第27話 転移者は脅威を語る


 足元に毛玉をまとわりつかせたまま、俺は朝の掃除と食事を済ませた。


そして、子供たちが体力作りをしている間に木工屋の主人に鳥小屋を頼みに行き、ついでに隣のピティースの店にも寄った。


「あー、鞄はもう少し待って」


いや、急かすつもりで来たわけじゃないんだけど。


「いいんですよ、慌てなくて。 これは無理を頼んでいるお詫びです」


俺の肩の鳥がしゃべる間に、鞄から酒の瓶を取り出す。


「む、ドワーフは全員が酒好きというわけじゃないわよ」


そうなの?。 元の世界の常識は通用しないのか。


 そういえばこのドワーフは女性だった。 女性を怒らせると後が怖い。


「では、酒に合うお菓子も付けましょう」


スッキリとした味わいの果実酒と、それに合うアップルパイを渡す。


「知り合いのドワーフには好評だったので、良かったらどうぞ」


鞄の仕上がりの期日は特にない。


「蛇皮はまだ大量に持っていますので、失敗はお気になさらず。


身体を壊さない程度にがんばってくださいね」


ニコリと笑って店を出る。


何やら唸り声が聞こえた気がしたけど、まあいいか。




 その帰りに地主の屋敷に寄ると、ちょうどミランが外に出て来た。


「お、ネス。 出かけてたのか」


「はい、何か御用でしたか?」


手招きされ、屋敷の中へ通された。 俺も昨日の狼の話がしたかったのでちょうど良い。


ロイドさんがお茶を入れてくれる。


ここのお茶は美味しい。


 ミランが王都で生活していたせいか、食生活が少し違うようだ。


見た目や味付けが、町の食堂と全く違う。


味が王都に近いので、俺には何となく懐かしい。


『あれだけ王都を嫌っていたのに』


王子は呆れているが、料理に罪はないぞ。


それに、王都の味は俺にすれば王宮の小屋でのおばちゃんの料理だし。




「実はお前さんの森の調査報告書なんだが」


バサリとテーブルの上に書類を置く。


斡旋所を通して調査し、先日ミランへ提出した報告書だ。


「はい」


「新地区の領主から物言いが付いてな」


ミランが眉を寄せて報告書を見ている。


俺は首を傾げる。


「これはただの報告書です。 物言いとは何でしょうか?」


「あー、なんだ。 結果がな、ほら、あれだろ?」


これは森の獣の脅威の調査なのだ。




「ウザスから流れてきた小鬼が繁殖しているせいで、獣の姿が見えない。


しかし、獣たちは森の奥へ移動していて、夜に行動しているようだ。


この町の猟師は小鬼では利益が出ないため放置状態。


そのせいで、小鬼は森の奥で獣を狩って繁殖しており、おとなしい獣の数が減り、狂暴で大型の獣が増えている。


おとなしい魔獣や獣の数が減っているので、町の住民の食料となる肉が入手出来なくなる恐れがある」


俺の報告書は実際にこの目で見た獣の数、そして小鬼の動きを追っていた。


「ああ。 今のうちに何とかしないと、小鬼が森の獣を狩り尽くし、今度は町へと押し寄せるっていうこったろ?」


ミランはこの報告書を持って新地区の領主の所へ行ったらしい。


そして、町の依頼として兵士や猟師による山狩りを提案したのだ。


「そんなはずはない。 この町の森は平和だ、とさ」


「なるほど」


ただ町に住み、森に入らずに生活している者には分からない脅威だからな。




 俺はお茶を口に運びながら考える。


「新地区の領主の許しがなければ山狩りは出来ないのでしょうか?」


肩の鳥が爽やかな王子の声で話す。


「いや、俺が依頼を出せば出来なくはない。


だが、それだけでは猟師も兵士も動いてはくれないのさ」


「それは、この町には山狩りするだけの兵と猟師の数が足りないということですか?


