第13話 転移者は子供を助ける


 しばらくして、リタリが駆け込んで来た。


「大変なの、助けてネス!」


予想以上に早く助けを求められてしまった。


「どうした?」


「浮浪児狩りよ!」


たまにあることだという。


保護者のいない子供を雇うという名目で、無理矢理連れて行き、過酷な労働をさせる商人たちがいる。


小さな子供は抵抗など出来ない。


大の大人に抱えられたらそれで終わりだ。


「皆、町の中を逃げ回ってるけど、何人か捕まったって」


涙声で叫ぶリタリにフフたちと隠れるように言って、俺はフード付きのコートを引っ掴んだ。




 日頃の行いが悪いと、こういう状態になっても大人は助けてくれない。


それでも見知った顔があれば匿うくらいはするだろう。


だけど小さな子供はただ右往左往するばかりだ。


「そこはダメだ。 こっちに来い」


トニーの声がした。


「トニー、どこだ」


俺の鳥が大声をあげる。


「師匠!、こっちです」


俺は路地の奥へと入る。


トニーの足元には小さな子供が二人、蹲って泣いていた。




 さっき、港に見慣れない船が入っていた。


どうやら捕まった子供はあの船に連れて行かれたようだと言う。


「お兄ちゃんがー」


俺の顔を見て、初めは怯えた子供たちは、助けが来たと分かって俺の足に縋って来る。


「俺、一歩遅くて。 三人か四人は連れて行かれた」


敵対していても同じ子供同士だ。 俺は唇を噛むトニーの背中を叩く。


「まだ船は出ていない、間に合うさ」


トニーには見つからないようにこの子供たちを連れて旧地区の教会へ行くようにと促した。


「あとは俺が何とかする」


頷いてすぐに立ち上がったトニーに、俺は子供用の小さなリンゴを二つ渡した。




 海沿いの大通りに出ると、人相の悪そうな大きな身体をした男が二人歩いている。


キョロキョロ見回しているのは子供たちを探しているのか。


いつも騒がしい浮浪児たちの姿がないのは、もうすでにきちんと隠れた証拠だ。


「探し物かい?」


俺は赤いバンダナを口元に巻き、フードを深くかぶっている。


「なんだあ、お前は。 関係ないだろ、あっちへ行け」


シッシッと手を振る男たちに、かまわず俺は近寄る。


「俺の子供を探しているんだ。 さっきまでこの辺りで遊んでいたのに姿が見えなくてね」


浮浪児狩りに遭ったのかも知れないと心配そうな声を出す。


男たちは苦笑いをして、「知らねえな」と通り過ぎようとする。


俺は懐から金を取り出して、その内の一人の男に見せる。


「もしかしたらあの船に乗せられたかも知れない。 お前さんたち、知っているなら教えてもらえないか?」


金を見た男たちは顔を見合わせてニヤリと笑い、ついて来いと顎で示す。


俺よりかなり大きな身体をした男二人は、俺の前後に付く。


金だけ奪おうとしているのが見え見えだ。


 


