第14話 転移者は子供たちを鍛える


「その前に聞きたいことがある」


俺はその子だけを見て言った。


「二人だけで話がしたい」


「いえ、結構です。 どうぞ、言っても構いません」


その子が覚悟を決めているのが分かる。


俺は頷いて、その子に聞いた。


「何で女の子なのに男の子の振りをしているのかな?」


「えっ」


その言葉にトニーと新地区の集団の代表の子が驚いて、その子を二度見する。


 


 その子はトニーたちより年上の十ニ歳だそうだ。


そろそろ女性らしさが始まる頃だ。 第二成長期っていうんだっけか。


「う、気が付いてたんですか」


どうやら貴族の子だというのが暴露されると思っていたらしいが、それより俺は性別が気になった。


「もしかしたらフフの姉さんかい?」


女の子だとすれば似ているのだ。 この子もおそらくきちんと髪を洗えば金髪だろうと思われた。


わざと汚している気がする。


じっと見た瞳はフフと同じ深い青だ。


「は、はい」


困ったような顔をする。 知られたくなかったのかな。


でも、フフの姉というのなら新地区の前の領主の子供ということだ。


確か母親は王都の貴族出身だと聞いた。


 リタリがフフの話をした時、領主の娘とは言ったが、一人娘だとは言わなかった。


おそらく火事で死んだと思われていたのだろう。


「フフのお姉さん……」


ずっとフフの姉をしてきたリタリの顔が青くなっている。


それを見た少年のような少女は、さっとリタリの手を取った。


「あなたのお陰でフローネア、いえ、フフはこんなに元気に育っています。


ありがとうございます」


へえ、フフの本当の名前はフローネアというのか。


かわいい名前じゃないか。


「いえ、あの、その」


本当の姉を目の前にしてリタリは焦っていた。


俺はそんなリタリに落ち着くように肩をポンポンと叩く。




「私はクローシアと言います。 ロシェとお呼びください」


女の子の姉妹だ。 だが、二人でいると目立つという理由で、彼女は妹からわざと離れた。


うん?、誰かもそんなこと言ってたなあ。


『ああ、砂族の親子も目立つからとバラバラになったらしいな』


なるほどね。


この世界の者たちは外敵から身を守るために、家族も分解するんだね。


元の世界でも借金で偽装離婚をして、離散する家族もいたな。


TVで見ただけだから、何か違う気がするけど。


 俺はふむ、と考える。


「とりあえず、ロシェはそのまま男の子として扱ったほうがいいな。


フフとも兄妹という設定にしてしまえばいい」


「あ、あの」


「その理由を知っている者のところで働けばいいさ」


俺はそう言って欠伸をする。


「ふう、これで謎も解けたし、あとは明日にしないか?。 俺はもう眠い」


俺は鞄から、予備で持っていたありったけの毛布や布団を出してリタリたちに渡す。


「どこに住むかは自分たちで決めてくれ。 おれはこの教会の隣に住んでいる。


助言くらいは出来るから、遠慮せずに相談してくれればいい」


何も望まないなら俺の手は必要ない。


だけど何かを望むなら、それが本人の意志なら、俺は手伝うのもやぶさかじゃない。


「ありがとうございます」


ロシェは何度も俺を振り返りながら教会の中へ戻って行った。


子供たちが静かになると、俺はある家を訪ねた。




 朝はいつものように教会前の掃除から始まる。


「おはようございます、師匠」


リタリとトニーが起きて来る。


俺は二人と今日の予定を話す。


「まあいつも通りだけど、あとは人数が何人になるか、によるかな」


「そうですね」


とりあえず、新地区の子供たちもここに出入りすることになるかも知れない。


俺はまずは地主のミランに話をしなければならないと思った。


 朝食をとるのも今朝は大人数だ。


井戸の仕事も大勢でやったのですぐに終わったらしい。


パン屋の娘には、金を払って追加を頼んだ。


「ねえ、これ大丈夫なの?」


配達してくれた娘は心配そうに増えた子供たちを見ている。


「はは、何とかなるよ」


俺の肩の鳥は暢気な声をしていた。




 俺はトニーに先導させて体力作りをやらせた。


やりたくない者はやらなくても良いと言ってある。


でも一通りはやってみて欲しいと伝えた。 やったことがあるのと無いのでは違う。


子供の間に身体を作ることは結構大事だからね。


 走り終えた子供たちが広場で体術の型をやり始めた。


その間に俺はロシェを呼んで、一つの家に向かった。


