第63話 転移者は魔法陣を解読する


 サイモンと砂狐たちを連れて、俺は転移魔法で旧地区へと戻って来た。


俺の家の裏に出る。


地下から急に出て来たので、外の明るさにクラッとする。


陽は高く、まだ夕方にもなっていない。


「ネス、サイモン!」


リタリに見つかって青い顔をされたが、


「疲れているだけだよ」


と、サイモンを男の子たちの部屋へ運んでもらった。


今はゆっくり休ませて、目が覚めたら改めて話をしよう。


俺もまだ混乱してるしね。




「ふぅ、あの地下室が魔力遮断されていなくて良かった」


部屋に戻って着替え、俺が深いため息を吐くと王子は怪訝な声を出した。


『魔力が溢れていたんだから遮断などされていないぞ』


まあ、そうなんだけど。


 出入り口の壁が崩れて出られなくなったんだ。


もし、あそこに閉じ込められたら。 もし、転移魔法陣が使えなかったら。


俺としてはそういう最悪の場合も考えていたっていうだけだ。


『そうか、なるほど。 やはりケンジは慎重だな』


魔法陣に夢中だった王子は少し申し訳なさそうに頷いた。


「昔は王子のほうが慎重だった気がするんだけど」


『いや、私は何もしなかっただけだ』


すべてが初めてのことで、何をしていいか分からなかったと言う。


『ケンジは何も考えていないようで、ちゃんと考えて行動してた。


私はそれが分からなくて、ただ黙って見ていたんだ』


そうだったかな。 遠い過去のようでもう思い出せないや。




『それより、あの魔法陣だ』


一人で家の中で夕食を取りながら王子が描いた紙を見る。


サイモンはまだ目覚めていない。


やはりあの小さな身体には負担が大きかったのだろう。


大人として、少し反省だな。


「しかし、砂を生み出す魔法陣か……」


『砂族の文字なのかな』


きれいに描き直し、穴が開くほど眺めても王子には解読出来ないらしい。


「砂族。 いるなあ、もう一人」


というか、母娘で。


『あの母娘か。 もう体調は良いのだろうか』


 先日、砂漠のオアシスで行き倒れていた母娘。


母親の病状が良くないので、母娘で地主のミラン預かりになっている。


「聞きに行ってみよう」


俺は夕食後に地主屋敷を訪ねることにした。




 地主屋敷で面会を申し込む。


玄関口に出たロイドさんを押しのけ、ミランが顔を出した。


「何の用だ?」


何故かジロリと睨まれる。 ミランらしくない行動に俺は首を傾げた。


「砂族の研究の件で教えて欲しいことがありまして」


手土産の酒瓶を差し出しても素っ気ない。


「まあいいだろう。 その代わり、俺も立ち会うからな」


「はあ」


何だろう。 いつにも増してミランが威圧的だ。




「こちらへどうぞ」


別棟へ案内されながらロイドさんにチラッと訊いてみる。


「あの女性のことが心配でならないようですよ」


「へえ」


そういえば、汚れを落として身なりを整えた彼女はたいそう美人だとミランが言ってたっけ。


俺は彼女を見ても何も感じなかったけど、ミランは好みのタイプだったのかな。


「爺さん、余計なことを言うな」


ミランの顔がちょっと赤い気がする。 ふむ。


『まったく、どいつもこいつも』


王子、何怒ってるんだ?。


『何でもない』


ふふ、何となく気持ちはわかるけどね。




 体調が戻っても砂族の母娘は地主屋敷で暮らすことになったそうだ。


ハンナさんの手伝いとして雇うらしい。


まあ、ミランにはそれ以外の目的もありそうだけどね。


「こんばんは。 少しお話をさせていただいても良いでしょうか」


地主屋敷の別棟は使用人用の部屋が三つある。


ロイドさん夫婦、ロシェ姉妹、そして砂族の母娘が住んでいた。


「はい。 ネス様、何なりと」


使用人にしては豪華な部屋だなと思いながら、チラリと同席する若い地主を見る。


ミランはまるで俺を恋敵を見るような目で睨んでいた。


はあ、やりにくいったら。




 ロイドさんには席を外してもらい、女の子をロシェに連れ出してもらった。


今、この部屋にはミランと俺と砂族の母親しかいない。


「この魔法陣を見てもらいたいのですが」


俺は懐から王子が描いた魔法陣の紙を取り出した。


「これは?」


女性は首を傾げている。


「実はあなたたちが倒れていた場所の近くを捜索していたら崩れ落ちた建物がありまして。


その地下でこの魔法陣を発見したのです。


同行していたサイモンが砂族の言葉で書いてあるというので」


じっと見ていた女性はゆっくりと首を横に振った。


