそんな様子をサイモンはニコニコとうれしそうに眺めている。
その夜、ガーファンさんとの検討を終え、明日の朝は一度町に帰る予定にした。
しかし夜中にふいに目が覚めた。
砂山の遠くから誰かの荒い息遣いが聞こえた気がする。
ユキが警戒の声を上げ、アラシとソグも起き出して来た。
「何でしょうね、一体」
ソグは一応武装した。
「アラシ、ユキ。 様子を見てきてくれないか?」
【いいよー】【うん、見てくる】
二匹とも身体は大型犬ぐらいになり、子供っぽさが消えた。
砂狐は危険を感じると身体自体が砂色に変化し、砂に紛れて見えなくなる。
二匹の姿が消えると、ソグは周りを警戒して俺の側に寄り添う。
アラシとユキが戻ってきた。
クロとトニーを連れて。
「どうした?」
トニーは疲労困憊といった感じで、クロに背負われていた。
すぐに水筒を出して飲ませる。
「町に何かあったのか?」
はあはあと息をするトニーが水を飲んで落ち着くのを待つ。
「あ、ありがとうございます。
はぁはぁ、町に、ウザスから兵士がー。 ミランさんがよ、呼んで、来いって」
俺とソグは顔を見合わせる。
「落ち着け」
慣れない砂漠を一昼夜以上走り続けたらしいトニーを少し休ませなければいけない。
「クロ、何があったか分かるか?」
【うーむ。 何やら不穏な輩がやって来たのは確かだ】
危険を察知したミランが俺を呼び戻そうとしているらしい。
『王都の貴族連中に何か吹き込まれたのかな』
ウザス領主は俺に鉱山を取られて恨んでいるだろうしね。
(理由なんて何でもいいから、俺たちを捕まえようとしているのかも知れない)
要するに俺たちが邪魔なのだ。
何をするか分からない連中だというので、俺はガーファンさんたちを起こし、夜中のうちに旧地区へと帰還する。
魔法陣で戻る場所は俺たちの家の裏だ。
ガーファンさんにはすぐにサイモンと自宅へ戻ってもらう。
「今夜は外には出ないように」と指示した。
ユキとアラシ、クロには何かあったら教えて欲しいと言って町の中へ偵察に出す。
そして俺はソグとトニーを連れて、ミランの屋敷へ向かった。
裏口の扉を叩くと、すぐにロイドさんが出てきた。
「お待ちしておりました」
すばやく中へと滑り込む。
「一体何があったのですか?」
「それはミラン様からお聞きになってください」
明かりも点けず、俺たちは小声で話をする。
窓から入り込む月の光だけが頼りだ。
王子たち一行が砂漠へ向かった後、ウザス領から春の山狩りを同時にやろうという話が来たそうだ。
どうやら俺がいない時を狙って話を持ってきたと思われた。
「最初は山狩りの話だけかと思っていたら、あの若い領主に金の話をし出してな。
わざわざサーヴまで来て話があるというから胡散臭いと思ってたんだが」
「前領主である父親と兄に金を貸しているということで、返済を求められたようです」
俺たちが戻るのは早くても五日後ということで、それまでに話をつけようとしているらしい。
ロイドさんの言葉に俺は苦い顔になる。
「本当に借金があっても不思議ではないですからね」
あの親子ならあり得る話だった。
「そうか。 借金のかたに鉱山を取り上げに来たのか」
俺がため息交じりに呟くと、「たぶんな」とミランが忌々し気に吐き捨てた。
対応策を考えると言って俺は一旦家に戻ることにした。
『金なら鞄にー』
俺は王子の言葉に首を横に振る。
「あんな奴らは一度金を得ると次から次へと要求が増えるだけだ」
屋敷を出る直前に、俺はロイドさんに今回のウザス領主の一件を書いた報告書が欲しいと頼む。
「私が書いたものでは何の証拠にもならないですよ?」
俺はそれでも良いと言ってお願いする。
「分かりました。 あとでお届けしましょう」
「お願いします」
外に出ると月が明るい。 その代わりに長く伸びた影が深い闇になる。
「ふう、全てが丸く収まる方法はないのかな」
そんなこと無理だって分かってるけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます