第58話 転移者は砂漠で拾う
俺たちはその日、砂漠で夜を過ごしていた。
一人で砂漠をどこまで行けるのか、試してみることにしたのだ。
王子には転移魔法がある。 それを利用するのを忘れてた。
迷子になっても戻れるのは心強い。
砂の景色はどこまでも変わらず、何も見つからないまま夜になった。
大丈夫。 まだ一日目だ。
俺は王子に一定の方角を指す<コンパス>の魔術を作ってもらった。
地球なら磁気とかあるらしいけど、この世界の方角が何を元にしているのかは分からない。
『コンパス?、磁力?』
ごめん。 俺もよく分からん。
とにかくずっと同じ方角を示すものを作ってもらった。
これで砂漠でも方向を見失わないだろう。
それに今は王子の他にユキがいる。
砂狐は砂漠の中でも方角を見失わないようだ。
ユキはまだ子供だから良く分からないようだが、これも訓練しないといけないだろう。
俺はこいつの親代わりなのだから、砂漠の歩き方を教えないとな。
俺も良くわかってないけども。
本当は何もない砂漠をただ歩くのはツマラナイ。
俺は王子といつも二人だけど、癒しは必要だ。
ユキなら一緒に迷子になったとしても生き残ってくれるだろう。
ふわりと白い柔らかい毛が俺に寄り添う。
冬の砂漠は昼間は暖かくても夜は冷え込む。
俺は焚火とユキに温められて夜空を見上げた。
俺は、あの祭りの夜からずっと砂漠の調査に力が入っていた。
いつまでも女性を待たせるわけにはいかないしね。
『女性とは、そんなに良いものなのか?』
王子は半ば呆れている。
「何言ってんの。 王子だってフェリア姫のことは嫌いじゃないだろ?」
『う、なんでそう思うんだ?』
何でって、意識は別でも同じ身体の中にいるから喜怒哀楽くらいは感じるよ。
王子は少し恥ずかしそうにしている。
「好きな人と一緒にいられるっていうのはうれしくないか?」
楽しくて時間を忘れるくらいに。
『いや、二人っきりっていうのは気を使うじゃないか』
そうかなあ。 それはきっと相手を楽しませたいと思うからじゃないかな。
「王子はやさしいな」
自分より相手を気遣う王子らしい。
「でも普通は自分を好きになって欲しい。 嫌われたくない、って思うだろ?」
だから皆、美味しいものを用意したり、相手が好きそうなものを贈ったりする。
俺も黒髪の姫を一目で好きになって、勝手にお揃いのペンを買った。
渡せるかどうかも分からなかったのに、それでも良かった。
彼女の喜ぶ顔を想像するだけで楽しかったんだ。
「つまりは自分のためなのさ」
『ケンジ……』
人は誰でも幸せになりたい。
そう思って生きている。
「だけど、ある時、誰かを幸せにしたいって思うんだ」
それは家族だったり、他人だったりするだろう。
相手のために何が出来るのかを考え、行動するようになる。
たとえそれが相手に届かなくても、って思うのは俺だけかも知れない。
「相手が何をしても許せるし、ただ生きて笑っていてくれることがうれしいんだ」
結局はそれが自分の幸せに繋がるから。
王子は黙って聞いている。
転移者である俺にはフェリア姫との未来なんて見えない。
だけどただ彼女が幸せになってくれればいいと思う。
「呪いから解放された、本当の彼女の笑顔を見ることが出来たら」
それでいい。
いつの間にか眠って、明るくなってユキに起こされる。
分け合って軽く食事を取ると、俺たちは砂を払ってまた歩き出す。
そして陽が傾きかけた頃、それを見つけた。
「オアシスだ」
『それは何だ?』
「見れば分かるだろ。 水場だ」
砂漠の中に突然、水が現れた。
池のような小さな水場の周りに、ほんの少しだがヤシの木が見える。
何とか足を動かし駆け寄る。
「幻かと思ったけど、本物の水だ。 やったぞー!」
俺はその水に手を突っ込んで叫ぶ。
ひんやりしているということは、水は溜まっているのではなくて湧いているようだ。
『ケンジ。 すぐに魔法陣の杭を打ち込もう』
泉の側に移転魔法陣の目印となる杭を打ち込んでおく。
ミャーオー、ミャーオーン
ユキが何かを見つけて俺を呼ぶ。
「どうした?」
【これー、ほるのー】
必死に砂を掘っているユキの側に座り、一緒に手伝う。
いや、すでにその様子は見えていた。
人が倒れている。
女性だった。 <砂除去>を彼女の身体に掛ける。
まだ生きている。 良かった。
ミャオーン
