第43話 転移者はお菓子を要求する


 翌日もチャラ男は旧地区でふらふらしていた。


子供たちが体力作りをしているのを目を細めて眺めていたり、


「お前も化け物か」


と二日酔いのミランに恐れられたりしている。


「暇なら付き合ってくれ」


「いいっすよー」


俺はチャラ男を連れてパン屋へ向かった。




「あら、いらっしゃい」


最近は新商品のパンの売れ行きが良く、新地区からも客が来るようになって繁盛している。


子供たちが新地区でうまく宣伝してくれているのだ。


おかげでパン屋の娘は機嫌が良い。


「試作品、ありがとう。 どれも美味しかったです」


俺の肩の鳥が女性を褒める時は、俺じゃなくて王子の声だ。


チャラ男は小さな店をぐるりと見まわしている。


「実はご相談があります」


俺がそう言うと、娘は奥から父親を呼んで来た。




「彼は王都で有名な菓子店で修業をした者なのですが」


まずはチャラ男を紹介する。 


パン屋の娘は羨望の眼差しを向け、親父は胡散臭そうだという顔を向ける。


俺はチャラ男にもらった菓子を出し、王都風の華やかな焼き菓子を二人に食べさせながら話をする。


「私はこの菓子が気に入っているので、是非ともこの店で作ってもらいたいと思いまして」


「えー、ネス様。 欲しいんなら言ってくだされば、いっぱい作りますよー」


チャラ男は俺が魔法収納の鞄を持っていることを知っている。


だから作り置きしておけばいいと思っているのだ。


「だけどお前はいつも突然来るし、すぐいなくなるだろ」


必ずしも欲しい時に手に入るわけじゃない。


それに子供たちや、この町の皆にも食べさせたい。




「えっと、よく分からないんだけど」


娘が俺たちのやり取りに苦笑いしている。


「ああ、すみません。


また材料をお渡しするので、彼の指導でこの菓子を作ってもらえませんか」


この世界には特許なんていう概念は無い。


教えたり教えられたりが普通なのだ。


 俺は鞄から、王都から買って来た砂糖やハチミツといった甘味を取り出す。


パン屋の親子が揃って目を丸くした。


そしてチャラ男にはヤギの乳や卵が手に入ることを教える。


「へいへい。 ほんっとごりょ……ネス様は無茶ぶりっすね」


ちゃんと見返りはある。 無償でなんて虫のいいことは言わないよ。


呆れ顔のチャラ男に、俺は鞄から一つの包みを出す。




「これは俺のおやつだけどお前に分けてやる」


ごく普通のパンケーキを二つに折ったものだ。 


実は間に小豆のような豆を煮て甘くしたもの、つまり餡子が入っている。


先日、王都へ行った帰りに周辺の町で買い物していた時、偶然農家でこの豆を見つけた。


元の世界のお祖母ちゃんが俺の見舞いによくおはぎとか持って来てくれたんだよね。


こっちの世界でも似たような物があるって知って驚いた。


お菓子ではない田舎料理だからチャラ男は知らないと思う。


 その一欠けらを口に押し込んでやる。


「んぐ」


しばらく口を動かしていたチャラ男の目の色が変わる。


飲み込んだ後、俺の胸倉を掴みやがった。


「こ、これ、何が入ってるっすか!」


「ふふ、教えなーい」


パン屋の親子の修業が終わるまでは。


「いいっすよ。 さ、すぐにやりましょう!。 厨房はどこっすか」


チャラ男のやる気に押され、パン屋の親子は厨房に消えていった。


「これでいつでも美味しいお菓子が食べられるっと」


企みが成功した俺はニヤリと笑った。




『いいのか?。 あいつは諜報の仕事で来たんだろ』


王子は少し同情しているようだ。


「人に隠れて動く仕事をしている者は、何か他に目立つことをしていたほうが良いんだよ」


隠れ蓑というやつだ。


 夕食の頃になって戻って来たチャラ男は少しやつれていた。


ブツクサ言いながら、口直しに俺のオヤツを要求する。


あの店にはチャラ男が驚くほど普通のパン屋に有りそうな道具や材料が無かったらしい。


「よくあんな状態で営業してるなーって感じっす」


餡子を挟んだパンケーキを渡してやると、ゆっくり味わって食べている。


俺がこの町に来た時は、あの店には小麦粉さえ無かったと言うと呆れを通り越して哀れんでいた。


「ネス様があの店にお菓子を作らせるのは何か意味があるんでしょ?」


チャラい笑みは浮かべているが、目は笑っていなかった。




 まずは人を呼び寄せる魅力が欲しい。


住民を増やさなければ町自体が弱っていくばかりだ。


