第56話 転移者は妥協を勧める


 秋から冬に変わると、砂漠は昼間でも過ごしやすくなる。


「さて、がんばるぞっ」


俺が気合を入れて砂漠に足を踏み入れると、王子がため息を吐く。


『そりゃあ、フェリア姫と結婚するためなら力が入るよな』


ん?、何それ。


『え。 ケンジが姫に求婚しただろう?』


あの祭りの夜、雰囲気が盛り上がった俺はフェリア姫にキスをした。


そりゃあもうすごく素敵だったさ。


だけど、プロポーズなんてした覚えはないけどな。


『待っていてくれ、と言ったじゃないか』


確かに、俺は「必ず解呪の方法を見つけるから待っていてくれ」とは言ったさ。


「でもそれを恩に着せて結婚を迫る気はないぞ」


だってまだ解呪出来るかどうかも分からないのだ。




『いや、だって、誓いの儀式をしただろう。


男性が手の甲に口づけをして、女性が髪に口づけを返しー』


調査のために砂の上を歩いていた俺の足が止まる。


「え、あれって正式な儀式だったの?」


知らなかったのか、と王子が大げさに呆れる。


『相手はもうその気になってるよ』



 「フェリアはいつまでもお待ちしております」



彼女はそう言った。


「うおおおおおお、そういう意味だったのかああああ」


頭を抱えて砂に顔を埋めるようにしゃがみ込んだ。


【ねす、なにしてるの?】


子狐から中狐くらいの大きさになったユキが、前足で俺の頭をグイっと砂にめり込むように押した。


俺がガバッと顔を上げると、ユキが砂の上にコロンと転がる。


「分かった。 解呪すれば結婚出来るかも知れないんだな。 よし、がんばるよ、俺は!。


行くぞー、ユキ」


俺はユキを連れて、再び砂漠を歩き出す。


そうして何も無い砂漠を、時間があれば何日も何度も歩き続けた。




 サーヴの町は鉱山が稼働を始め、人や物が増え始めていた。


子供たちも忙しそうに農作物や家畜の世話をしてくれる。


やればやるだけ成果が出るのだから、皆、充実した毎日を送っている。


 ロシェ先生の勉強会には、最近は子供たちだけでなく、大人たちまでやって来るようになった。

 

