第59話 転移者は顔を顰める


 砂族の親子の救出から数日が過ぎた。


その間も俺は何度か砂漠のオアシスまでを往復している。


「約二日かければ着くな」


『迷わなければな』


そんな風にユキとフラフラと砂漠を歩いていたら、崖の上の砂狐の群れにいた若いのが現れた。


【なぜ、こんなところにいる?】


黒い毛並みに白い手足をした若い砂狐は、俺がユキをわざと過酷な砂漠を連れまわしていると思ったようだ。


俺を軽く威圧してくる。


「砂漠を歩く訓練をしているんだよ」


ユキを気にしてチラチラ見ている黒い砂狐に俺は苦笑で答える。


【俺が教えてやる】


偉そうに胸を張るが、ユキのほうは興味がなさげだ。


【ねすー、はやくかえろー】


お腹が空いたようで、早く帰りたがっている。


「じゃあ、またな」


町までもう少しなので俺たちが歩き出すと、


【俺も行く】


何故か黒いのがついて来た。 まあいいけどね。




 砂族の少年サイモンと、ユキの兄弟であるアラシを見て、若い砂狐は驚いていた。


【まだ砂族は生き残っていたのだな】


彼自身まだ若いせいか、砂族に飼われた経験はないそうだ。


 魔力を持つ砂狐は、普通の獣よりも寿命が長い。


長老などは軽く百年は生きているそうだ。


「エルフみたいだな」


【お前はエルフではないのか?】


魔力からエルフだと思っていたらしい。


「さあね」と、俺は曖昧な笑顔で誤魔化しておいた。




 サイモンの隣に砂族の女の子が引っ付いていた。


他の女の子たちよりサイモンと一緒にいることのほうが多いらしい。


「お、俺は別にかまわないけど」


サイモンは少し照れているが、女の子はうれしそうにサイモンの服の裾を握っていた。


 母親のほうは一命は取り留めたものの、まだ身体を起こすまでには至っていない。


子供たちがいない時を見計らって、俺はミランの屋敷を訪れた。


ミランに許可をもらい、彼女と話をさせてもらう。


「申し訳ありません」「ありがとうございます」


意識はだいぶはっきりしているが、俺に何度も謝る。


よほど境遇がひどい状態だったのだろう。


ここがアブシース王国のサーヴという町だと言うと、涙を流して喜んでいた。


「そんなにデリークト公国は砂族に厳しいのか?」


目を泳がせる彼女に、俺は魔法陣で<防音>の結界を張って見せる。


「これで誰にも聞かれることはないよ」


そう言うと、恐る恐る話し始めた。




「デリークトは亜人の多い国です。


ですが、その中にも序列のようなものがあります。


砂族は獣人や他の亜人たちと違って弱いですから」


身体能力の高い獣人や、トカゲ亜人などのように腕力や水の中を得意とするもの、など様々な特徴のある亜人たち。


それに比べて砂族は人族であり、多少魔力はあるものの、それは砂漠で生活することに特化している。


普通の生活ではあまり役には立たないようだ。


最下層といってもいいくらい弱い立場の彼女たちは、砂漠の側に小さな集落を作っていたそうだ。


「村といってもほんの十数人です。


同族の血を絶やさぬようにと年齢の近い者同士で結婚させられました。


夫、といってもただ同族だというだけで愛情などなく……」


子供が産まれてもそれは変わらなかったそうだ。


だけど子供はかわいかったのだろう。 身を挺して守っていた。




 俺は彼女が落ち着くようにと、良い香りのお茶を出した。


少し身体を起こして飲ませる。


「もし、知っていたらでいい。


あの町にはデリークト公国の姫様が療養に来ていたはずだが」


途端に彼女の手が震える。


目を見開き、俺を凝視していた。


「姫様をご存知なのですか?」


「あ、ああ」


俺はゆっくりと頷く。


そして彼女は顔を手で覆って、さめざめと泣きだした。


「姫様は本当に慈悲深い方です。


亜人や獣人、私たちでも分け隔てなく接してくださいました」




 デリークト公国は元々そういった人族以外の者が多い国だ。


ところが最近、一部の人族の貴族たちが人族以外を奴隷のように扱い始めた。


「自分たちが気に入らないと、わざと怒らせて乱暴させ、捕まえたりするようになったのです」


亜人たちに力では敵わないため、彼らはこっそり薬を盛ったり、家族を人質にしたりするようになった。


「姫様は被害に遭った亜人たちを助けてくださいました。


ですが、それがまた中央の貴族たちを怒らせてしまいまして」


さらに人族以外に対する締め付けが強くなったのだと言う。


