第62話 転移者は遺跡に侵入する


 王子が、石板に置いた大きな魔法紙に描かれた魔法陣を発動する。


俺はすぐさまサイモンたちの傍に戻り、結界を張った。


ゴウッという音と共に砂が竜巻のように渦巻く。


「くっそ。 さっきの砂嵐よりひどい」


『仕方ないだろ』


王子もここまでひどくなるとは思っていなかったのだろう。 動悸が激しい。


かなり広範囲に渡って砂が動いている。


 やがて静かになると、俺は慎重に結界を解いた。


「あれは何?」


サイモンがポカンと口を開いている。


「さあ、何だろうな」


俺たちは恐る恐る、それに近づいて行く。




 俺の背丈ほどの高さの建物の残骸の中。


石壁に囲まれた下り坂の先に、まるで俺たちを誘うように空いた黒い空間がある。


魔力の嵐の後に出現したのは四角い横穴だった。


 その周りは多少壁が増えていたが、全体を修復するには魔法紙に込めた魔力が足りなかったのだろう。


中途半端に建物の壁が残っている。


「……一度、町に戻ろう」


俺はすぐにでも調査に入りたい。


魔法収納の鞄の中に必要な物は入っている。


一人なら喜々として王子も飛び込んだだろう。


だが、今は子供を連れている。 このまま行くのはまずいと思った。




「ネス、僕もあそこに連れてって。 ここは砂族の村の跡地なんでしょう?」


何でそんなことを知ってるんだと、俺は驚いて小さな同行者を見る。


「僕は砂族だよ。 きっと僕に関係のあることなんだ」


サイモンは俺を見上げて言った。


そしてじっと穴の奥を見つめる。


 俺よりよっぽど勇気がある。


「分かった。 だけど俺の後ろにいろよ。


アラシ、ユキ。 何かあったらサイモンを連れて全力で逃げろ」


【うん】【わかったー】


砂狐たちもやはりただならぬ雰囲気を感じたのだろう。


素直に頷いている。


 俺はとりあえず戻って来られるように、辺りに結界を張って穴を保存することにした。


石板の一つに魔法陣を描きこんでおく。




 サイモンの手をしっかりと握り、ゆっくりと穴のほうへと歩く。


生き物の気配は無い。 ただただ魔力の気配が濃い。


やがて外の明かりが届かなくなると真っ暗になった。


何があるか分からないので、光は小さなカンテラの明かりに留める。


 高い天井。 壁も天井も石造りの建物はヒンヤリとしていて、ここが砂漠の真ん中であることを忘れさせる。


「もう壁か」


四角い部屋のようだが、すぐに壁に突き当たる。


壁に沿って移動しているとポッカリと先ほどの出入り口のような四角い穴が空いていた。


 俺は荷物の中から、魔法柵修繕に使った暗闇でも見える蛍光塗料を穴の床部分に塗る。


「もし明かりが無くなっても、この色を目印にすれば出られるからね」


サイモンを怖がらせないようにニコリと笑う。


「うん」


【ゆきもおぼえたー】【ぼくもー】


頼もしい限りだ。




 いくつか同じような部屋と出入り口が続いた。


廊下というものがなく、部屋が連続している。


俺はその度に出入り口に印を付けていく。


部屋は広かったり、ジメジメしていたりするが、皆同じようにただガランとしていた。


多少崩れた壁があったりするが、誰かが生活していたという形跡はない。


『気づいているか、ケンジ』


「ああ、少しずつだけど地下へ下りているな」


床が緩やかに下っている。


ボソリと呟いた俺の手を、サイモンが不安げにギュッと握った。




「少し休憩にしようか」


そういえば朝食がまだだった。


カンテラの明かりを少し大きくして、出入り口の側に座り込んだ。


鞄からパンに葉野菜と肉を挟んだものと、餡子を挟んだものを出す。


どちらも半分にして分ける。


「おいしい」


サイモンが笑顔になると、俺も二匹の砂狐もホッとする。


水筒の水をユキたちの器に入れてやり、自分たちはお茶の水筒を出す。


「寒くないか?」


温かいお茶をカップに注いで渡してやる。


サイモンはうぐうぐとパンを頬張りながらコクリと頷く。


寝るために持って来た毛布でサイモンの身体を包む。


奥へ進むにつれ、益々空気は冷えていくようだ。




 俺たちは子供連れのため、おそらく思ったより距離は進んではいない。


二度目の休憩を決めた場所は、ほんのりと壁が光っていて明るい部屋だった。


行き止まりなのか、入って来た入口の他に出入り口が無い。


「サイモン、しばらくここで待っていてくれ」


リンゴにかじりついていたサイモンが顔を上げる。


心配そうに俺を見ていたが、アラシがすぐにすり寄って慰めた。


「うん、いいよ」


サイモンはアラシを撫でながら答える。 いい子だ。


戻るのが遅くなった時のために食料などの荷物を確認し、小さな予備のカンテラも渡しておく。




 この部屋は見るからに怪しい。


特にこの部屋の下に魔力が集まっている感じがした。


俺は荷物から魔法布を変形にした棒を取り出す。


コンコンと床や壁を叩いていくと、音が変わる。


(お約束だなあ)


