第42話 転移者は酒呑みに付き合う


 その夜、町が寝静まったころ、俺の家にミランがやって来た。


「お前からもらった酒、一人じゃ飲めねえよ」


案外この男は寂しがり屋なのだろう。


「網元の裏の酒場に行けばいいでしょうに」


何も他人の家に来なくてもいいと思う。


「酒瓶を持参で飲み屋に行けるか」


ああ、まあそうか。


「爺さんたちも、もう年だからさ。 あんまり遅くまで付き合わせられん」


家で飲んでいればどうしてもロイドさん夫婦が起きて世話を焼く。


「それで、俺の家ですかー」


褐色の肌と黒い髪、背の高い地主の青年はニカッと笑う。


白い歯が嫌味なほど似合う。


こいつは俺が嫌がれば嫌がるほど喜ぶので言い返すのも馬鹿らしい。


俺は王子の描きかけの魔法陣の紙を片付けて、酒のグラスを出した。




 そのグラスに酒を注ぎながら、ミランはため息を吐く。


「このグラスにしても、王都の高級品だろうが。


肉といい、あの剣舞といい、お前は一体何者なんだ」


ブツブツと呟くだけで、本気で問い詰めようとはしていない。


彼にとっては本当は俺の過去など、どうでもいいのだ。


グイッと一息で飲み干すと、すぐに次を注ぐ。


「お腹に何か入れたほうが良いですよ」


今日はチャラ男が置いて行った菓子を出す。


「どうぞ。 昼間いた彼が作ったものですけど」


小麦粉を薄く延ばした、丸くて薄い煎餅のような菓子で、塩味が効いている。


「ほお、菓子なのに甘くない。 美味いな」


それをつまみに二人で酒を飲む。




「お前、いつも夜遅くまで何やってるのかと思ったら、魔法陣か」


俺が部屋の隅に片付けた紙をチラリと見た。


 ミランの家から俺の家は、少しずれているが噴水を挟んでお向かいさんになる。


周りが暗いので夜に明るい家はとても目立つ。


今度からは遮光の布でも窓に貼るかな。


「ええ、魔術を少しばかり研究していますので」


ミランはふうんと特に興味がない様子だ。


何をしに来たんだと思っていたら、ようやく本題に入った。




「見張り台の隊長、ああ、もう隊長じゃねえのか。


トニオってんだが。


あれがこっちに住みたいって言ってきた」


へえ、と俺は片眉を上げる。


「トニーと住むんですか?」


「なんだ、知ってたのか」


俺が勧めたからねえ。


「それで、家をどこにするか悩んでるんだ」


「気に入った場所がないんですか?」


いつもは入居者に決めさせるはずだ。


「あれは俺が雇うことにした。 この町も亜人が増えたからな。


この旧地区の治安維持、睨みを効かせてもらおうって訳だ」


「なるほど」


それでは家は借りるのではなく、支給という形になるのか。




 俺はミランが持ち込んだ旧地区の地図を見る。


地図といっても絵のような簡単なものだ。


「エランやソグの家の近くじゃ、これ見よがしで嫌だろうしな」


腕を組んだミランが畑跡の家を指差す。


「脳筋同士で話が合うんじゃないですかね」


俺がそう言うとミランが眉間にしわを寄せた。


「昼間みたいなことを何度もやられちゃかなわん」


チャラ男とソグが対戦し、トニーが一方的にやられ、エランが参戦したアレか。


楽しんでいるのかと思っていたが、ミランはそれほど脳筋ではなかったようだ。




「そうですか。 ではー」


俺は網元の家の隣、路地を挟んで酒場へと入る角を指差した。


「確かここは二階家でしたね。


一階を店のようにして、二階を自宅にすればいいのではないでしょうか」


「店?」とミランが首を傾げた。


「治安維持ったってこんな小さな町の見回りなど意味ないでしょう。


それより、住民の苦情や相談を受け付ける場所にしたらどうかな、と」


睨みを効かせるというなら、元の世界でいう駐在所のようなものだと思う。


ミランは「改装するのか」と金の心配をしていたが、あとは本人たちに訊いてからにするそうだ。




 地図を片付けながらミランがぼやく。


「そういや聞いたか?。


新地区のバカ息子。 山狩りの金で何か買い込んだらしい」


あの巨大な狼を王都の富豪が高値で買い取った。


どうやらその富豪との仲介をしたのはウザス領主で、値段は適正かどうかは怪しいそうだ。


 俺は新地区の領主にはあまり興味がなく、どうでもいいのでぼうっと聞いていた。


「お前の荷物と一緒に領主宛に何やら大きな箱が届いてな」


小さな町だ。 噂はすぐに拡がった。


「王都から、ですか?」