俺はここは安全な場所だから、気を楽にして過ごすように勧めて屋敷を出た。


 思ったよりひどい隣国の状態に顔を顰める。


「それに、亜人や獣人に対して陥れるやり方も気に入らないな」


そういえば、ソグも罠に嵌められてウザスの町に置き去りにされたと言っていた。




 俺はソグに会いに、海岸沿いにあるヤシの木を並べている場所に出向く。


「ネスー」


凸凹少年コンビのナーキとテートが俺を見つけて手を振る。


側に立つソグが小さく俺に礼を取った。


 子供たちから目を離さずにソグと話をする。


「彼女の話は本当なのか?」


女性から隣国の様子を聞いたことを伝える。


 砂族の内情はソグにも分からないそうだ。


ただ、姫の周りでも亜人への対応が悪くなっているのは感じていた。


「姫様一人がいくら頑張っても難しいだろうと思われます」


ソグの言葉は平坦だが、感情表現が乏しいトカゲ族の顔を歪めている。


俺はどうしたらいいのか分からない。


他国のことだ。 今はまだ手も足も出せない。




 海岸沿いをひとり、考えごとをしながら歩いて戻ると、旧地区の入口にイケメン煉瓦職人のデザがいた。


「あー、ネス。 ちょっと話があるんだが」


彼は今、俺の家に居候している。


「ん?、どうかしましたか」


「こっちだ」


後ろをついていくと海岸沿いの倉庫の様な建物に入って行く。


中はガランとして何も無い。


「設計がほぼ終わって、あとは実際に色煉瓦を作りたいんだが、あんたの家じゃ無理だろ?」


「まあ、 作業は難しいでしょうね」


「だからさ、ここをミランから借りてくれないか」


デザはミランとは幼馴染でもある。


自分で頼んでも良さそうなものだが、こうして雇い主である俺に頼んでくる。


本当に義理堅い男だ。


ちょっとチャラ男に見習わせたい。




「あー、海岸沿いの空き倉庫か」


一緒に地主屋敷にミランを訪ねた。


「煉瓦の作業にも倉庫にも丁度良いからな」


デザは元いた煉瓦工房でも作業場の隅に寝泊まりしていたらしい。


自分が暮らす場所には拘りは無いが、良い煉瓦を作ることには徹底的に拘る。


「デザ。 この旧地区に住むには俺の言うことを聞かなきゃならん。


お前にそれが出来るのか?」


ミランがニヤリといやらしい笑みを見せる。


その目の前には酒の入ったグラスが置かれた。


まだ昼間なんだけど?。


「何だ、飲み勝負でもやろうっていうのか?」


「ああ、これが飲めたら認めてやるよ」


俺はじっとグラスを見る。




(なあ、これ、俺たち用の蜂蜜酒じゃないか?)


『そうみたいだな』


俺は以前、ミランにこれを飲ませて「蜂蜜酒で酔い潰れるのは子供だ」と言って昼間の飲酒を辞めさせたことがあった。


ロイドさんに頼まれて、それの残りの酒瓶を渡している。


これを持ち出すとは、かなりデザに対して対抗意識が強いようだ。


「分かった。 飲めばいいんだな」


デザがグラスを持つと、ミランは「余計なことはするな」と俺を睨んだ。


チッ、察しがいいな。 俺は酔い止めの魔法陣の発動を諦めた。


デザの強運、いや、強胃に期待しよう。


グッとグラスを煽る。


「これでいいのか?」


デザはグラスを置き、ミランを見た。


「う、むう。 まだだ」


ミランは何度かデザに酒を勧め、羨ましそうにお茶を啜る。


そんなに恨めしそうな顔をするならやらなきゃいいのに。


「仕方ねえ。 認めてやる」


数杯飲んだ後もデザは無表情のままだった。


 俺はロイドさんが用意した借家の書類に署名した。


借主は俺で、雇っているデザに支給する形になる。


「では失礼します」


悔しそうに唸るミランを残して、デザと共に外に出る。




 俺たちは地主屋敷のほぼ向かいにある自分の家に入った。


「デザ、大丈夫か?」


さっきまで平気そうだったイケメン職人は、いきなりバタリと倒れる。


はあ、やっぱりか。


俺は毒抜きの魔法陣を起動させ、水筒を傍に置いてやる。


『あの酒でここまでがんばったのは素直に褒めてやろう』


王子が酒飲みを認めるなんて珍しいこともあるもんだ。


俺も何かデザの心意気に報いてやりたいな。


 デザを寝かせたまま、俺は木工屋へ顔を出す。


彼の新しい家の改装と家具を頼むためだ。 倉庫のままじゃ寝る所も無いからね。


「そうか。 これであいつも落ち着くだろう」


店主もホッとした顔で依頼を快く受けてくれた。


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