第12話 転移者は家を借りる


 地主であるミランから言われた十日の期限が過ぎた。


俺は自分の望みを叶えるためにやったことだ。 結果がどうあれ後悔はしていない。


「ネスさん」


教会の横で子供たちと一緒に夕食を取っていた俺のところに、地主屋敷の使用人であるロイドさんがやって来た。


「ミラン様がお話があるそうです」


「分かりました。 食事の後で伺います」


丸い眼鏡をかけた小さな老人は頷いて去っていった。


「ネス兄ちゃん」


フフが俺の服を引っ張る。


「大丈夫だよ。 皆が手伝ってくれたからね」


悪い様にはしないだろう。


俺はトニーとリタリに先に寝るように言って地主の家に向かった。




 この辺りは時々砂嵐に巻き込まれるそうで、建物自体は皆、低めに建てられていて、教会が一番高い。


あとはせいぜい二階建てがいくつかある程度だ。


 教会前の広場の真ん中には大きな噴水がある。


今は水は出ていないが、そのうち調べて直そうと思う。


広場は細長い四角で、海からずっと教会まで続いている。 海から見て突き当たりが教会、そこまでの両脇に家が並んでいるのだ。


地主の屋敷は噴水の近く、山側にある一際大きな建物だ。


屋敷の敷地は広いが全て平屋で三棟あり、コの字に配置された真ん中の中庭に井戸がある。


その井戸も先日俺が修復したばかりだ。




 広場に面した一番大きな建物に入る。


「いらっしゃいませ。 どうぞこちらへ」


ロイドさんが玄関ロビーから奥へと案内してくれる。


今夜は先日とは違う豪華な部屋だった。


「いよう、大魔術師様」


すでに酔っているミランが酒のグラスを持ち上げて俺に笑いかける。


俺は酔っ払いに苦笑いを返す。


 俺がミランの前の椅子に座ると、ロイドさんが書類を持って来た。


「貸家の書類です。 どこでもお好きな場所の家を無料でお貸しします」


条件は特に無いが、この町に不利益を与えれば誰であろうと没収、追い出される。


それを判定するのはこの若い地主のミランである。


「合格、ということでいいんですか?」


俺の肩に停まっている鳥がしゃべる。


「ああ、井戸の復旧なんて、ありがたくて涙が出るね」


ミランの顔は褐色の肌に赤みを帯び、目も赤くトロンとしている。


俺は、懐から魔道具の黒いペンを出し、素直に書類に署名した。


このペンは文字板で筆談することが少なくなった今でも肌身離さず持っている。


「お前さんが持って来たこの酒はべらぼうにうまいな」


そう言いながら、俺にも勧めて来る。


王宮の料理長の奥さんであるおばちゃんが送ってくれた酒だ。


俺を酔わせるためにかなり強い酒精のはずだが、ミランは喜んで飲んでいた。


「こりゃあ王都の酒だろう。 あんた、王都の出かい?」


「さあ?」


俺は注がれた酒を飲む。




 酒で舌が回り易くなったのか、ミランはベラベラと話し出す。


「俺は数年前まで王都で学生をやってたんだ」


かなりやんちゃな学生だったようで、酒を飲んでは喧嘩ばかりしていたそうだ。


ここの地主だった父親が病に倒れ、跡を継ぐために戻って来た。 母親はとっくに亡くなっていて、兄弟もいない。


身内は父親とその片腕だったロイドさん、その奥さんのハンナさんだけだ。


「地主と領主は違うのですか?」


この町に何故二つの地区があり、二人の主が存在するのか。


俺はそこに興味があった。


「昔話はロイドに訊け」


ということで、その後はロイドさんが話してくれた。




 昔は一つの貴族領しかなかった。


砂族と共存して、少しは栄えていたらしい。


だがある日、王族がやって来て、町の半分以上を占めていた砂漠を緑に変えた。


穀倉地帯になったのだ。


「それが隣のウザスの町です。 ここはまだ砂漠でした。


ミラン様のご先祖は兵士の隊長をされていて、王族と共にやって来たそうです」


兵士たちは砂族を追い払い、穀倉地帯には農民が住むようになる。


海沿いは軍が港を作り、そこに商人が集まってくる。


やがて、ウザスは大きな港町になっていった。




「王族が去った後も兵士たちは辺境警備隊としてこの土地に残り、町を作っていきました」


砂族は狭くなった砂漠に追いやられて行った。


 王族の魔法の影響は拡がり続け、砂漠だった土地が町になると、王都の文官がこの新しい町にも領主が必要だと言い出す。


ミランの先祖にも功績をあげた褒賞として領主にという話があったが、その人物は辞退した。


