第41話 転移者は脳筋に呆れる


 しばらくして砂漠の方角から砂煙が上がっていた。


「うおー」だの、「うがああ」だの、獣の声のようなものが聞こえた。


「何でしょうか、あれは」


ロイドさんの質問に俺はただ「さあ?」と答えた。


 王都からの木箱を開け、中身を鞄に移し替える。


ミランには勝手に名前を使った詫びに高級そうな酒瓶を渡し、ロイドさんには「奥様に」と香辛料の詰め合わせのようなものを渡す。


そして、箱の底から出てきた蝋封された手紙を見つける。


さっと鞄に入れ、何食わぬ顔で「お邪魔しました」と屋敷を辞去した。




 ユキが足元に駆け寄って来た。


【あのね、ねす。 あれ、すごいの】


「ああ、獣同士だもんな。 でも巻き込まれないようにしろよ」


【けものじゃないよ?】


「脳筋と書いて獣と読むのさ」


ユキはかわいらしく首を傾げた。


 教会の裏の砂漠。


どうやら見物人が殺到しているようだが、ほとんどが砂煙で何も見えないらしい。


「飯の用意でもするか」


俺は新しく出来た教会横の炊事場で鍋を出して魚介のスープを作り始める。


最低限の屋根と囲いだが砂漠からの砂避けにはなった。


竈は二つ作ってもらったので、もう一つの竈にも火を入れて、こっちは肉を焼く。


香ばしい匂いが辺りに広がる。


子供たちがソワソワし始め、そのうち闘いより気になって戻って来た。


「ネス、良い匂いね」


リタリは先生呼びから名前に戻っていた。


ロシェを先生役にして良かったよ、ホントに。




 