「あっちの新地区の領主はヤバそうっすもんね。


ネス様が代わりにご領主になればいいのに。 こうチョチョイとー」


「ばかやろう」


余所者がそんなことをしてサーヴの領主になったら、隣のウザス領が黙っていない。


ノースター領は俺が国から認められて派遣されたが、ここでは決して表に出てはいけない存在なのだ。


「じゃ、今の領主が何かやらかして、ウザス領主からも見放されればいいんすっか?」


やめてー、こいつが言うとシャレにならん。


「新地区の領主が失脚しても、新たに領主が来るだけだろうな」


おそらくウザス領主の息のかかった者が。




 どうしてそこまでしてウザスはこのサーヴのような小さな町を欲しているのか。


ウザスの領主が欲しいものが、このサーヴにある。 それが何なのか。


『やっぱり洞穴の調査をー』


「だーかーら、俺たちだけじゃ危ないって言ってるの」


鼻息の荒い王子を宥める。


「ん、何か言ったっすか?」


俺はただ微笑む。 国軍の兵士であるこいつに知られる訳にはいかない。


王子の「必殺!、天使の微笑み」はこいつには効かないかな。




 あれからイケメン煉瓦職人のデザは、ちょくちょく俺の家にやって来るようになった。


「こんちはー」


裏口から入って来る上に、いつも何かしら手土産持参である。


若くてイケメンなのに義理堅い男だ。


 広い机の上に図案を描くための大きな紙を広げている。


この紙も俺が王都から入手してきた物の一つで、王子が風呂の見取り図を描いたものだ。

 

「模様を描くにも色付きの煉瓦がいるな。


色を付けるには色々な鉱石が必要になるんだけど」


うん、そうだねと、俺は頷く。


「ウザス領には煉瓦の材料が採れる山があると聞きましたが」


「ああ。 うちの工房もそこから仕入れてる」


そう言いながら、デザは何故か苦い顔をしていた。


「何かあったんですか?」


うーん、とうなった後、デザは重い口を開いた。




「最近、ウザスからの仕入れが滞ってる。


いつもの嫌がらせかと思ってたんだが、どうやらウザス領内でも材料が減ってるっぽいんだ」


腕の良い職人であるデザはウザスの職人たちにも伝手がある。


そこの人たちの話を教えてくれた。


「ウザス領の鉱山が枯渇?」


「そういうことなんじゃないかと」


 ウザス領は、この土地が砂漠から緑の地になった頃から繁栄してきた。


長い歴史を持つ町でもある。


その長い年月の間に住民を増やし、農地を拡げてきた。


山を切り崩して木材や鉱石などの資源を採取し続けた。


鉱山の一つや二つ、掘り尽くしていても不思議ではない。


「サーヴに鉱山があるという話は聞いたことがありますか?」


俺はためらいがちに言葉にした。


「どっかの年寄りから聞いたことはあるな。 本当かどうかは分からないが」


「その話を調べていただくことは出来ませんか?」


デザはしばらく考え込んでいた。


「返事はまた今度でもいいか?」


「ええ、もちろんです」


その日はデザとの会話はそこまでだった。




 その夜、俺は部屋で王子と共にぼんやりしていた。 


『ウザスの領主が欲しがっているのは鉱山か』


俺はずっとウザス領主が何故サーヴにちょっかいを出しているのかが分からなかった。


領地を拡げたい訳ではなく、領民を増やしたい訳でもない。


「今のままではウザスの町が危ないという話なんだな」


ウザスが王都の次に大きな町になったのは、小さいなりにもその鉱山があったからだ。


 アブシースという国は農業大国で大きな鉱山はあまりない。


鉱石のほとんどを北の国イトーシオに頼っているが、ここは最南端なので遠過ぎる。


もしお年寄りの話通りに鉱脈のある山がウザス同様にサーヴにもあれば。


調べるためにはサーヴの町を自分の領にする必要があった。


「そういうことか」


俺も王子もストンと腑に落ちた。




 翌日、いつもように昼近くにやって来たデザは「詳しい人がこの旧地区にいるそうだ」と言う話を持って来た。


「一人暮らしの婆さんがいるだろう?。


あの人がこの辺りの鉱山の元締めの娘さんらしいよ」


旧地区の一軒に、身体の具合の悪いお婆さんが一人暮らしをしている。


「すぐに行きましょう」


デザは興味が無いらしく家に残ると言った。


俺はミランに許可をもらい、ロイドさんに同行を頼んで、そのお婆さんの家に向かうことにした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る