「さあ、それは分からん」とミランは首を振る。


 しかし山狩りの利益は町の収入のはずだ。


報酬や、ケガ人の治療、魔法柵の修理代はどうしたんだろう。


そういや使用人のコセルートが愚痴ってたっけ。


そんなことに気をまわす領主ではないらしい。


「下手なことに手を出してなきゃいいがな」


ミランは旧地区がとばっちりを食うのではないかと気にしているのだ。




 俺はふとチャラ男のことを思い出した。


彼は俺の荷物と共に王都から来たはずだ。


『その荷を追いかけて来たのかも知れないな』


俺は王子の言葉に心の中で頷く。


国軍の諜報が動いているということは、かなり不味いのではないだろうか。


「大事にならなければいいですね」


俺は声を落としてミランと共に窓の外を見た。


最近、少しは賑やかになったサーヴの町にまた問題が起きそうな予感がする。




「いい酒っすねえ。 俺も混ぜてくださーい」


「おわっ」


チャラ男が突然湧いた。


俺たちが座っている机の余っていた椅子にいつの間にか座っていたのだ。


気配が無いのは怖い。


ミランの顔が真っ青な顔になって、酔いが覚めている。


「どっから来た」


「入り口からー」


さよか。




 とりあえず三人で飲む。 俺は酔わないし、酒とはいってもジュースぐらいにしか思わない。


ミランとチャラ男は何故かお互いに交互に飲んでるな。


「どうだ!」「まだまだー」


飲み比べか。 高い酒なんだよ?、馬鹿じゃね。


「そういや、お前はネスの弟子なんだってな」


「もっちろんっすよ」


チャラ男は酔う気配も見せずに相手のグラスに酒を注ぐ。


酔わないのもクシュト爺さんに鍛えられているのかな。


「お前ー」「キッドでっす」


飲めと催促しながら話す。


「キッド、さんは強そうだけど、ネスには負けたのか」


「は、何で?」


俺はバリバリとつまみの菓子を一人で食べる。


「俺は自分より弱い者を側に置いたりしないですよ」


俺の言葉にミランが首を傾げる。


「はあ?、普通は自分より強い者に弟子入りするもんだろうが」


弟子にしてくれと言われても俺には教えるものなんてない。


そして俺に勝てる者は弟子になる必要がない。


つまりは弟子を取る気なんてないんだよ、本当は。





 俺の言葉にチャラ男が口を挟む。


「俺はネス様に勝負では勝ったけど、肝心な所で負けたっす」


料理対決だったけどね。


「肝心な所?」


俺とミランが同時にチャラ男を見る。


「ここっすよ」


良い笑顔でチャラ男は胸を叩く。


「俺はネス様の心意気に負けたっす。 この人は誰にも負けない何かを持ってるんすよ」


ああ、心が二つあるっていうのは実質最強かも知れない。


『いや、異世界の知識のことじゃないか?』


ありゃ、そうなの?。


まあチャラ男が興味があるのは新しい菓子のアイデアくらいだろうしな。


「実質、剣の腕は俺のほうが上っしょ。 だから弟子にしてもらえたんっすよ、ねー?」


あれ、そうだったっけ?。


『菓子勝負で負けたときに何でも望みを叶えるって言ったからだよ』


うん、そうだよ、そうだった。


「調子に乗るな」とペシッとチャラ男の頭を叩いておいた。




 ミランが酔いつぶれて、それを適当に床に寝かせて置いた。


この家には客間なんて無いので風邪をひかないよう予備の毛布をかけただけだ。


送って行ってもいいが、ロイドさんたちを起こすのもかわいそうだしね。


チャラ男はいつの間にかいなくなっている。


 俺は自分の寝室へ戻った。


先に寝ていたユキが少し首を上げたが、すぐにまたくるりと丸くなった。


俺は着替えてベッドに寝そべって隠し持っていた手紙を取り出す。


王都の荷物と一緒に来た、雑貨屋の店の印章で蝋封された白い手紙。




「開けるのが怖いんだけど」


『ケンジ。 今更だろう』


チャラ男が来た時点で、もう俺たちの居場所はバレているのだ。


恐る恐る開くと爺ちゃんの店の覚書だった。


「一つの季節ごとに一度、同じものを定期的にお届けします」


つまり年に四回、同じ荷物を届けるという覚書である。


そんなことを注文した覚えはなかったが、最後の文字を見て俺の視界が歪む。


『どうやら私たちも酔ったみたいだな』


「ああ、俺は泣き上戸だったらしい」


とめどなく涙が溢れる。



ー坊主、また来いー


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