第61話 転移者は砂漠を渡る
その日、教会横の家畜が増え過ぎてうるさいとミランから苦情が来た。
「俺の家の鳥も含めてもっと大規模な鳥舎にしてやるから、もう少し家から離してくれ」
そういう要望が来たのである。
俺とトニオ親子、獣人エラン親子を交えて夕食後に地主屋敷で話し合いをすることになった。
鳥だけじゃない。 ヤギもどきもチーズやバターが作れるようになると数が増えていた。
旧地区は、海岸沿いは倉庫や漁業関係者の家が並んでいて、噴水の広場を挟んで地主屋敷と小さな店たち。
森に向かって空き家が続いた後に、鉱山主だったお婆さんの家やエラン、ソグの家と農作業小屋が並ぶ。
そこから魔法柵の近くまでは畑がある。
新しい鳥舎を作るとしたら、その畑と魔法柵の間ということだ。
「しかし、そうなると森の近くになりますし、獣を呼び寄せることになりませんか?」
エランが難しい顔をする。
鼻の良い狼獣人のエランが森からの獣被害を心配する。
「魔法で何とかならんのか?」
ミランが俺を睨む。
睨んだって出来ないものは出来ないですよ。
「毎日そんなことに魔力を使うのは無駄だと思いますけどね」
どうせなら魔法柵をそのまま利用して、周囲全部を魔法柵にすればいいんじゃないかな。
「いっそこの辺り一帯を牧場にしたらどうですか」
「牧場?」
幸いこの地方は雨がほとんど降らない。
「家畜たちが寝るための小屋さえあれば、あとはざっくりと柵で囲んで放置でいいんじゃないかと」
魔法柵から森までの間を今より広く取って整地すれば獣が身を隠す場所が無くなる。
それに、王子が作った魔法柵はすでに有害な獣を通さないようになっているので、囲んでしまえば立派な牧場になる。
隣領のウザスでも放牧は行われていて、俺もその酪農家からこのヤギたちを買い付けた。
今、現在も乳製品の加工を子供たちに指導してもらっている。
ついでにその作業用の小屋も作ってもらえるといいな。
「じゃあ、森の開墾から始めるということか」
今の森が余りにも魔法柵に近い。
出来るなら森を開墾し、魔法柵と森の間に余裕が欲しいと提案した。
「それがよろしいかと」
ロイドさんの言葉で一応収まった。
ハンナさんとロシェが皆のお茶を入れ替え、フフがたどたどしくお菓子を運んで来る。
「おい、ネス。 砂狐がまた増えたようじゃねえか」
春先とはいえ夜はまだ冷えるので温かいお茶はありがたい。
お茶を啜りながらミランが俺を見る。
「あの黒くて若いやつですか」
あれはユキを狙って来ているとは言えない。
「砂漠方面の山の上に砂狐の集落がありました。
あれはそこの長老の家系のようで、この町にいる子狐が心配で見張っているんですよ」
トニーが勘違いして追い出そうとしていたけど。
「トニー、あの黒いのに名前を付けて仕事をさせるといいよ」
俺がそう言うと全員が目を見張る。
「砂族でもない者がどうやって?」「手懐けられるとは思えない」
口々にそんなことを言い出す。
「えーっと、実際、私が砂族でもないのに一緒にいるじゃないですか。
砂狐にとって必要なのは魔力なんです」
いつも腰に下げている魔法陣帳から<砂狐・餌用>を取り出す。
「誰でも魔道具を起動させるだけの魔力は持っているでしょう?。
それで、これを発動させれば砂狐が寄って来ますよ」
俺はそれをトニーに何枚かまとめて渡す。
「根気よく何度か使えばお前を覚えてくれる。
そうしてそれを欲しがるようになったら、仕事を与えて褒美として渡すようにするんだ」
「ほお、酒みたいなものか」
ミランにとってはそうかも知れないね。
若い酒好きの地主を見る全員の目がそう言っていた。
ユキとアラシもだいぶ大きくなった。
仕草も子狐のころから見ると落ち着いて来た。
【ねすー、こっちー】
ユキは全身白い毛並みの美狐に成長した。
【こっちー】
アラシの毛並みは黄色の強い茶で手足と尾の先が白い。
元の世界のTVで見た狐に近いが、こっちは魔獣である。
派手な色合いの毛並みは少ない同族を見つけ易くするためのようで、危険を感じると砂色に変わる。
まるでカメレオンのようだ。 魔力でも見つけることは不可能である。
それが、野性でも生き延びてきた理由だろう。
季節に関係無く砂地を歩き回れるようにと、王子がサンダルに魔法陣を描いてくれた。
<砂上歩行><防熱>
