第25話 転移者はモフモフを拾う
子供たちが勉強で疲れて寝てしまうと、俺は家に戻って町が寝静まるのを待つ。
「さて、行こうか」
『ああ、魔法陣と杭の準備は出来ている』
俺は鞄の中に魔力を込めた杭や、以前作った魔法陣用の芋版やインクがあることを確認した。
フードを深くかぶり、外に出て<暗視>を発動する。
旧地区だけなら魔法柵もそんなに距離はない。
今までもさんざんやって来たので、砂漠までの旧地区の魔法柵の修理は順調に進んだ。
しかし獣の数が多く、倒したり、追い払うのに時間が掛かった。
「灰色狼が多いな」
狼は完全な夜行性ではない。 昼間でも普通に活動する獣だ。
だが、小鬼が活動しない夜のほうが活発に動き回っているんだろう。
王子の新しい魔法柵は魔獣だけでなく、狂暴な獣も近寄らせない魔法陣を採用している。
今後、この獣たちが旧地区の魔法柵を超えて町に入ってくることはない。
新地区は知らんがな。
町に戻る前に夜が明け始めてしまった。
俺は魔法柵を出て、砂漠のほうに回った。
砂漠地帯の山側は木が少なく、すぐに山の裾野になり、崖や斜面になっている。
こっちのほうはまだ調査が済んでいない。
俺はさっき取り逃がした狼がこちらに向かったのを見たのだ。
気配をたどってみると、巣でもあるのか、何頭か固まっている。
「魔法柵の外にいるっていうのが気になるな」
『そうだな。 こっちに餌になるものでもあるのか』
俺は慎重に気配を探っていく。
「む」
グルル、ガウ、ガウガウ!
どこからか荒々しい声が聞こえる。
「血の匂いだ」
俺は白み始めた森の中を速足で探す。 人が犠牲になっていなければいいが。
斜面になっている山肌の低い木々の茂みで、何頭かの狼が争っていた。
ギャウン!
同じ獣同士で争っているのなら俺は手は出さないでおこうと思った。
『気を付けろ、魔力の気配がある』
魔獣がいる。 王子がそう言うので、俺はその争いに目を凝らす。
灰色狼が白い毛並みの獣を倒したようで、引きずっている。
仲間の狼が茂みに顔を突っ込み、そこから何かを咥えて引きずり出した。
「?」
ミャーンミャーン
「あれは、子猫?」
俺はたまらず駆け出した。
灰色狼は俺が近づいたことで驚き、逃げて行った。
さっきまでさんざん狼を倒していたので、その仲間が俺の脅威を伝えたのかも知れない。
茂みの近くには狼のような、狐のような二つの死体があった。
そして、クンクンとその傍でウロウロする小さな毛玉が二匹。
俺はその死体を鞄に入れ、小さな生き物を抱き上げて自分の懐に入れた。
少々威嚇されたが毛玉だから痛くもかゆくもない。
「よしよし、大丈夫だ。 もう大丈夫だからな」
モゾモゾしてくすぐったくて、服の上からそっと撫でた。
しばらく鳴いていたが俺が歩き出すと疲れていたのか静かになった。
俺は教会まで戻って来て、ようやく身体の力を抜く。
なるべく子供たちに会わないように回り込んで家に入る。
窓からリタリたちが広場の掃除を始めたのが見えた。
思わず連れ帰ったけど危ない魔獣だったら困るしな。
俺は寝室に入り、ゆっくりと懐から二匹を取り出す。
ミャアミャア、キュンキュン、鳴き出した。
王子は何故か固まっている。
こんな小さな生き物を間近に見るのは初めてなんだろう。
俺も初めてだけど、それ以上にかわいくて仕方ない。
とりあえず、浅めの器を出して水を入れてやる。
「さて、これは何を食べさせたらいいんだ」
『おそらく、魔獣だし、魔力、なんてどうだろう』
お、王子が反応した。
「魔力か。 どうやって渡せばいいんだ?」
俺は動き回る二匹を捕まえて抱きかかえた。
とりあえず<清潔><回復>で様子を見る。
魔術を使うと毛玉がキョトンと俺を見上げた。
白っぽい灰色と明るい茶色の二つの毛玉、四つのつぶらな瞳が俺をじっと見る。
【とーたん?、かーたん?】
は?。 魔獣の声が耳ではなく、頭に響く。
ああ、親と勘違いしたのか。
「とーちゃんでも、かーちゃんでもないよ。 俺はネスだ」
ああ、そういえば、夜からずっと声を出す魔道具は使っていなかったな。
しかしさすが魔獣というか、言葉は分かっているようだ。 王子のエルフの血のお陰かな。
【ねす?】「ああ」
俺は鞄からリンゴの空き箱を取り出す。
