第11話 転移者は師匠と呼ばれる
「あとは、ここに私の分の木材も置かせていただければ助かります」
生の木は乾燥させるためには数年かかる。 薪として割ってあるものでも二年はかかる。
ここは砂漠が近いので気候的にはもう少し早いそうだ。
「分かった。 その分は俺の所で預かる。 いつでも取りに来い」
店主と一緒に斡旋所へ向かう。 樵のお爺さんもついて来た。
食堂は夕方の忙しい時間帯に入っている。
カウンターで木工屋の親父さんに完了の手続きをしてもらっていると、食堂の娘は忙しそうにしながらもチラチラとこちらを見ていた。
「ほらよ。 カードを返すぜ」
「ありがとう」
すでにフードはかぶっていない。 念話鳥を肩に乗せている。
この町で暮らしたいと思うなら、あまり胡散臭い姿はしていられない。
「あんた、何これ?。 血じゃないの!」
俺の上着を見て、食堂の娘が声を上げた。
「ああ、小鬼ですね」
「ウンウン。 あれはすごかったなあ。 お前さんが短剣も使えるとは思わんかったわ」
魔術師というと魔法頼りで腕っぷしは弱いというのが普通らしい。
お爺さんが俺が小鬼を倒したことをまるで武勇伝のように娘に話した。
「いやいや、実際にはそんなにたいしたことはしていませんよ」
避けて刺して、転がして切って、ただそれだけだ。
娘は顔を青くしている。
「そんな危ないこと」
「それが私の仕事ですから」
俺はそう言って首を横に振る。
お爺さんたちはこの食堂で晩飯を食べて行くらしい。
俺は一人で外に出た。 背中に猟師やその他もろもろの視線を感じながら。
教会に戻ると子供たちはじっと待っていた。
「ただいま。 食事はした?」
俺の側に来て上着の裾を掴んだフフの頭を撫でる。
「パンがあるから、スープでも作るか」
「あ、作っといた」
リタリが顔を少し赤くして鍋を指差す。
食材と食器は少し教会の倉庫に置いていた。
「おー、ありがとう」
大袈裟に驚いて、笑顔を向ける。
教会横の竃の側に、魔術で土を固め、皆で囲めるくらいの大きな楕円形のテーブルを作る。
これからは朝晩の食事はここですることにした。
「晴れが続いてるけど、雨は降らないのかな?」
皆でワイワイと話しながらの食事だ。
「降ることもあるけど、ほんとにたまーにだよ」
サイモンがしゃべると、今まであまりしゃべらなかったのでフフが不思議そうに見ていた。
「そか、でも風で砂が飛ぶしなあ」
ここだけでも屋根が必要かも知れない。 せめて、井戸に詰まっていた石で石塀でも作ろうかな。
そんなことを考えながら食事を終え、井戸から汲み上げた水の状態を見る。
「大丈夫そうだな」
「うん」
子供たちはうれしそうに笑っている。
「明日からここの水を汲んでもいい?」
「ああ、もちろんさ」
俺は木工屋で買って来た大きめの木の桶をいくつか出す。
「これと荷車で少しは水くみの仕事が楽になるかな?」
トニーに渡すと頷いている。
「ありがとうございます。 助かります、師匠」
大人っぽい口調に、自分でも少し気恥ずかしいのか照れている。
「師匠ねえ」
俺はトニーの師匠になるのか。
そんなことを考えながらその日は寝た。
俺はいつも通り、朝は早めに起きて教会の前の石段を掃除する。
リタリが来て一緒にやるようになった。
「風が吹くとすぐ砂だらけになるのに」
無駄な努力だと言いた気だ。
「これは気持ちの問題なのさ」
自分の意志でここに住む、ということをこうして表している。
「住む以上は気持ち良くしたいだろう?。 置いていただいている神様に感謝してさ」
教会の内側は魔術で掃除はしたが、やはり砂は入り込む。
水が使えるようになったので、桶に水を汲み、椅子や床を水拭きする。
そうしている間に、他の子供たちが起きて来て、彼らは水くみの仕事に出て行った。
帰りにはパン屋から食料を受け取って来る。
「よお、ここかい?」
俺と子供たちが朝食を取っていると、木工屋の主人が来て井戸の大きさを調べる。
「ふむ、これくらいならすぐに付けられるな」
屋根付きの滑車がついた釣瓶を付けてくれるそうだ。
「よろしくお願いします」
と子供たちと一緒にお願いした。
朝食が終わると俺はトニーに体力作りをさせる。
「私も一緒にやってもいい?」
リタリが言うと、フフとサイモンも一緒にやると言い出す。