「いらっしゃいませ。 ネスさん」


「ネスで結構ですよ、ロイドさん」


俺、やっぱり爺さん好きなのかも知れない。 この顔を見るとホッとする。


「ほお、そちらが昨夜、話をされていた子供さんですね」


俺の後ろに立っていたロシェを前に出す。


「仕事、探してるんだろ?。 このお爺さんが手伝いを探していたんだ」


「え?、でも、それは、他の子でも」


ロシェにすれば自分より他の子を先に仕事に就かせたいんだろう。


それは分かっていたが、ここはロシェでなければならない理由がある。


「初めまして、ロシェ君。 私がして欲しい仕事は、ここの地主であるミラン様の手伝いなんだよ」


「ええっ」


驚いたロシェが俺を見上げる。


この仕事はある程度の知識と礼儀が必要になる。


「君にしか出来ないと思うよ」


俺が、ロシェを選んだ理由を話す。


ロイドさんはニッコリ微笑んで言った。


「妹さんもいるとか。 良かったら二人でここに住み込みで働くといい」


「か、考えさせてください」


ロシェは軽く挨拶をすると、すぐに家を出て行った。


いきなりの展開に追いつけず、考える時間が必要なのだろう。


俺とロイドさんは微笑ましくそれを見送った。


 そのまま夜にミランに会う約束を取り付ける。


彼も領主のような立場であることは間違いがなく、色々と忙しいのだ。




 広場に戻るとまだ体術の型をやっていた。


やはり多くの子供たちが挫折して、残っているのはトニーだけだった。


俺はトニーに鞄から出した木剣を渡す。


「やってみるか?」


トニーに教え始めて十日以上が経っている。 少し様子を見てみよう。


俺は素手だ。 トニーに打ち込ませる。


 トニーは両手でぐっと木剣を握った。


「てやああ」


と打ち込んで来る。


俺は身体を逸らして除け、ポカッと頭を叩く。


「馬鹿か。 切りますって言ってから相手に切りかかる者はいないぞ」


「う、はい」


トニーは今度は振り向きざま俺に切りかかる。


俺はその腕を取って足を払う。


「体勢が出来てないのに打ち込んでどうするんだ」


俺は地面に転がったトニーの側にしゃがむ。


「剣術を教えるのはまだ先のようだな」


トニーは悔しそうに頷いた。




 その様子を見ていた新地区の子供たちが数名立ち上がり、走り始めた。


走って行ったのは男の子ばかりだった気がする。


新地区から来た彼らのうち、年長者の女の子二人が「あいつら馬鹿だから」と苦笑いした。


彼女たちは、自分たちの仕事へと出かけて行った。


住み込みではないが、網元で魚を加工する仕事をしているそうだ。


 旧地区を一周して来た男の子たちは覚えたばかりの体術の基本をやり始める。


時々、トニーに教えてもらったりしている。


俺はそれを横目で見ながら自分の家に入った。




  俺が借りた家は、教会前の広場の海側にある。


教会との間に、井戸と竈、俺が作った大きなテーブルがある。


広場に面した表口と、井戸のほうに裏口があり、裏口から入るとすぐに台所だ。


元々休憩所ということで、小さな教室くらいの広さで台所との間に壁は無く、中央に大きな机がある。


王子が魔法陣を描くのにちょうど良い大きさだ。


表玄関から入ると短い廊下で、突き当たりも扉があるが、こっちは物置。


廊下といっても部屋とは腰までの仕切りしかなく、柱が数本見えるだけでだだっ広い。




 俺の寝室は実は中二階にある。


表口から続く廊下は右手に大部屋、左は壁で、その向こうは物置だった。


廊下の一見ただの壁しかない場所に階段が隠されている。


壁に取り付けた明かりの一つに魔道具があり、そこに魔力を通すと階段が現れるようになっている。


おそらく昔は兵士のうち、高位の者か、護衛する者を隠した部屋なのだろうと思われた。


 短い階段を上がった部屋には、テーブルとベッドがある。


俺は床に旅の途中で見つけた草を編んで作られた畳に近いゴザを敷いた。


防砂加工済みで、素足でも歩けるので、階段の上は土足厳禁だ。


 以前から家の中では素足で生活がしたかったんだよね。


おかしな話だけど、俺はこの世界に来てからのほうが人間らしい生活ができてる気がする。


「王子には感謝しかないよ」


『いや、感謝するなら宮廷魔術師のマリリエンに、だろう?』


「そうだな」


俺は杖に縋って立っていた、お婆さん魔術師の姿を思い出していた。


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