「申し訳ありませんが、私には分かりません」


「そうですか」


彼女は気落ちして肩を落としてしまった。


背中から刺さるミランの視線が痛い。


「話は終わったか。 さっさとー」


ミランが俺を部屋から出そうとすると彼女は顔を上げた。


「あ、でも」


立ち上がり、荷物から小さな紙束を取り出した。


「何かのお役に立てれば」


そう言って、その紙束を俺に見せる。




「娘用に作った砂族の文字の見本です。


古い文字なのですが、家系によっては違う言葉もありますので」


参考程度だと言って絵本のようになった紙束を広げて見せてくれた。


「なるほど」


文字自体は多くはない。 しかし独特な字体だ。


書かれた文字の下に絵でその文字の意味を記している。


「文字一つ一つに意味がある、ということですね」


「はい」


彼女は頷く。 大変頭の良い女性のようだ。


「これは大変見やすいです。 あなたがご自分で作ったのですか?」


「は、はい」


女性は俺の言葉にうれしそうに頬を染めた。


「娘さんへの愛を感じますね。 これをお借りしてもよろしいですか?」


「もちろんです」


礼を言って部屋を出た。


もう最後のほうはミランからの威圧がすごかったよ。


俺は家に戻ってやっと一息ついた。




 さあ、解読だ。


王子が目を輝かせているので、俺は早々に引っ込んだ。


 俺はふと考える。


異世界人である俺は、この世界の異性との関係はどうなるのだろう。


確かに今までフェリア姫と接触はしてきたけど、以後どうなるとか、本気で考えていなかった。


「プロポーズとか言われて焦ったけど、マジ結婚とか、無理だよなあ」


すべてを相手に話す必要がある。


信じてもらえるんだろうか。


「姫だって、中身が二人の相手なんて気味悪いだろうし」


せめて王子だけなら彼女との未来を手に入れられるかも知れない。


でも、俺はきっと無理だ。


「もし、その時が来たら、俺は王子の身体から消えないとな」


俺はぼんやりとそんなことを考えた。


胸が苦しくて痛かった。




 翌朝、いつものように掃除と朝食、そして体力作りをする。


「アラシ、サイモンはどうしたんだ?」


朝食にも顔を見せなかった。


ユキとじゃれているアラシに聞くと、


【さいもん、げんきない】


と、アラシも元気なさげに答える。


 俺は教会裏の子供たちの部屋へ向かった。


「サイモン、入るよ」


男の子たち用の部屋へ入る。


「ネスー」


ベッドに腰かけていた少年は、しょぼくれた声を出して俺を見る。




 俺の後をつけてきた女の子がタタタッとサイモンの傍に駆け寄った。


この子もあまりしゃべらない。


サイモンの服を掴んで、心配そうにじっと顔を覗き込む。


 俺はその様子を見てフッと息を吐く。


「サイモン、こんな小さな子に心配かけるなよ。


さあ、立って。 まずは食事をしよう」


「う、うん」


砂族の子供たちは手をつないで外に出た。


 俺の家に呼んで簡単な朝食を取らせる。


食後のお茶を出した後、机の隅で王子が魔法陣の解読を始めた。


「それは?」


サイモンが砂族の女性がくれた紙束を見る。


「その子のお母さんが貸してくれたんだ。 砂族の文字を教えるためのものらしい」


「見てもいい?」


俺は微笑んでそれをサイモンに渡した。




「サイモン、よかったらこれを読んでみてくれないか」


パラパラと紙束を読んでいたサイモンに王子が魔法陣から抜き出した文字を見せる。


 昨夜、王子は女性からもらった文字表を使って、ある程度は読めるようになっていた。


ただやはり一部は複雑で、所々読めない部分もあった。


「うん」


やはりサイモンはずっと気になっていたんだろう。


王子が差し出した紙を真剣な顔で見ている。




「ここ、ここだよ」


巨大な魔法陣の真ん中にあった文字を指さす。


「砂を生む、か?」


「砂、作る、があるし、魔力がずっと回ってた」


魔法陣があった上の部屋はぼんやりと壁が光っていた。


「なるほど。 魔力があの魔法陣に集まるように設計してあるんだな」


王子が中央の魔法陣に接している四隅の小さな魔法陣をなぞる。


『そしてこの循環は永遠に止まらない』


王子がボソリと呟いた。


「壊さなきゃ、町もいつか砂に埋もれてしまうよ!」


サイモンが恐れているのはサーヴの町に被害が出ること。


彼は両親が帰って来るこの町を守りたいのだ。


俺は小さな頭を撫でた。


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