「あのー、出来ればうちの学校に来て教えてもらえないだろうか」


なんと、海手の学校からロシェに成人したら教師に迎えたいという話まで来た。


「すみません。 私はもうすでにミラン様の秘書という仕事がありますので」


断られた学校関係者が、その後、ロシェの生徒になったのにはさすがに俺も驚いた。


そんな増えた生徒の中に、新地区の少年領主もいる。


ロシェの姿にボーッとなっているようで、周りはニヤニヤして見ているようだ。




 峠の見張り台の兵舎にいるハシイスは、非番の度に俺のところにやって来る。


子供たちにねだられ、皮ボールを蹴ったり、剣術を教えたりしていた。


「お前は何しに来たんだ」


「決まってますよ。 クシュトさんにネス様の様子を伝えるためです」


げっ、あの爺さんに報告されてるのか。


ていうか、あの爺さんは今何してるんだろう。


ハシイスがニヤリと笑う。


「ガストスさんもクシュトさんも、それにパルシーさんも。


皆、王都でネス様の名誉回復に動いてますよ」


俺は驚いた。


「何やってんの。 そんなの必要ない」


そう言うとハシイスは真剣な顔になり、ドスの効いた小声で囁いた。


「何言ってるんですか。 クシュトさんが言ってましたよ。


いつまでも王子の命を狙わせておくわけにはいかないって」


黒幕を特定して反対派を一掃するつもりなのか。


何にせよ、あの黒い爺さんが動いている。


心強い。 だが、同時にそれは危険な行為だ。


闇から闇に葬り去られるのは、何も相手だけじゃない。


「……無理しないように伝えてくれ」


「はい。 承知いたしました」


ハシイスは俺に対して正式な礼を取った。




 教会の子供たちも少し顔ぶれが変わってきている。


トニーは父親であるトニオと共に網元の家の近くの二階家に住み始めた。


一階は店舗というか、何故かチェスのようなあのゲームの指南所になっていた。


俺はやらないから知らなかったが、トニオさんはめちゃめちゃ強かったらしい。


 浮浪児のリーダーだった少年は成人して独立した。


彼は今、樵の爺さんのところに間借りして、護衛をしながら猟師をしている。


 他の子供たちも文字や数字を読み書き出来るようになったせいか、すぐに仕事が見つかった。


それでも皆、朝の掃除や、体力作りには参加しにやって来る。


夕食の時にもどこからともなく集まって来て、賑やかに仕事の報告や、町の情報を話してくれる。


旧地区の教会前噴水広場は、一年前と比べると全く違って見えた。


「あなたさまのお蔭です。 ありがとうございます。 ネスさん」


「ロイドさん。 やめてくださいよ」


子供たちの姿を、俺と地主家の執事のお爺さんは目を細めて見ていた。




「あのー」


そこへ木工屋の若い大工職人が声をかけて来た。


「おお、久しぶり」


彼はずっと鉱山関係者の宿舎の仕事で忙しかった。


「はい、お久しぶりです。 ネスの旦那」


うわ、やめてその言い方。 すげえ年食った気がするわ。


 何か相談事があるというので、俺の家に招き入れる。


お茶を入れて出すと、神妙な顔で話始めた。


「えっと、旧地区に住む話をしてたんですけど」


住み込みで働いている彼は以前から自分の家を欲しがっていた。


どうやら好きな女性がいるらしいと、木工屋の主人からは聞いている。


「結婚して旧地区に家を借りるって話をしたら、相手の親が怒っちゃって」


俺に仲裁を頼みに来たらしい。


えー、そんなの出来ないよ、俺。




「たぶん、ネスの旦那なら大丈夫かなって」


男のくせに上目づかいで俺を見るな。


「俺なら?。 知り合いってことか。 それって相手は誰なんだ」


「へえ。 食堂の娘で」


はあ?。 俺は口をあんぐり開けていた。


あの、斡旋所の受付している食堂の看板娘か。


「めちゃくちゃ親父さんが怖くて。 今まで何も言えなかったんだけど」


大工の青年の仕事が認められて評判になってくると、親父さんも軟化したらしい。


食堂に行くと話かけられたり、娘といても睨まれなくなったという。


「だけど、結婚するって言ったらー」


そりゃ男親なら当たり前だな。


「で、旧地区って言ったらなおさらー」


一人娘だっていうから、離れたくないんだろう。


「何とかしてくださいよー」


俺に言うな。




「でも、食堂の親父さん。 ネスさんのことは一目置いてるっていういか、認めてるでしょ」


そりゃあ、斡旋所の仕事をがんばったからな。


この若い大工の腕は確かに良い。 頭も柔軟で、俺の無茶な要望にも答えてくれる。


「分かった。 話だけしてみるよ」


一肌脱ぐしかないか。 彼にはまだ公衆浴場もお願いしたいし、ね。


「やった!。 よろしくお願いします」


いや、だからさ。 俺だって、あの親父さんは苦手なんだってば。




 食堂に顔を出すと、親父さんの立つカウンターの前には木工屋の主人とコセルートさんがいた。


「ネス、お前もあいつに頼まれたのか」


木工屋は分かるけど、何で新領主の使用人までいるの?。


「鉱山宿舎の仕事を頑張ってくれましたので、ご領主様が力をお貸ししろと」


どうやら同じ目的のようである。


食堂は夕方前の静かな時間で、看板娘の姿は見えない。


俺は少し離れてカウンターに座ると軽いものを注文する。


「お前も俺に子離れしろって説教か?」


「はあ、まあ」


食堂の親父に睨まれ、俺の肩の鳥は曖昧な返事をする。




 本音を言えば他人の色恋にはあんまり興味はないんだよな。


自分のことで手一杯というか。


目の前に出された魚貝のスープを意味なくかき混ぜる。


「そういや、お前も恋人がいるらしいな」


ゲホッ!


俺は飲みかけていたスープを吹き出した。


「な、何のことでしょ」


「うちの娘が見たってよ」


祭りの夜、一緒に手を繋いで歩いていたのを見られたらしい。


「それでうちの娘はお前さんを諦めたっていうか、あいつと結婚するって決めちまった」


ため息まじりに親父がこぼす。


え、それって俺のせいなの?。


うーん。




「では、お互いに一歩譲る、というのはどうでしょう。


親父さんは二人の結婚を認める。


その代わり二人には一緒に住むという事で妥協させる」


この食堂の親子は隣が自宅になっている。


自分で部屋を増築させればいいんじゃないか、と提案した。


「ふむ、どうせあの若造は昼間は仕事でいないからな」


娘を外に出さなくていいなら結婚は許すそうだ。


「そのうち、孫も産まれるでしょうし」と言ったら、親父さんの顔が崩れた。


「お、おい。 そんな事言って大丈夫か?」


木工屋の主人が心配そうに聞いてくる。


「さあ?」


結婚は妥協、でしょ?。 知らんけど。



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