それとも、旧地区の地主の依頼では仕事をする者がいないということでしょうか?」


ミランが凶悪な笑顔を浮かべる。


「ほお、お前はちょっと剣で勝ったくらいで俺を馬鹿にするつもりか」


側に立っていたロイドさんがオロオロし始めた。


「いえいえ、事実を確認しているだけです。 で、どっちです?」


バンッ、とミランが手をテーブルに叩き付けた。


「両方だ!」


イライラする地主の前で、俺は少し考えこむ。




「では、サーヴで雇えないならウザスで雇いましょう」


「は?」


ミランとロイドさんがポカンとした顔になった。


「別にこの町で依頼を出す必要もないでしょう。


隣のウザスの町なら斡旋所も大きいですから人も集まりますよ。


それに新地区だの旧地区だの、あの町の猟師にすれば関係ない話ですしね」


ウザスの斡旋所の依頼でも行動する場所はサーヴの町というのは普通にある依頼だ。


俺は散々その依頼で搬送をやったんだから。


兵士ではその辺は多少領主の意向が絡むから、そうはいかないかも知れないけどね。




「どうしても人が集まらない場合は亜人を雇うという手もあります」


彼らは常に仕事を探している。 身体能力は高いので小鬼や狼くらいは相手に出来るだろう。


それに安く雇える。


「ま、まさか」


否定しようとするミランに、俺はため息を吐く。


「あのですね。 それほど今回は切迫しているんですよ」


俺は昨日の灰色狼の話をする。


次から次と襲って来た。


俺はこの町に来るまで、この国の各地を旅して、だいたい夜中に魔法柵を直していた。


それでもこんなに獣に襲われたことはなかったのだ。


 それに獣は魔法柵では防げないので、柵を超え、今は砂漠地帯の山側にも活動場所が広がっている。


「砂漠側は狼が活動出来る平地が少ないです。


そうなると今度は小鬼だけじゃない。


町中でも夜に出歩く人が獣に襲われる可能性が出てきますよ」


ミランは腕を組んで考え込んだ。


「分かった。 ロイド、すぐに書類を用意しろ」


ミランが冷静な顔になった。


「ネス、お前も来い」


「お供します」


俺は肩の鳥と共に優雅に礼を取った。




 準備のために一旦家に戻ろうと屋敷を出る。


そこへ、リタリが駆け寄って来た。


「先生!、鳥小屋、どこに建てますかってー」


木工屋から職人がもう来たらしい。


 教会の前で若い大工の青年と話をする。


「教会の正面向かって右手にお願いします」


「はいよー」


木の杭を四方に打ち込み、それに補助の板と丈夫な網で周囲と天井を囲う。


砂と雨除けに屋根も付けてくれた。


トニーたちも手伝い、出入り口の扉を付けて終了だ。


「おー、早いな」


俺が関心して見ていると、若い大工は照れたように頭を掻いた。


「また頼むよ」


彼自身への駄賃を渡す。 小屋の代金は店主に支払い済みだ。


何度も頭を下げながら若い大工は帰って行った。


「あ、いけね」


嫌な視線に気づくと、ミランが屋敷の前でこちらを睨んでいた。


「トニー、俺はちょっとミランと出かけて来る。


遅くなるかも知れないから、あとは頼む」


リタリには子供たち用の食料と、鳥と子狐の餌も渡しておく。




「お待たせしました」


俺はミランの目の前でローブを脱ぎ、中古だが正装に近いコートを鞄から出した。


魔術を発動して一応身綺麗にしておく。


「まあいい。 船で行くぞ」


ミランの後を追いかけて歩く。 長身で足が長いから歩く速度も速いな。


王子の背丈はミランよりも頭一つ低い。 くそおう。


 港に着くと、小型船でロイドさんが待っていた。


魔石で動かす最新式らしい。


ウザスの港町は大きな入り江の奥にある。


サーヴはその入り江の出入り口にあり、隣の国との境に近いのだ。


ロイドさんが操縦し、もののニ、三十分ほどで隣のウザスの港に着く。


俺とミランは船にロイドさんを残して降りた。




「お前、王都の酒、まだ持ってるか?」


町中を歩きながらミランがそんなことを訊いてきた。


「手土産ですか?。 ええ、ありますよ」


肩の鳥が答える。


「よし」


そんな会話をしながら斡旋所の中に入って行った。


 斡旋所の中は相変わらず仕事を求める者たちで騒がしい。


その姿も多くが亜人と呼ばれる獣人たちだ。


混み合っているので俺は鳥をさっとバンダナに戻し、片付けた。


「所長はいるか」


ミランにすごまれた受付の男性が太めの中年男性を連れて来た。


「これはこれは、サーヴのミラン様。 わざわざのお越しは珍しいですな」


その顔には嘲りが見えて、俺は自然と冷たい表情になっていく。


「サーヴの山狩りをする。 募集してくれ」


ロイドさんが作った書類を提出する。


「ほうほう、では拝見しますよ」


田舎とはいえ、ミランは領主と同じ権限を持つ大地主だ。


それを受付カウンターで立たせたままの対応。


いくら所長の対応でも、これはあり得ない。


俺が不機嫌な顔をしているのが分かったのだろう、ミランが苦笑いしている。


「気にするな。 いつもの事だ」


俺はミランが酒浸りだった理由が少し分かった気がした。


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