トニーはブスッとしていたが、俺はまあいいかと許可する。
ただの走り込みと、基本の体術だけだしね。
俺は王宮の庭でガストスさんに教えてもらった体力作りを続けている。 それを一緒にやるだけだ。
まずは旧地区の周りを走る。
海から山に向けて石畳の広い通りを駆けあがり、魔法柵まで行く。
戻りは砂漠沿いの砂場を速度を落として走って帰って来る。
砂地の足元は走りにくく、一周だけとはいえ、結構足腰にくるな。
フフは足が遅いので俺はそれに合わせてほぼ歩きだ。 トニーたちには一周余計に走ってもらう。
走り終わると今度は教会前の広場で、十分に身体をほぐす。
足や手を伸ばし、腰や腕をグルグル回して柔らかくしておく。
「じゃあ、あとは見様見真似でいいから、適当にやってくれ」
俺はそう言って体術の型を繰り返す。
ガストスさんは一般兵から近衛兵にまで上り詰めた人だが、基本的には下級貴族出身の苦労人だった。
その出自から隊長にはなれなかったが、真面目さと狡猾さも持っていた。
臨機応変に戦場を渡って来た彼は、国王の信頼も厚く、引退後も王宮にとどまらせたほどだった。
その人が作り出した体術の型は、今でも兵士たちの基本的な体力作りに使われている。
子供たちの真剣な姿を見ながら、俺は自分もこうだったのかなと少し恥ずかしくなる。
午後は子供たちに案内してもらって、旧地区の他の井戸も調べた。
やはりどこも同じように、大きな石が放り込まれていた。
『生活のために必要な水を。 何故こんなことをするんだ』
王子は怒ってるけど、おそらく新地区の領主の関係なんだろうなと思う。
樵のお爺さんも言ってたけど、今の領主はあまり良くないらしいからね。
俺は一日に一つと決めて井戸を修復し、翌日は石や砂を片付けるのに半日かけた。
つまり、二日で一つの井戸が使えるようになる。
その間に木工屋の主人が来て、屋根付きの釣瓶を一か所づつ作ってくれた。
約束の十日目、俺は旧地区の五つの井戸、全ての清掃、修復を完了する予定だ。
その完成前夜、俺は新地区に一番近い井戸の側にいた。
物陰に隠れて見張っている。
すべての井戸の修復が完了間近であることは、子供たちが騒ぎ、大人たちが感謝して新地区で触れ回ってくれた。
井戸枯れの原因が人為的である以上、その犯人は必ずまたやるだろう。
旧地区への嫌がらせだとしても、住民の命にかかわる水だ。
王子は『許せない』と怒りに燃えている。
俺は、王子でも怒りを露わにするんだなと、少し微笑ましく思った。
夜中過ぎに物音がした。
人の気配が三つほどある。 重い荷物を乗せた荷車が軋む音がする。
「おい、急げ」
「おお」
井戸の側にその荷車を置くと、一人が井戸を覗き込む。
「くっそ。 きれいになってやがる」
当たり前だ。 俺が魔術で掃除して、ちゃんと清潔を維持する魔法陣を周囲に埋め込んである。
男たちは荷車から何かを降ろし、井戸に放り込もうとした。
「ぐえっ」「な、なんだ」「いってえ」
三人の男たちの側に、放り込んだはずの物が落ちる。
入れても入れても、井戸からはそれを受け付けないというように戻って来る。
「ちくしょう。 これじゃ埒があかねえ。 この手は使いたくなかったが」
そう言うと一人の男が懐から何かが入った瓶を取り出す。
それを井戸へ入れようとしたところで、誰かが姿を見せた。
「そこまでにしてもらおうか」
俺じゃない。 カンテラを下げた旧地区の住民が何人かそこにいた。
「それは何かな?」
先頭にいたのは地主のミランという褐色の肌をした若い男性だ。
「逃げろ!」
一斉に走り出す三人を、俺が足止めする。
<拘束・縄>
「ひぃいい」
縄が蛇のようにうねり、三人の男たちに襲い掛かった。
俺は一人の男の懐から、先ほどの液体の入った瓶を取り出す。
『毒だな』「やはりか」
俺はそれをミランに渡した。
どうせ入れようとしても桶以外は井戸の中に入らないように設定されているけどね。
そして俺は、後はミランたちに任せて教会へと戻った。
トニーとリタリが心配そうに起きて待っていた。
「大丈夫。 もう終わったよ」
俺がそう言って笑顔を見せると、二人も安心したように一緒に毛布にくるまった。
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