 それは商人用の船で見かけは立派だが中は荒れ放題で、荷物が散乱していた。


船倉から小さく子供たちの泣き声が聞こえる。


俺はぐっと手を握り込んで我慢した。


「この下にいるかも知れねえなあ。 もしいたらどうする?」


男たちは下種な笑みを浮かべる。


「俺の子だ。 連れて帰るに決まってる」


「証明出来るのか?。 この船の持ち主の旦那から俺たちは子供たちを預かっているんだ。


もし違ったらお前さんは金を払わなきゃならねえ。


それにその子供をどうしても引き取りたいなら、その金もいるぞ」


ぐわははと下品に笑う男たち。


「いいよ。 金ならある」


俺は平気そうにたっぷり金の入った皮袋を見せる。


男たちの目の色が変わる。


「へへっ、こっちだぜ」


俺は案内されて船倉へと降りる。




 積荷に紛れて、まるで奴隷のように檻に入れられた子供たちの姿があった。


『酷いな』


俺の中で王子が怒りの炎を燃やしている。


「とりあえず全員出してもらえるかな?。 ここは暗くて良く見えない」


俺がそう言って先に甲板に戻る。


船倉の中で戦うには、あまりにも邪魔な物が多い。


やるなら甲板の上のほうが良い。


 ここは海賊船じゃないけど、俺は何度か元の世界で見た海賊映画のシーンを思い出していた。


俺はあんなにかっこ良くはないけどね。


「ほれ、連れて来たぞ。 どれがお前の子だ?」


四人の子供たちが泣きはらした目でおずおずと出て来た。


「全員だよ」


俺はすぐに魔法陣を発動し、軽く跳躍して颯爽と子供たちとの間に入る。


すぐに短剣を抜き、一番大きな子に「逃げろ」と囁いて、男たちを牽制する。


「何だ!」


相手は二人だ。 軽く振り回して相手を威嚇する。


「ほら、これで引きなよ」


俺は二人に目掛けて金を放る。




 そして船を降りたところで「待ちな」と声をかけられた。


護衛のような男二人を連れた、商人らしい男性が一人、さっき逃がした子供の一人の腕を掴んでいる。


「ぎゃああ」


子供は怪我をしていた。 その足を商人の男が蹴っている。


泣き叫ぶ子供の声を、何がおかしいのか、男たちは笑いながら聞いている。


俺は久しぶりに本気でイラッとした。


「その子は俺の子だから寄越せ」


俺は皮の袋から地面に金を落とす。


へへっと笑いながら護衛の男たちがその金を拾おうとするが、そいつらの手に俺は力を込めてダンッと足を乗せた。


「先にその子を離せ」


商人は顔を引き攣らせ、俺の顔をじっと見る。


「ふんっ、そんな僅かな金で子供を買えると思ってるのか」


俺は商人の顔を軽蔑の目で見つめる。


「へえ、子供を売り買いしたことがあるのか。 この国では禁止されているはずだけど」


男はぐっと言葉に詰まった。


「俺の子供を引き取るのに本当は金なんていらないはずなんだけど、お前たちが浮浪児狩りから守ってくれたみたいだから払ってやるんだぜ」


俺がもったいぶって金をさらにバラ撒く。


船から降りて来た二人もその金を見て拾おうとする。


「ば、ばかやろう。 さっさとそいつを叩きのめせ!」


その言葉を聞いて、俺は大きくため息を吐く。


「この程度で許してやろうと思ったのに」


ぼそりと呟くと、魔法を発動した。


<燃焼>


俺の手から魔法陣が浮かび上がる。


船が燃え上がり、商人は慌てて「やめろ!」と叫ぶ。


「分かった。 子供は渡す。 もうここには来ない!。 火を、火を消してくれえええ」


俺は<消火>を発動し、子供を背負ってその場を離れた。


わずかだけど、バラまいた金は船の修理費にでもしてくれ。




 俺は子供を背負ったまま旧地区の教会まで戻って来た。


「お兄ちゃん!」


この子が面倒をみていたらしい小さな子供が俺に飛びついて来た。


「待て待て、この子は怪我をしてる。 治療してからだ」

 

教会の中には多くの子供たちがいた。


新地区の浮浪児の集団だろう。


俺が背負っていた子を降ろすと、ワラワラと寄って来た。


「大丈夫か?。 もう追って来ないかな」


不安そうに怪我をした子を見ている。


<消毒><治療><回復>


俺が魔法陣を発動させると、子供たちが「おお」と声を上げる。




「とりあえず飯にしよう。 お腹空いただろ」


「用意出来てます」


リタリの声がして、パンを抱えたサイモンとお椀とスプーンを持ったフフ。


そして鍋を抱えたリタリとトニーが入って来る。


子供たちは、言葉は少ないが少しうれしそうな顔になった。


 教会の床に座って全員で食事を取る。


「美味しいね」


今日、海手の教会を追い出されたと言う男の子が声を上げた。


それから少しづつ声が出始め、子供たちはいつの間にか賑やかに食事をしていた。


俺はホッと胸を撫で下ろす。




 やがて空も暗くなり、子供たちは疲れたようで、皆が眠りに入る。


俺はトニーとリタリ、そして集団の代表らしい男の子と、俺が怪我を直した子供を呼んで教会の外に出る。


「お疲れ様」


俺が食事用に作った円形のテーブルに、人数分のお茶を出して座る。


「さて、これからのことを考えようか」


四人の年長の子供たちは頷く。


 新地区の子供たちの話を聞くと、空き家をねぐらにして暮らしていた。


新地区の浮浪児集団は全部で十人。


「あいつらはもう来ないとは思うが、違う奴が来ないとは言えない」


俺がそう言うと集団の代表の男の子は俯いた。


「働いている子以外をこちらで預かってもらえませんか?」


突然、怪我をした子が話し始める。


「それはどういうことかな?」


その子は真っ直ぐに俺を見る。 他の子供とは少し違う雰囲気を持っている子だ。


「ここでは子供を鍛えてくれると聞きました。


身体がもう少し大きくなれば隣町に出稼ぎにも行けます。


しばらくの間、ここに置いてください。 お願いします」


その子供は俺に対して正式な礼をとった。


俺は王子である事がバレたのかと心臓が止まるほど驚いたが、違うようだ。


おそらく、この子自体が貴族の出身なのだ。


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