でも砂漠を渡るには陽に焼けないようにしっかりとしたいつもの短めのブーツだ。
それにも魔法陣を描いてもらう。
王子のローブはすでに魔法陣だらけで年中快適に過ごせる仕様になっている。
これで砂漠でも無敵だ!、といいな。
今日はアラシとサイモンも一緒にオアシスを目指す。
サイモンには砂漠の横断はまだ早いと思っていたが、砂の魔術を案外早く使いこなしていたので、今回は試しに連れて来た。
四六時中一緒にいるアラシとサイモンは息もピッタリだ。
俺は、はぐれた時のためにサイモンにも荷物を持たせた。
オアシスまでは砂漠の真ん中で一泊する必要があるので、その為の荷物だ。
七歳児の身体には重いだろうと、アラシの背にも少し分けた荷物を乗せている。
砂漠での夜は気温が一気に下がる。
簡単な朝食のあと、俺たちは立ち上がった。
テントはなるべく平坦な場所を選んで張っているが、それでも目が醒めると周りの砂山の景色は一変していたりする。
「ユキ、オアシスはどっち?」
【こっちー】
俺はユキの歩き方をまだ砂漠に慣れていないアラシに見せる。
アラシは注意深く周りを見回し、何よりも大好きなサイモンの安全を確認していた。
なかなか慎重なやつだ。
【みずのにおいがする】
オアシスまではまだだいぶ距離があるのに砂狐には分かるらしい。
俺たちは安心して二匹について行く。
目標だったオアシスに着くとサイモンがうれしそうに目を輝かせた。
「やったー!」
【やったー】
はしゃぐサイモンたちを放っておき俺は泉に向かう。
今までも何度もこのオアシスに通って、泉が砂に埋もれない様に周りを補強している。
俺が作業をしている間、一人と二匹は泉の周りを走り回っていた。
だが、ピタリとその足が止まる。
「何か来る」
【すながぐるぐる】【かぜがごーごー】
え、それって、砂嵐のことじゃないか?。
「やばい!。 サイモン、こっち来い」
サイモンと砂狐たちを抱き寄せ、俺は結界を発動した。
遠くから砂を巻き上げる雲が見える。
あっという間にゴウッという音が近付いて来て、俺たちもその渦の中に巻き込まれた。
王子は何も見えない砂色の壁に囲まれたまま、必死に結界を維持する。
俺は今までにない暴力的な自然の脅威を肌で感じていた。
無限の魔力を持つ王子だから持ち堪えられたのだろう。
ふいに風が止むと俺は王子がガクリと膝をついたのを感じる。
(ありがとう、王子。 ゆっくり休んでくれ)
陽が落ちていた。
俺はサイモンたちを連れてオアシスの側の数本のやしの木の根元へ移動する。
その夜は砂嵐の衝撃が強かったせいで胸が騒いで眠れなかった。
「あれは町の方にも行ったかな。 皆、大丈夫かな」
そんな心配をする優しい少年の頭をぐりぐりと撫でる。
ここよりも町の方が安全だから大丈夫だよ。 きっと。
夜が明けてすっかり変わった地形を見回す。
泉の周辺には何度か魔法陣を描き込んだモノを設置しているが、今回の砂嵐でも無事のようで安心した。
朝食の用意をしていると、
【ねすー、あれなにー】
というユキの声に顔を上げる。
サイモンがボーッと何かを見ていた。
「どうした?」
念話鳥を肩に乗せた俺がサイモンたちの側に行くと、その少し離れた場所に何かがあった。
『魔力を感じる……』
王子の言葉に俺はゴクリと息を飲んだ。
それは何かの残骸のようだった。
「危ないかも知れないから下がっていろ」
俺はアラシにサイモンを任せ、ソロリソロリと近寄る。
人や生物の気配は無いが罠は有るかもしれないからな。
嵐で砂が吹き飛び、埋もれていたものが姿を現したのだろう。
崩れ落ちた石の壁の一部が見える。
砂漠にあったという砂族の集落の跡だろうか。
カツン、と足元が砂から硬い感触に変わった。
しゃがみ込んで足元の砂を除けると石畳が見えた。
いや、これは敷石の石畳ではなく、大きな石板だ。
ゆっくりと後退りして全体を見る。
砂の山に見え隠れする石の壁。 足元の石の床。
「どう見ても建物の跡だな」
石板の砂を丁寧に払い、王子が一枚の魔法陣を取り出した。
特大の<復元>だ。
(そんなの使って大丈夫なのか?)
『ここなら町に被害は出ない。 サイモン一人なら何とでもなる』
王子が石板の上に置いた魔法陣に手を乗せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます