第26話 転移者は名前を付ける

 俺はしゃがみこんで二匹を捕まえる。


念話鳥を出して、サイモンを呼び寄せた。


「サイモン、リタリは鳥の世話で忙しいから、お前にこの子たちを頼みたい」


サイモンは恐る恐る毛玉を覗き込む。


「これ、狼?」


「いや、砂狐だそうだ」


子狐に触れようとしていた手がピタリと止まる。


「昔は砂族に飼われていた魔獣らしい。


今は砂族がいないんで野生化していたようだ」


俺はサイモンにそんな話をしながら、家の裏口からぐるりと回って正面から左手の壁にある物置へ向かった。


 扉を開くと中は天井が少し低く、床は砂混じりの地面のままである。


少し高い位置に小さな窓はあるが昼間でも薄暗い。


「ここをこの子たちの寝床にしようと思う」


そんなに広くはないが、砂狐二匹くらいなら大人になっても住めるだろう。


「まだ小さいし、親から離れたばかりで心細いだろうけどな」


二匹の毛玉を床に降ろし、「餌を取ってくるよ」とサイモンに任せて物置を出た。




 寝るための木箱を持ってきて床に置く。


サイモンはぎこちなく二匹を代わる代わる抱いたり、降ろしたりしている。

 

「親はいないの?」


俺を見上げて言いにくいことを訊いてくる。


子狐の箱の中に野菜くずと肉の切れ端を入れ、俺はサイモンを連れて一度、外に出た。


 鞄からそっと二体の獣を出す。


サイモンは「あ」とつぶやいただけで顔を顰め、唇を引き結ぶ。


「灰色狼に巣穴を襲われていた。


あとでどこか、獣が掘り返さない場所にでも埋めてやるつもりだ」


グスッとサイモンが鼻を鳴らす。


俺は死体を鞄にしまって、慰めるようにサイモンの頭を撫でた。


「さあ、あの子たちに名前を付けてやらないとな」


「うん」


物置に戻り、サイモンと一緒に毛玉たちの様子を見る。




「こっちの茶色いのが雄で、白いのは雌みたいだな」


サイモンも魔力を分けてあげたいけどどうしたらいいのか分からず、とりあえず俺が渡した魔力感知の魔法陣の紙を発動させた。


【だあれ?、とーたん?】


魔力を感じる相手を親だと思うみたいだ。


タタタと駆け寄り、小さな丸い瞳がサイモンをじっと見上げている。 


「サイモンだよ」


照れたようにサイモンが答えた。


俺はサイモンが砂狐の声が聞こえたことに驚いた。


「あー、そうか。 砂族だからか」


そういえばサイモンは砂族の子供だった。


砂族の魔力に、古くから絆のある砂狐の血が反応したのだろう。




 そろそろ夕食の時間だ。


隣の教会との間の竈で、今日もリタリたちが食事の用意をしている。


「そういえば、俺も朝から何も食べてなかったな」


俺はクゥと鳴った腹を抑える。


「先に腹ごしらえだな。 名前はまたあとで考えよう」


子狐たちを箱に入れ、物置から出ようと扉を開けた。


いい匂いが漂っている。


二匹がピョンと箱から飛び出し、パタパタと走って行く。


「あ、こらっ」


俺とサイモンが後を追う。


「きゃあああ」


リタリの叫び声が聞こえた。


匂いの元にたどり着いたようで、少し離れてミャンミャンと吠えている。


「先生ー、何とかしてー」


何故かリタリは俺のことを先生と呼ぶようになっていた。


俺は苦笑を浮かべながら、二匹を抱き上げる。




 夕食の場で皆に毛玉たちを紹介する。


「砂狐の子供だそうだ。 狼に襲われていたのを偶然助けた。


しばらく様子を見て、森に帰るようなら返してやろうと思っている」


一応、これも野生の獣なのだ。


それを聞いたサイモンは少し顔を暗くした。


「大人になるまできちんと世話をしたら俺たちに慣れて、森へ帰っても遊びに来てくれるようになるかもな」


サイモンも他の子供たちも頷き、毛玉たちをやさしく見ていた。


一応、魔獣なのでかわいくても手を出すのは怖いようだ。


 食事が終わると勉強の時間になる。


子狐たちを物置の木箱に入れて寝かせた。


たっぷりと子供たちから夕食のおこぼれをもらっていたから腹が膨れて眠っている。




 俺は引き続き数字を教える。


六歳以下は無理をさせず、飽きてきたら部屋へ戻して寝かせた。


それより上はある程度目標を決め、そこまで出来たら自由にさせる。


何故か今日は皆がんばってるなと思ったら、終わった者から物置の子狐を見に行くようだ。


子供たちがソワソワしているので仕方なく早仕舞いにした。


「ほら、明日も一緒に面倒見るんだから、さっさと寝なさい」


お、俺って先生っぽい。


「はあい」


未練タラタラで子供たちは教会裏の部屋へ戻って行った。




 夜中に呼ばれた気がして目を覚ます。


【とーたーん、かーたーん】【とーたん、かーたん、ねすう】


ああ、毛玉たちか。


親と別れ、知らない場所に来たばかりだ。 心細いのは人も獣も同じらしい。


俺は旅をしていた時に使っていた毛布や敷物を持って物置に向かう。


「ん?、サイモンか」


物置の前に小さな人影があった。


逃げようとしたので捕まえ、一緒に物置に入る。


【ねす、ねす】【さいもん、ねす】


二匹が駆け寄って来て、ピョンピョン足元で跳ねる。 ウサギか。


俺の場合は子狐が跳ねたくらいでは届かない。


しかしサイモンの胸の高さはちょうど良かったらしく、茶色ぽい毛玉が飛びついた。


「わ、わわ」


サイモンはそのまま抱き止めていた。




 月明かりだけの薄暗い物置。


俺は<暗視>で視えるが、どうやらサイモンも砂族の特性で目は良いらしい。


トイレ用の場所は決めてあったので、それ以外の場所に敷物を広げて座る。


俺は念話鳥を出し声をかけた。


「サイモンも座ったらどうだ?」


「いいの?」


サイモンは罰が悪そうにしている。 夜中にこっそり来たことを叱られると思っていたようだ。


「もちろんさ。 こいつらが心配で来たんだろう?」


えへへ、と笑って毛玉を抱いたまま座る。


「声が聞こえたの。 心細くて泣いてた」


「そうか。 俺もだ」


「ネスも?。 じゃあ、僕がおかしい訳じゃないんだね」


細い目の優しい少年はホッとした顔になる。


おそらく魔力がある者には聞こえるのだろうと言うと、納得したように頷いた。


本当は王子のエルフの血と、砂族の特性のせいだと思うけどね。




俺は膝の上の白っぽい灰色の毛玉をやさしく撫でた。


「名前、決めた?」


サイモンは茶色の毛玉が膝の上で寝てしまい、身動きが取れなくなっている。


「まだ。 よく分からない」


そうか。


「ネスは決めたの?」


サイモンが俺をネスと名前呼ぶと、北の砦の子を思い出して懐かしくなる。


「うーん、そうだな。 この子は将来白い毛並みになりそうだから、ユキにしようかな」


「ユキって何?」


そうだった。 この砂漠の町では滅多に雪は降らない。


「俺が居た北の土地じゃ、冬になると雨の代わりに雨の粒が固まった白いふわりとしたモノが降るんだ」


それが雪だと話す。


サイモンは首を傾げているが、俺は雪を見たこともない子供にはうまく説明が出来なかった。


やっぱ俺は教師に向いてないわ。




真っ白で、すごくきれいなんだということだけは分かってくれた。


「じゃあさ、この子にもカッコイイ名前付けてあげて」


サイモンは自分の抱いている子狐を見る。


「サイモンが自分で付けないのか?」


砂色の少年は頭を横に降る。


「僕はまだ何にも知らないから、ネスのほうがいっぱい知ってるし」


カッコイイもの、美しいもの。


そういう心惹かれるものに、この少年はあまり出会っていないのかも知れない。


「そうだな。 じゃあ、男の子だから嵐、アラシでどうかな?」


「嵐って、砂嵐の?」


俺は頷く。


「人にも、他の魔獣にも決して敵わないモノがある。 それは自然だ」


魔術で一時的に避けられたとしても、雨を消し、風を止めるなど、そう簡単に出来るわけではない。


「アラシかあ、カッコイイね。 嵐みたいに強くなるかな」


「そうなるように育てるのはお前だ。 暴れん坊の嵐じゃなくて、静かで強い嵐にしような」


サイモンはまだよく分からないようで首を傾げていたが、考え込んでいる内に静かに寝息を立てていた。


俺はゆっくりと身体を横にしてやり、モゾモゾ動いている毛玉をその横に置いた。


大きな欠伸が出て、俺もサイモンの隣に横になる。


目を閉じると王子がボソボソと白い毛玉に話しかけていた、ような気がする。




 朝になってみると、俺は寝室のベッドで白っぽい毛玉と一緒に寝ていた。


『ユキと話し合って、ここで粗相しないなら魔力をやる、と言って連れて来た』


あー、王子はせっかく部屋があるのに物置で寝るのは嫌だったか。


野宿してるわけじゃないもんな。


いや、だけど、二匹ともサイモンに世話させるつもりだったんだけど。


……まあいいか。


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