第15話 転移者は肉を食べさせる


 そろそろ夕食の用意の時間になり、俺は外に出た。


「おや、人数が減ってるな」


教会の中にいた新地区の子供たちは五歳と六歳の男の子が二人だけになっていた。


「皆、とりあえず自分たちの塒に帰ったわ」


リタリがスープを作っていた。


「余りそうなパンは持って行ってもらいましたけど、いいですよね?、師匠」


相変わらずトニーは師匠呼びか。


俺は頷いて、食材を取り出す。


「わっ、これ肉?」


リタリがうれしそうな声を上げる。


この町では魚は安く手に入る。 俺も何度か買い込んで、焼いたりスープの出汁にしている。


だが肉は高価だ。


俺の鞄の中にはかなりの肉も入っていたが、簡単に子供たちに与える訳にはいかなかった。


肉の味を覚えて勝手に山に入る恐れがあったからだ。




 良く焼いて食べさせる。


この世界では香草と煮込むことが多いが、俺は塩や胡椒に似た香辛料が手に入るなら焼くのが一番好きだ。


獣の肉だが、きちんと魔術で処理はしてある。


「おいしい!」


フフも喜んでくれる。


「これ、どうしたんですか?」


トニーがモグモグしながら訊いてくる。


「自分で狩ったのさ」


俺は猟師ではないし、山や森に入っても許可が無いと勝手に狩猟は出来ない。


だけど向こうから襲って来たモノに関しては返り討ちという狩りが許されている。


ただしその場合は売ることは出来ず、加工して自分の物とすることしか出来ないという決まりがあった。


もちろん、地元の猟師に直接売るという抜け道はあるが、その場合は安く買い叩かれることになる。




「この町でも斡旋所で狩猟の仕事があれば、狩れるんだけどね」


余所者は猟師であっても許可が必要になる。


ミランに頼んでこの土地の猟師として認知されるか、斡旋所に依頼を出してもらえばいい。


「でも、この辺りは猟といってもあの小鬼でしょう?」


あれは食べられないとリタリたちも知っている。


「うん。 一度森へ入ってみたけど小鬼が多かったな」


でも、獣がいない訳ではない。


どうも小鬼を嫌がる猟師たちと同じで、小鬼を嫌って出て来ないだけで獣の数は多いみたいだ。


 国の南に位置するこの町はあまり雪が降らない。


冬眠しない獣も多いらしい。


増え過ぎた獣たちと餌が無くなる季節。 猟をしない住民たち。


「これから餌が少なくなる冬が危険な気がするんだよね」


俺はこの町の危機感の無さが気にかかっていた。




 子供たちが教会に戻り静かになる。


俺はミランへの手土産を持って、地主の家を訪ねた。


「いらっしゃいませ」


今夜はロイドさんの奥さんのハンナさんが出迎えてくれた。


「ハンナさん。 手土産といっては何ですが、どうぞ」


俺は香草に包んだ肉の塊を出す。


「まあまあ、珍しいこと。 ありがとうございます」


そして俺はミランの所へと案内される。




 ミランは今夜も酒を飲んでいた。


「なんか用か?」


俺は、赤く酔った目をしたミランにニッコリ笑って、向かいの席に座る。


お前も飲めとグラスを用意され、注がれる。


この世界でもガラスは存在するが、王都以外ではあまり食器に使われているのは見たことがない。


ミランは王都に住んでいたというから、こういう物が好きなのかも。


「ありがとうございます」と俺はグイっと飲み干す。


ミランはニヤニヤしているが、かなり強い酒なのかも知れない。 まあ、俺には関係ないけどな。


 俺は教会の子供たちが増えた事を報告する。


「それと狩猟の件なんですが」


俺が飲んでも平気な顔をしていると、ミランがブスッとした不機嫌な顔になる。


「狩猟?、何をする気だ」


このままでは森の獣が増え過ぎて町が危険だという話をする。


「あ?、そのために魔法柵があるんだろうが」


「いえ、魔法柵は魔獣用で、普通の獣には効果はないですよ?」


ミランは驚いているが、これは本当に知らない人が多い。


「魔法柵は魔獣が嫌う魔力を出しているんです。 魔力の無い獣は素通りです」


魔獣である小鬼たちは柵を越えることはあまりないが、大型の獣なら簡単に乗り越えるだろう。


「へえ、そうだったんだ」


そう言いながらミランはまた俺のグラスに酒を注ぐ。


「それで俺にどうしろと?」


「森の調査の許可をお願いします」


あくまでも研究者と言う立場を取る。