興奮状態のユキがまだ掘っているので、女性の下を見るともう一人いた。
「子供か」
俺はその子供を掘り起こし、すぐに身体を調べる。
「ユキ、戻るぞ」
身体強化した俺は二人の身体を抱きかかえ、転移魔法を発動した。
家の裏に出る。
「ユキ、サイモンを呼んで来てくれ」
本来なら大人のほうがいいが、ユキの声を聞くことが出来るのは砂族であるサイモンだけだ。
【うん】
ユキはすぐに駆けて行く。
<清潔><疲労回復>の魔術をかける。
まだ詳しい状況が分からないので、治療のしようがない。
『魔力測定を使おう』
王子の自重しなかったやつか。
鞄から魔力測定用魔法陣を取り出す。
一人ずつ発動し、測定した。 これなら身体の状態も分かる。
さすが王子だ。
「どうしたの?」
サイモンがアラシと共にやって来た。
「砂漠で拾ったんだ。 教会の裏の部屋に運ぶからミランとロイドさんを呼んで来てくれ」
「う、うん」
地主屋敷へ知らせに行ってもらう。
子供をユキの背に乗せ、大人の女性を抱き上げて運んだ。
「リタリ。 空いてる寝台に寝かせるから用意を頼む」
「あ、はい」
俺の姿を見て、夕食を食べていた子供たちが慌てて動き出した。
砂まみれになっていた身体にはボロボロになった服。
乾燥した肌には、いくつか傷跡がある。
足も裸足で、側に転がっていた鞄の中身もほとんど無い。
教会裏の子供部屋。 女の子たちの部屋に寝かせていると、ミランとロイドさんが来た。
「どうした、何を拾ったって?」
ベッドに横たえた女性の姿を見て、二人は息を呑んだ。
「い、生きてるのか」
「ええ、まだ、今のところは」
俺はリタリたちに水を入れた桶と清潔な布を頼んだ。
「身体の水分が足りません。 でも一気に増やすと中毒症状を引き起こすようです」
徐々にゆっくりと体に水分を取り戻してやる必要がある。
俺はリタリたちに女性の服の着替えを頼み、髪や肌を水を含んだ布で拭いてもらう。
そして俺は子供のほうに向きなおった。
こっちは大人の女性よりも症状が軽い。
おそらくこの子は女の子だろう。 あの女性は母親だと思われる。
女性が身体をかぶせてこの子を砂から守っていたのだ。
「う、うう」
少し目を開いた女の子に俺の肩の鳥がそっと声をかける。
「こんにちは」
笑いかけるとじっとこちらを見た。 意識は大丈夫なようだ。
コップに入った水をゆっくりと飲ませる。
確か病院で脱水症状にはスポーツドリンクみたいのがいいと聞いたけど、ここにはない。
俺はリタリたちに身体を拭くことと着替えを任せた。
その親子は砂族だった。 特徴的な砂色の髪と目をしている。
隣国の港町から逃げて来たらしい。
「二人だけ?。 他に一緒だった人はいないの?」
小さな女の子は首を横に振った。
二人だけで砂漠を渡ろうとしたのか。 いくら砂族とはいえ、無謀過ぎる。
だが、それほど切迫していたということかも知れない。
サイモンは自分たち親子以外の砂族を初めて見たらしく、じっと陰からその様子をうかがっていた。
俺は手招きしてサイモンを呼ぶと女の子に引き合わせた。
「同族の子だ」
お互いに顔を見合わせ、頷いた。
「お母さんはじきに良くなるよ。 大丈夫」
俺がそう言うと二人は安心したように微笑んだ。
「ありがとう」と小さな声が聞こえた。
フフとそんなに歳が変わらないようだったので、その子はロシェ姉妹に任せた。
母親の容態は主に栄養不良と過度の疲労だ。
大小の外傷はあるが、それ自体はたいしたことはない。
体調が戻り次第、本人に確認をして魔術で治そう。
今必要なのは十分な休養と栄養だろう。
「医術者をお呼びしましょうか?。
この町には古くから砂族に対処出来る医術があります」
「ほんとうですか?、それはありがたいです。 お願いします」
俺はロイドさんの申し出をありがたく受けた。
俺たちの知識にない病気を持っていることも考えられる。
王子の魔術も万能ではないし、原因が分からないと下手に治すことが出来ない。
種族が違うと体力や魔力の違いで余計に拗らせることもあるからだ。
「砂漠の行き倒れならサーヴの旧地区の案件だ。 病人は俺の家に運ぼう」
ミランも協力してくれるようだ。
砂漠で拾った親子は、しばらくの間、地主屋敷で世話をしてくれることになった。
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