「その代わりに、自分が開拓した土地をもらう、つまり地主になることを希望されたのです」


サーヴの町はそうして出来上がった。 この町一帯、全てがミランの先祖の土地だったのだ。


 ところが、町が栄え始めるとそこへ他の土地から貴族たちがやって来る。


「こんな辺境地に来るくらいだから、訳アリばっかりだったんだろう」


ミランは時々口を挟み、酒を飲んでは愚痴をこぼす。


 隣町の領主は穀倉地帯に彼らを住まわせることを嫌い、新しい開拓地のほうを勧めた。


元兵士である地主では、そんな貴族たちをうまく扱えるはずはない。


住民たちに金をばらまいて人気を得ると、


「あんな兵士崩れより、ちゃんとした貴族の領主が必要だ」


と言って勝手に領主を名乗り出した。


やがてそれはサーヴの町を二つに分けることになっていく。




「まあ、数年前、親父が倒れて俺が戻って来た時に、王都の文官が見かねてな。


ウザスや新地区の領主には『旧地区には手を出すな』って脅しをかけてくれた」


ミランの父親は家督を譲るとすぐに亡くなってしまう。


それから井戸が枯れるなどの嫌がらせが始まったらしい。


ウザス領主は、王都までは届かないと思って勝手し放題だ。


「それだけじゃねえ。 最近は流通も止まりがちだ」


父親の死因が心労だと聞くと、もっと以前から嫌がらせは続いていたのかも知れない。


「まあ、俺の代でこの町も終わりだろうけど、俺がいる間は俺の好きにさせてもらうさ」


酔っぱらいは褐色の肌に良く似合う白い歯を見せ、明るい茶色の瞳で俺を睨む。




「いいんじゃないですか」と俺は答えて、出されたお菓子を口に入れる。


少し甘みが足りないな。


俺は鞄から蜂蜜の瓶を取り出して、皿の上の菓子にかける。


「お、うまそうだな。 俺にもくれよ」


大柄な体で黒い髪が子供のように俺に迫る。


「仕方ないなあ。 少しだけですよ」


この酒には甘い物は合わない気がするけど。


「うん、甘いな。 ロイド、ハンナにも分けてやれ」


自分の皿を家族同然の使用人の老人に渡す。


俺はこの男が嫌いじゃないなと思った。




 翌朝、俺がいつものように教会の前で掃除をしているとロイドさんがやって来た。


「昨夜はありがとうございました。


久しぶりに同じ世代の者と話が出来て、若様も喜んでおりましたよ」


しみじみと話してくれる。


そして家の候補を何件か見せると言ってくれた。


「いえ、もしよろしければこちらの家にしようかと」


俺が指さしたのは教会の隣の平屋で、普通の家というより、集会所のような建物だった。


旧地区の中は今までも何度も歩き回っているが、他に良さそうな物件はなかった。


「昔の兵士用の休憩所ですが、よろしいのですか?」


俺は頷く。 一番の決め手は教会に近いことだからな。


あとは自分でどうとでも改装出来る。


「分かりました。 鍵を持って参ります」


ロイドさんが持って来た鍵を受け取り、俺はその家に入る。


子供たちもやって来たが「お前たちは教会だ」とニッコリ笑う。


そこまで面倒は見ないぞ、っと。


ここは俺と王子の家だ。




 俺は知っている。 最近、広場でトニーたちを鍛えていると、他の子供たちが見に来ていた。


おそらく新地区の浮浪児の集団の子供たちだろう。


気になるんだろうと思う。


そんな中でトニーたちを家に入れてしまうと、その子供たちはライバルを失う。


同じだからこそ張り合うのだから、トニーたちは出来るだけ彼らと同じ条件のほうがいい。


俺と王子は何かあれば彼らも助けるつもりでいる。




 俺が新しい家を掃除していると、リタリがフフたちを預けに来た。


「海手の教会から今日追い出される子供を迎えに行ってみるわ」


うまく新地区の集団に入れればいいが、五歳の子供は足手まといになるのが分かり切っている。


下手をすれば一人で生きていかなければならない。


「分かった。 気をつけてな」


俺はリタリに小さな子供用のリンゴを持たせる。


「俺が付いてくよ」


トニーが自らそう言い出して、二人で歩いて行く。


 俺は彼らが自分で言い出したことを否定したくなかった。


危ないと思っていても、それは彼らも分かっている。


俺はただ彼らが助けを求めて来たら手を差し伸べてやるしか出来ない。


二人の背中を、俺はフフとサイモンと一緒に見送った。


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