ゆくゆくは砂漠に入って研究するために猟師の権利より、調査という言葉を利用するのだ。




「お坊っちゃま、お土産にいただいたお肉でございますよ」


ハンナが良い匂いをさせた皿を持って現れた。


「坊ちゃまは酒ばかり飲んで、あまりお食事をされませんが、これなら食べていただけますでしょう」


薄切りにした肉に香辛料がまぶされて焼かれている。


沿えた野菜も彩り良く目にも楽しい。


ハンナさんは料理上手なんだな。


「あー、肉ねえ」


ミランはこの町に戻って来てから魚は新鮮で美味しいものが多いが、美味しい肉など食べたことはないと言う。


そんな彼は一口食べて、フォークを置く。


じっくりと何度も噛んでいる。


「なあ、これ、何の肉だ?」


俺はニヤリと口元を歪める。


何だと思う?、などとやり取りをしたいところだが、ここは正直に話したほうがいいだろう。


「ドラゴンです」


ミランは目を大きく見開き、そして笑い出した。


「あっははは、冗談にしても大袈裟だろう。 確かに今まで食べたどの肉よりもうまいがな」


ふむ、と俺は考える。




「本当ですよ?、これが証拠」


俺は鞄から、ドラゴンの鱗の一枚を取り出した。


この部屋の窓よりも大きい。 部屋にギリギリ収まる大きさだ。


「こっちの方が良かったかな?」


おれは小さめの牙を取り出す。


これも部屋ギリギリだ。


「ま、待て。 分かったからしまえ」


興奮した顔でハアハアと肩で息をするミランは、俺を宥めにかかる。


ロイドとハンナ夫婦も驚いて腰を抜かしている。


「この肉がうまい理由は分かった。 お前がそういう物を持っているのも分かった。


調査も許可してやる。 だから、もう二度とアレは出すなよ」


ミランは「心臓に悪い」と胸を押さえた。


俺は「ありがとうございます」とグラスを持ち上げ、飲み干す。


「まったく、お前は色々とおかしい奴だな」


ミランは、俺に構うのを諦めたように肉を食べることに集中し始めた。


もちろん、子供たちに食べさせたのはドラゴンの肉ではない。


あんまり贅沢させると後が怖いからな。




 俺は自分の家に戻って部屋へ上がり、ベッドに横になる。


ノースターの館のような贅沢なベッドではないけど、俺にはちょうど良い固さだ。


斜めになった天井を見上げると天窓があり、星空が見える。


 この部屋は隠し部屋だったのを改装したものだ。


魔力で隠されていた壁から入れるようになっていた。


おれの姿は寝ている間は王子の姿に戻る。


出来るだけ子供たちには知られないほうがいいので、この部屋は隠れ家みたいで丁度良い。


「子供たちはやっぱり自力で生きていけるんだな」


新地区の子供たちにはもうすでに自分たちの生活があった。


元の世界のことわざを思い出す。 親は無くとも子は育つ。


『私の親のように碌でもない者ならば、いないほうが良いだろうしな』


いやいや、王子の父親はご立派な王様だよ。 母親はすげえ美人エルフ様だしね。


俺は星を見上げながら眠りについた。




 翌日、いつも通りの朝だったが、体力作りには新地区の子供たちも参加していた。


「えっと、よろしくお願いします」


荷物を抱えたロシェが挨拶に来た。


フフは少しポカンとしていたが、現在三歳のこの子と彼女が別れたのがまだ赤ん坊の頃だったと言うので仕方がない。


「お姉ちゃん?」


「そうだよ」


しばらくはリタリとロシェの顔を見比べていたが、


「本当のお姉ちゃんだよ」


とリタリが言うと、フフは少し戸惑いながらロシェの手を取った。


「お兄ちゃんじゃないの?」


と何度も訊いていたが、そこは本人たち同士で話し合ってくれ。


俺とリタリは、二人がロイドさんのところへ行く後ろ姿を見送った。




 仕事に行く子供たちは体術の途中で抜けていくが、俺は「お疲れ様」と一人ずつにリンゴを渡してやる。 


うれしそうに受け取りながら、彼らはそれぞれの仕事場に向かって行った。


 今日はこれからトニーと、彼より年上で集団の代表をしている少年を連れて斡旋所へ行く予定だ。


あとの子供たちはリタリに預けた。


サイモンと新地区からの男の子が二人で、三人だ。


「いってらっしゃい」


もう教会の中に隠れることもなく、リタリたちは手を振って見送ってくれた。


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