思えば、ノースターから持ち出したリンゴの木箱はまだ大量にあった。
木で頑丈に作られた箱は空になっても重宝している。
自分の服を一枚、箱の底に敷いてモフモフたちを入れた。
水の器も入れ、「しばらくおとなしくしていろよ」と蓋をする。
「さて、誰に相談するか」
やはりロイド爺さんしかいないだろう。
俺が外に出るとトニーが飛んで来た。
「師匠、今朝は遅かったですね」
どことなくニヤニヤしているのは俺が寝坊したと思ったからだろう。
バンダナを出して念話鳥を出現させる。
「悪いが徹夜でな、これから寝るんだ。 皆の世話は任せる」
俺はそう言って、トニーのガクリと落ちた肩を叩いた。
地主屋敷の中庭に回り、井戸の側で少年の姿をした少女に声をかける。
「ロシェ、おはよう。 ロイドさんはいるかな?」
「おはようございます。 はい、呼んできます」
少し人見知りだが、礼儀正しい良い子だ。
しばらくしてロイド爺さんが屋敷の裏口から出て来た。
「ネスさん、何かありましたか?」
まだ着替えていない俺の薄汚れたローブ姿に驚いたように目を見開く。
「ええまあ、ちょっと見てもらいたい物が」
ロシェがいなくなったのを確認してから、俺は鞄から獣の死体を出す。
「これが何という獣か、分かりませんか?」
俺は灰色狼と争っているところに出くわしたことを話した。
「ふうむ」
ロイド爺さんは難しい顔をしながら死体を検分している。
「おそらく砂狐かと」
そう言って、特徴的な尖った大きめの耳、顔の長さ、そして砂色の瞳を指差した。
「砂狐は魔力を持つ魔獣ですが、かなり前から姿を見せなくなって絶滅したと言われていました。
まだ生きていたとは驚きです」
「へえ、そうなんですか」
俺は気になっている事を訊く。
「絶滅とは、危険だから狩られたのでしょうか。
それとも、病気か何かで大量に死んだとかですか?」
「いやいや、おとなしい魔獣です。 元々は砂族が家畜としていたらしいですし。
砂族自体が居なくなって、砂狐も野生化したのでしょう」
ふうん。 それで灰色狼と縄張り争いをしていたのかな。
「ありがとうございました」
礼を言って死体を鞄に戻す。
「肉はあまり好まれませんが、毛皮は良い値が付きますよ」
ロイドさんが当然のように付け加えた。
俺はビクッと身体を硬ばらせる。
あの小さな二匹の目を見ているので、おそらく親だろうこの砂狐はちゃんと弔(とむら)ってやりたい。
「私は研究者ですから、砂漠に関係するものならば調べたいので」
売る気はないとほのめかす。
フードで顔が隠れていて良かった。
俺は今きっと徹夜疲れだけじゃなく、相当情け無い顔をしているだろう。
親を失くした毛玉たちは俺にとっては教会にいる子供たちと同じだ。
関わってしまった以上は何とか面倒を見てやろうと思う。
俺は地主屋敷を出て家に戻り、すぐに寝室へ入った。
「何か食べるか?」
木箱の蓋を開けると、二匹はおとなしく丸まっていた。
狐は確か雑食だったはず。
俺はリンゴを取り出して、自分もかじりながら欠片を子狐たちの側に置いた。
フンフンと匂いを嗅いでいる様子を見ながら、俺は自分も疲れていたので寝る準備をする。
やがてシャクシャクという音が聞こえ始める。
その音に安心して、もう目が開かなかった俺はどさりとベッドに倒れこんだ。
【とーたん、かーたん、ねす、ねす!】
誰かに呼ばれて目を覚ます。
頭というか、髪の毛をガジガジ齧られている気配がした。
「お、おう。 チビどもおはよう」
俺は正直、まだ目が開いていなかった。
【おしっこ】
は?。
一瞬で目が冴えた。
「待て待て、今、外へ連れて行くから」
俺は二匹を抱えて、慌てて裏口から外へ出た。
砂地の地面に降ろしてやると、すぐに匂いを嗅ぎ始め、安心したように用を足していた。
はあ、間に合って良かった。
俺が一息ついていると、二匹がピョンピョンと飛ぶ仕草をした。
「何してるんだ?」
【ご飯、探すの】
【砂の中にいるの】
そっか、お腹空いてるのか。
俺はまだ少しボーッとしていた。
「あ」
声に振り向くと、サイモンが目を丸くして俺の足元を見ていた。
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