元の世界では映画なんかでよく見る場面だ。


『何がだ?』


(いや、何でもない)


俺はサイモンに気づかれないように王子と会話をする。


 音が変わった場所に棒を突き刺し、魔力を流してみた。


今まで壁しかなかった場所にぽっかりと穴が現れる。


そこには下り階段があった。




 一度サイモンたちを振り返り、笑顔を返して前を向く。


(行くぞ)


『ああ』


ぐっと手を握り込んで気合を入れた。


 慎重に階段を降りる。


底は暗くて見えない。 掲げたカンテラの淡い光だけが頼りだ。


「長いな」


緊張と疲労で息が荒くなり始めた頃、階段の先が無くなった。


 良く見ると段が終わって床になっている。


だが、床は光を反射せず、黒いままなので見えないのだ。


『怪し過ぎる』


王子はその階段を降りずに、その場に目印用の杭を打ち込んだ。


うんうん。 王子もだいぶ慎重になったな。


『よし、やるぞ』


大きな魔法紙を取り出す。


<照明>の特大版だ。




ピカッ


明るい光が天井付近で輝く。


「……な、なんだ」


俺も王子も床に広がるそれを唖然として眺めている。


『魔法陣……だな』


「ああ。 だけど、これは」


俺たちが今までに見たこともない、巨大な魔法陣が床一面に描かれていた。


 しかも一つではなく、中央に大きな円陣があり、それに一部が重なっている小さな円陣が四方にある。


『五つの魔法陣が影響し合っているのか。 こんな複雑な模様は初めてだ』


「砂族の魔法に何か関係あるのかも知れないな」


王子は解読しようとしているのか、じっとその魔法陣を睨んでいる。




「ネスー!。 ネスー」


遠くサイモンの声がする。


俺が階段の上を見上げると、小さな足音が転がり降りて来た。


「うわっ」


思わず受け止める。


半泣きのサイモンが腕の中で顔を上げた。


「うっ、うっ、ごめんなさい。 あの穴が突然崩れたの。


ネスが戻れなくなると思って、穴に飛び込んじゃった」


そして突然明るくなったことに驚いて、足が止まらなくなってしまったらしい。


動けなくなるよりはマシか。 俺は苦笑いでサイモンの頭を撫でる。




 サイモンは床の魔法陣に気がつくと怯えるように俺にしがみ付いた。


「いいか、サイモン。 ここで見たことは絶対に誰にも言うなよ」


「う、うん」


巨大な魔法陣にサイモンも目が釘付けになっている。


 王子は筆談に使っていた文字板を取り出す。


新しい紙を貼ると、魔法陣を大雑把に描き写し始めた。


ユキとアラシは落ち着かない様子だが、真剣な王子の顔に声も掛けられない。


『難しいな。 記号なのか、文字なのか、判断出来ない』


王子でも知らないものは俺が分かるわけない。


俺は黙って王子を体力面でサポートするだけだ。


 王子は<浮遊>を使って上空からも確認し、戻って来ては板の紙に書き足すを繰り返していた。


どれくらいそうしていたのか、俺は少し息苦しさを感じ始める。


「入り口が崩れたんだったな。 閉じ込められたのか」


ここは小学校の体育館くらいの広さがある。


まさか、空気が無くなるということもないだろうとは思うけど。




「一旦外に出ないか」


大人の俺でさえ、この魔法陣に圧倒されて精神的に疲れている。


いくら砂族とはいえ、サイモンはまだ七歳だ。


『ああ、そうだな。 目印は付けたからまた来ればいいな』


王子はある程度気が済んだようで俺もホッとした。


「帰ろうな」


ぐったりと座り込んでいたサイモンが顔を上げた。


手を出した俺に、立ち上がったサイモンは首を振った。


「ここ、壊さないとダメ」


「えっ?」


『は?』


「これ、砂を作ってる」


「サイモン?」


砂族の少年は王子が描いた紙の魔法陣を指差す。


「これ、砂を作る、魔法陣。 こ、の文字、そう、書いてある」


息荒くそう言い終わるとガクリと倒れ込んだ。


「サイモン!」


俺は小さな身体をかかえると、すぐに転移魔法陣を発動した。


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