第60話 転移者は将来を危ぶむ


 デザの新しい工房の掃除を終わらせ、一息ついていると珍しい姿が見えた。


家具を運び込む木工屋の主人と一緒にやって来たのは、革細工屋のドワーフの女性だ。


「ピティースさん?」


俺は彼女を工房以外の場所で見かけるのは初めてだったので驚いた。


「う、うむ。 あいつが新しい工房を借りたというから見に来た」


デザが煉瓦工房の親方のところを追い出されたと聞いて、職人仲間としては心配だったそうだ。


 少し顔を赤らめている彼女の新鮮な姿に二度驚く。


いつもはおっさんくさいのに、今日はやけにしおらしい。 普通の女性に見えるな。


「デザさんとお知り合いでしたか」


「ああ、あいつは昔から努力家だったからな」


元の世界でいう細マッチョでイケメンだしね。


「お、お互いに良い物を作ろうと競い合って来た仲だ」


顔じゃないぞ、と言いたいらしい。


職人として作るものは違っていても、お互いを認め、腕を磨き合ってきた。


「なるほど。 お二人が腕の良い職人である理由が分かった気がします」


身近に良きライバルがいる。 同年代かどうかは不明だが。




 俺が木工屋の主人に家具の代金を支払っている間、ピティースさんは倉庫にしか見えない家の中を歩き回っていた。


念入りに見回している彼女に、


「ここは広いですから、もう一人ぐらい住んでも余裕があるでしょうね」


と俺が訳ありげにニヤリと笑うと、


「何言ってんだ。 れ、煉瓦を焼くのに竈が必要だから、それを頼まれてるんだ」


と狼狽えたように答える。


この砂漠に近い町の気候では、普通の煉瓦は日干しで十分なのだが、デザの防水煉瓦は焼く必要があるそうだ。


「あー、そうでしたか。


ではデザが起きたら相談しておきます」


あいつはまだ酒が抜けていないので、俺の家の床に転がっている。




 鉱山の試し掘りから出た鉱石を色々と買いあさり、デザの煉瓦の試作が始まった。


ピティースはデザの竈を作るために何度も通い、数日後には完成していた。


やっぱり革細工屋にしておくにはもったいない腕をしてる。


もう鍛冶屋でいいじゃんね。


「煉瓦を焼くときはまた手伝いに来るよ」


「おー、ありがたい。 よろしく頼む」 


まるで男同士のような軽い会話を交わすデザとピティースは案外お似合いだなあと俺は思う。




 ピティースはドワーフ族であることを隠している。


『種族違いの恋か』


王子がため息を吐く。


『うまくいっても後が大変そうだ』


そうだな。 この国じゃあ亜人を認めていない。


最悪、王子の両親のように引き離されるかも知れない。


デザは知っていたとしても、そんなことは気にしないと思うけどね。


『友人としては気にしなくても、恋人ではまた話が違うだろう』


まあ、そうだけど、そこは二人にお任せでいいさ。


俺は自分のことで精一杯なんだから。




  そして俺はデザに違う依頼を追加した。


「実は砂漠と町の境界が欲しい。


指定した場所に、失敗した煉瓦でいいので低めの塀を作ってもらいたいんだ」


多少の風くらいでは砂に埋もれない程度の高さでいい。


 研究も大事だが、デザには働いているという姿を子供たちに見せて欲しいと思っていたのだ。


彼の計算された仕事は図面を見れば分かる。


一から十まで一人で仕事をこなす彼は他人に教えるということが苦手らしい。


「子供たちが邪魔しに来るかもしれないが、危険でなければ許してやってくれ」


と頼んでおく。 見るだけでも学ぶことはある。


「ああ、構わない」


子供たちに手伝わせてもいいよ、と言うと


「本音はそっちか」


と、デザはカッコ良く笑う。


「分かった。 研究の気晴らしに、ここの子供たちがどれだけ根性があるか見てやるよ」


察しが良い。 くそう、やっぱり男前だ。




 俺はサイモンを呼んでデザに紹介する。


「仕事をする場所を教えてもらえれば、この子が砂を移動させるから」


サイモンには少しずつだが魔法を使わせている。


初めは王子の魔法陣帳を使っていたが、しばらくするとそれが無くても出来るようになっていた。


 砂漠との境界は俺が一度魔法陣で吹き飛ばして確認し、目印の杭を打ち込んでいる。


すぐに砂に埋もれてしまうだろうから、煉瓦を積む作業には常にサイモンを同行したほうが良いと思う。


「ああ、そりゃ便利だな」


 デザは魔術師を、一部の人たちのように危険とか気味悪いとか思わないそうだ。