 子供たちと夕食を食べていると砂漠から二匹の獣が戻って来た。


「ふええ、つっかれたー」


チャラ男は大声を出しながら、トカゲ族のソグは黙ったまま、姿を見せた。


「どっちが勝ったの?」


一番年下のテートがソグの顔を見て心配そうに近寄って行く。


「む、今宵は引き分けだ。 真っ暗になっては勝負がつかぬ」


「相手が見えないから?」


ナーキもソグのために肉を乗せた皿を持って来て、側に座った。


「いいや、俺たちは暗くても見えるけど、勝ち負けを決めてくれる外野がいないと勝っても認めてもらえないっしょ?」


チャラ男は相変わらずヘラヘラした笑顔を崩さない。


俺はソグに子供たちを頼んで、チャラ男を引っ張って家に入った。




<洗浄>をかけて座らせ、食事を運んでやる。


「おー、ご領主様の料理も久しぶりっすねえ」


<回復>はかけなくてもよさそうだな。 体力も化け物か。


バクバクと食べ始めた。


もっと優雅に食べるやつだったと思うんだが。


「はあ、もうこんなにお腹が空いたのは初めてっすよ」


話を聞くと、大事な時に腹が鳴るのを抑えるために、常に軽くお腹に入れられるようにお菓子を持ち歩いているらしい。


それにお腹が空いていると出された料理の味が分からない。


料理人としてはどこでどんな味に出会うか分からないので、大切なことなんだと。


「それを食べる暇もなかったんですわ」


そう言いながら俺の出した料理をたいらげた。




【ねす、だいじょうぶ?】


ユキがチャラ男を警戒しながら俺の足元に近寄って来た。


「おー、かわいいっすね」


手を出そうとして威嚇されている。


菓子で釣ろうとしているが、ユキは警戒を解かない。 ざまあみろ。


「もしかして、魔獣っすか?」


普通の獣じゃないことがバレた。


俺は黙って食器を片付けながら様子を見ていると、ふわりと魔力の風が吹いた。


【ねーすー、これーまりょくー】


ああ、ユキがデレた。




 食後のお茶を飲み終わるとチャラ男が立ち上がる。


「じゃ、またっす」


チャラ男はユキをひと撫でし、笑顔で出て行った。


やはり他の用事で来たのかな。


『この町で仕事?。 そっちのほうが気になるが』


たまたま来ただけならいいじゃない。


こっちのことは報告しないでくれるとありがたいけど、たぶんそうもいかないんだろう。


「あ、ご領主、じゃなかったー、ネス様ー」


何故か表玄関から出て行ったくせに、また裏口からチャラ男が顔を出す。


俺はびっくりして心臓が飛び出すかと思った。


「俺は誰にも言わないっすよ。


あの荷物もたまたま見ただけだし、そんなに心配しなくてもいいっすよー」


それだけ言うとバタンと戸を閉めた。


「まあ、一応弟子だしな。 信用しとくか」


俺はそう呟いた。


チャラ男に届いたかどうかは分からないけどな。




 翌朝、いつもの体力作りをしていると、


「お、皆元気っすねえ。 子供は元気なのが一番っす」


どこからかチャラ男が現れた。


「師匠。 誰です、あれ」


トニーがうかつな言葉を口にした。 あちゃーと俺は頭を抱える。


「お。 これは新しい弟子ってわけですか。 ちょっと来い、少年」


「はい?」


トニーの危機に俺は口を出す。


「おい、そいつはまだ弟子だと認めていないやつなんだ。 手加減してやれ」


「了解っすよー」


背中越しに俺にひらひらと手を振って、チャラ男はトニーの前に立つ。


「俺はネス様の一番弟子だ。 俺が認めなきゃ弟子は名乗らせないぜ」


そしてチャラ男は俺に手を差し出して「木剣持ってるでしょ」と囁いた。


はあ、良く知ってるね。


仕方なく鞄から二本出してやると、一つをトニーに投げた。


昨日のソグとの一戦を見ていなかったのか、それとも本人だと知らなかったのか。


トニーが剣を拾った。


カン!


途端にトニーが転がされる。


「あーれー?。 ネス様の弟子ってこんなに弱かったですっけ?」


いたいけな子供を煽るな。


「卑怯だぞー」


真っすぐで曲がったことが嫌いなトニーが不意打ちで転がされて腹を立てている。


「あのバカ」


ソグが俺の隣で呆れたようにため息を吐いた。




「で、あれは何者ですか?」


「さあ?」


俺はソグの問いかけには、すっとぼけることにした。


アブシース国軍の諜報兵です、なんて言えるわけない。


「まあいいでしょう。 昨日の決着がまだついていないのでね」


まだやる気らしい。


チャラ男もさっさと帰ればいいのに、何でまだいるんだ。


『本業で来たんだから、そっちが終わっていないんだろう』


王子、冷静な分析をありがとう。




 最初は互角に見える打ち合いをしていたが、だんだんとチャラ男が遊んでいるのが見えてくる。


ミランまで外に出て来て二人を見ていた。


狼獣人のエランはさっきから俺の隣でうずうずしている。


体力を使い切ったトニーが転がされて動けなくなると、エランが飛び出した。


「交代だ!」


はあ?、これだから脳筋ってやつは。


 チャラ男の口元がいやらしく歪む。


「二日続けて違う亜人とやれるなんて、俺はツイてる」


ぼそっと小さな声で言ったのが聞こえた。


「勝手にやってろ」


俺はトニーを引きずって、家に引っ込んだ。




「トニー、お遣いを頼みたい」


軽く回復させたあと、頼みごとをする。


俺に叱られると思っていたらしく縮こまっていた少年が顔を上げた。


「森の見回りはエランたちに任せてもいいよ。


こっちはある人への見舞いとお届け物だ」


「あのー、どこですか?」


「峠の見張り台だ。 そこの兵士さんたちに薬を届けて欲しい」


王子の魔術での治療は最低限である。


出血を止める程度の応急処置だけで、あとは医術の専門家に任せた


「薬が足りないと聞いたので王都から取り寄せた。


これを届けてやって欲しい。 ああ、隊長さんはいないから安心しろ」


「え?、なんで」


峠の見張り台と聞いて戸惑っていたトニーは、隊長のことには余計に困惑した。




「責任を取って軍を辞めることにしたそうだ」


辺境の見張り台は軍の左遷場所になっていた。


つまりはここからの左遷などなく、あとは辞めるしか道は無い。


「そ、そんな」


新地区の宿にいるから本人に訊けと言うと、俺から荷物を奪うように受け取り駆けて行った。


気をつけてと声をかける暇もなく、俺は苦笑いする。


 トニーには言わなかったが、実は俺は隊長さんから相談を持ちかけられていた。


「今度のことでワシは軍を辞める決心がついた。


王都に残した家族はもうワシを見放しただろう。


ワシはこれから一人の男として生きていく。


あの少年にはそう伝えてくれ」


「嫌です。 ご自分で伝えてくださいよ。


それに、王都のご家族にもう遠慮しなくていいのなら、彼と一緒住んだらいいでしょうに」




トニーは隊長の愛人の子供だった。


間違いなく、二人は親子だったのである。


しかし隊長は貴族の三男でそれなりの家に養子という形で婿入りしていた。


腕は良いし部下の人望もあったが、彼は真っすぐ過ぎて敵が多かったのだ。


どんな罪を着せられたのかは知らないが、とうとう左遷され、実家からも見放されたそうだ。


「軍を辞めたことで今度は離縁を言い渡されるだろうな」


何年も会っていない家族に義理立てする隊長を、俺はやはりトニーと似ているなと思った。



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