第57話 転移者は砂狐に混じる



 この世界では、結婚の儀式をするのは貴族などの上流階級だけらしい。


食堂の看板娘と大工職人の二人は領主へ婚姻の届け出をして夫婦となった。


小さなお披露目の宴会が食堂で開かれ、俺は親父さんを座らせて料理の腕を振るう。


「はあ、やっぱりお前を婿に欲しかったぞ」


親父さんは俺の手際の良さを見て、ため息を吐く。


「何言ってるんですか。 今日はお祝いだからやってるんです。


どんなに褒めても簡単なものしか出しませんよ」


俺の肩の鳥は否定的なセリフとは逆に楽しそうにしゃべる。


お祝い事は俺だって歓迎だし、うれしいよ。


 今日は子供たちも目一杯身綺麗にして宴会の手伝いをしてくれている。


若い二人を横目に年寄りたちは酒を飲む。


「俺ももうちょい若かったらなあ」


食堂の親父さんも奥さんを亡くして長いようだ。


「今からでも遅くないんじゃないですか」


俺はつまみの追加の皿を渡しながら店の中を見回す。


若い職人たちや看板娘の友人など、若者たちは自分たちも彼らの幸せにあやかろうと必死だった。

 


 

 町が活気づけば自然と人が増える。


新年を迎えたサーヴの町は昼間は相変わらず冬とは思えない暖かさだ。


 誕生日が不明な子供たちは新年に入る日を誕生日と考えて一つ歳をとる。


新年の祈りの後、「皆まとめてお祝いだ」と腕によりをかけて大きなケーキを焼いた。


焼くために窯を借りに行くとパン屋の娘が目を丸くして、


「さすがキッドさんの師匠さま」


と、作り方を教えるまで離れてくれなかった。


チャラ男はうれしそうに相手してたけど、俺はゴメンだ。


「見るのは勝手だが、俺は教えないぞ」


と、早々に逃げた。



 