「魔法なんぞ使わなくても人は何でも出来るさ」


子供の頃から一人でこなして来たデザは自分の腕に自信がある。


「出来ないのはそこまでの腕だってことだ」


それはデザにとっての敗北。


彼は研究と努力でその壁を何度も越えてきた。


「すごいね。 俺は逃げてばかりだ」


デザから見れば魔術を使う俺なんて弱者だよね。




「いや、俺は魔法を否定してるわけじゃない。


それにネスのことは本当にすごいと思ってるぞ」


デザに言わせると俺は途方もないお人好しらしい。


「金持ちの道楽だと思って見てたけど、お前さんはちょっと違うっていうか。


何で子供たちだけじゃなく、この旧地区、このサーヴの町のためにそこまでやるんだ」


俺は頭を掻く。


確かに俺は碌に知らない町で、何の血縁もない子供たちや若い地主に力を貸している。




 それはきっと俺の中の王子のせいだ。


王子にとって、どんな辺境の小さな町でも自国の領土。


例え保護者のいない田舎の子供でも自国の国民なのだ。


最初は何もかも諦めていた王子が、最近では何か自分で出来ることを探している。


俺はただその手伝いをしているだけだ。


「んー、自分が子供のころにすごく大変な思いをしたから、かな」


少しでもあんな思いをする子供が減るように。


 それにはやはり大人が元気でなければいけないと思った。


「豊かな土地、生活に余裕のある大人が子供たちを明るくする」


未来に希望が持てるからね。


「それでいうと、この町はお先真っ暗だな」


デザが自嘲気味に笑う。




 この町に初めて来た時は俺もそう思った。


でも今は、心配された山狩りも無事に終わり、新地区の領主も代わった。


鉱山の発見はこの町の経済を豊かにしてくれるだろう。


「この町はこれからもまだまだ変わるよ。 きっと大丈夫さ」


まだ様々な問題は抱えているが、住民が元気なら何とかなる。


王子もいるしね。


 もうしばらくしたら砂漠との境界の塀は作業を始められそうだ。


デザは今、ただただ煉瓦を大量に試作している。


ピティースが手伝いに入り浸っているのを微笑ましく横目で見ながら、俺は砂漠を歩き回っていた。




 トカゲ族のソグには、時々、隣町のウザスへ行ってもらい、デリークト国の情報を仕入れてもらっている。


元公爵家の護衛だった彼にはウザスにいる多くの亜人たちが協力してくれていた。


彼らもまたデリークトから逃げて来たとはいえ、故郷には違いない。


懐かしい話で交流しながら、最近の情報を探っている。


 サーヴは亜人に厳しいアブシース国にあっても、まだ優しいほうだ。


亜人は王都ではほとんど姿を見ることはなかったし、ノースターではイトーシオ国のドワーフが僅かに交易商人として滞在しているだけだった。


「亜人が増えている?」


「はい。 仕事斡旋所であぶれた者がかなり多くたむろしておりました」


これから農作業が始まる季節なので人手があるのは良いことだ。


しかし、農家のおじさんたちはあまり亜人を使いたがらないと聞いている。


「あとでミランに鉱山で雇えないか訊いてみよう」


俺はこの町の常識に疎い。


とりあえず、こういうことは地元の人間に任せたほうがいいと思う。


「ありがとうございます」


俺より遥かに背の高いソグが身体を二つに折るようにして礼を取る。




 デリークトは思ったより状況が悪いのかも知れない。


そんなことを考えながら噴水広場で子供たちが体力作りをしている様子を眺めていた。


【このやろう!】


砂狐の乱暴な声が飛び込んで来たと思ったら、ユキでもアラシでもない、あの黒い毛並みの若い砂狐だった。


何故かトニーと睨み合っている。


今まで人と対峙したことがなかった若い砂狐は、最近腕を上げつつあるトニーの剣に翻弄されていた。


「ユキ、あれは何をやってるのかな?」


【しらなーい】


興味がないようだ。


 どう見てもあの黒いのはユキに興味津々で、毎日のようにサーヴの町に姿を見せていた。


トニーは魔力が低くて砂狐たちの言葉は分からないが、ユキが嫌がっていることは態度で分かっていたのだろう。


リタリの話では、トニーが黒いのを追い払おうとしたみたいだ。


あ、黒いのが疲れて転がった。


【し、仕方がないな。 お前の手伝いをしてやる】


負けを認めた黒い砂狐がこの町に住むことになった、らしい。


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