 それと、あの祭りの夜からエルフさんが俺の側に近寄らなくなった。


彼女は素の王子の姿を知っている。 同族だと感激してくれた。


毎日のように俺にお菓子をねだりに来ていたのに、さっぱり来なくなったのだ。


偶然会っても何故か睨まれるんだが、訳が分からない。


 教会の子供たちも、女の子たちが何となくよそよそしく感じる。


大工の嫁になった看板娘に話すと大きなため息を吐いて呆れられた。


「ニブイわね。 よく考えてみなさいよ。


あんたはそういうとこがダメなのよ」


えー。




 俺は毎日、砂狐のユキを連れて砂漠を歩きまわっている。


「とにかく何か目印が欲しいな」


砂ばかりでは進んでも進んでもどれだけ進んだのかが分からない。


 唯一、目印に分かりやすいかなと思って、海岸沿いにはヤシの木を植え始めた。


少しずつ苗を増やしていたナーキとテートと、二人を連れたトカゲ族のソグと共に、町の港から等間隔に植えている。


 まずは海岸沿い通りの砂を全部魔術で移動させた。


植える場所には<根付き><砂避け>の魔法陣を描く。


砂嵐が来ても砂に埋もれない程度の大きさに早く育ってくれればいいな。


「砂で隠れてしまわないように毎日見回ってくれよ」


俺が頼むとチビッコ凸凹コンビはウンウンと頷いた。


小さな苗木は風が強く吹くとすぐに埋まってしまうのだ。


そして二人の姿が見えなくならないようにソグに頼んでおいた。


「お任せください」


元は隣国の姫の護衛だったソグは、祭に現れた彼女を見かけたらしい。


男装の女性、おまけに後半はヴェールだし、まあ目立つわな。


ソグは相変わらず表情は分かり辛いが、かなり動揺したようだ。


しかし彼はすでに任を解かれている。


声をかける事はなかった。


 その代わり、どうやら姫と親しげにしていた俺に狙いを定めたようだ。


暇さえあれば「我が主」と言って、付き纏うようになった。


何でも言うことを聞いてくれるのは良いが少し重いな。




 その日、俺は今度は砂漠地帯を山側から迂回して越えられないかと探っていた。


だが途中で崖にぶち当たり、結局砂漠に戻ることになった。


だけど、どう見ても砂漠は海岸のほうが幅が広く、山側のほうが狭く感じる。


「砂漠を抜けるのは、やっぱり山側のほうが近い気がするんだよなあ」


俺がポツリと呟くと、王子は高い崖を見上げる。


『<浮遊>だけでは難しいな』


魔力量チートの王子ならいけなくはないけど、崖の上が安全とは言えないのが何とも。


「砂狐たちが住んでいるはずだし、一度様子を見てくるか」


砂狐たちが登った跡を追いかけて崖を<跳躍>を使って登り、<浮遊>で落ちないようにバランスを取る。


ユキも必死に後を追いかけて登ってくる。


「よっと」


崖の上には、まばらな林と沼地。 青い空に浮かぶのは雪で白くなった山々。


そして、大きな湖。


『何て美しいんだ』


王子の心を震わせるほどの風景が広がっていた。




グルルル


景色に見とれていたら、いつの間にか野性の砂狐に囲まれていた。


ユキは小さく尻尾を降って身を伏せている。


「おー、こんなに生き残っていたのか」


基本的に砂狐は家畜で、群れといっても家族単位の小さな集団を作るそうだ。


だが、今、目の前には十匹以上の大小様々な大きさの砂狐がいる。


「俺の言葉は分かるんだろう?。


少し前に灰色狼に襲われていたお前たちの仲間を見かけて、その子狐を助けたんだが。


お前たちのところに返したほうがいいか?」


以前から、ユキとアラシは俺たちといるより仲間といた方がいいかも知れないと思っていたんだ。




 群れの中から元の世界の大型犬よりもかなり大きい、ポニーくらいの大きさがある黒い一体が出て来た。


【お主の魔力は極上だ。 その魔力に触れているなら、その子狐は我々といるよりも幸せだろう】


なるほど。 周りを囲んではいるが、どことなく好意的なのは王子の魔力に惹かれているのか。


「そうか。 それならこの子ともう一匹は俺が親代わりとして面倒を見よう」


俺がそう言うと黒い砂狐は驚いていた。


【親代わりなどと言う人間は初めて見た。 普通は飼うと言うのだが】


元々は砂族の家畜として飼われてた魔獣だ。


今では野性が強いが、こうして話をしていても人族に慣れているという感じがした。


「いやいや、俺たちは砂漠じゃ砂狐たちには敵わない。


砂漠での調査を助けてもらってるんだから大切に育てるよ」


俺は近くにあった倒木の上に座って彼らと話し込んだ。


 そういえば、俺は違和感なくユキと一緒に暮らしている。


サイモンも同じだ。 ペットではなく仲間という感じだな。


それはきっと言葉が通じるというのが大きいのだろう。


砂族と砂狐が仲良く暮らしていたのはやはりそこが大きかったと思うのだ。




 しばらく砂狐の集団に混じり、話をする。


【ほお、お主はエルフ族の血を引いておるのか】


集団の長である大きな黒い砂狐は眼を細めた。


王子が持っている魔力は魔獣が好むものらしい。


エルフたちが森で魔獣に襲われるのは魔力のせいだったのか。


「しかし、ここは天国みたいにキレイなところだな」


ノースターの雪景色を思い出す。


静かで空気も水も透き通っている。


【まあな。 だが、ここは魔力が濃い。 それだけ強い魔獣が棲んでいるようだ】


やはりここでも魔獣が山から降りて来るのか。


見かけた時は皆で隠れてやり過ごすそうだ。 どこも大変なんだな。




 ユキに興味津々の若い砂狐たちが別れを惜しむ。


「そのうち、町にも遊びに来ればいい。 砂族の子供もいるしね」


【分かった。 この子がちゃんと大切にされているか、見に行く】


代表である黒い砂狐の血筋なのか、毛並みが黒く、手足の白い若い砂狐がそう言ってユキにアピールしていた。


くそう、ユキのほうがモテモテじゃん。


 俺は別れ際に大量に砂狐用の餌の魔力の魔法陣を振舞った。


俺が魔術を発動すると砂狐たちはいっせいに目を輝かせ、ヨダレを流す。


そ、そんなに美味しいのか、王子の魔力って。


とにかく彼らにはこれからも無事に生き抜いて欲しい。




 砂狐の集団に見送られて崖を降りる。


町に戻り、サイモンに他の砂狐たちの様子を話して聞かせた。


「良かった。 皆、元気そうで」


ああ、サイモンはユキたちの親を火葬したのを見ているから、またあんな光景を見るのは嫌だろうな。


「そのうち、他の砂狐たちも遊びに来るそうだよ」


サイモンの足元に座っていたアラシもうれしそうに尻尾を揺らした。


 俺はいつかこの町に多くの砂狐たちが住める様になるといいなと思う。


王都やノースターの町では馬が主な交通手段だった。


俺は元の世界ではあまり動物に触れる機会はなかったけど、この世界では馬と触れ合うことが多かった。


働く馬が好きなんだよね。


 この町は砂地と坂が多いので、馬の代わりに砂狐たちに荷物や人を運ぶ手伝いをしてもらうというのはどうだろ。


アラシたちがもう少し大きくなったら試してみようと思っている。


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