第6話 転移者はパン屋と交渉する
俺は前回と同じように農家を回って小麦を回収する。
小さな子供がいるので驚く者もいたが、概ね快く受け入れてくれた。
「それじゃあ、ちびちゃんたちにはこっちをあげよう」
お年寄りからは小麦ばかりでなく、野菜やお菓子をもらうこともあった。
「ありがとう」
子供らしい笑顔を向けると皆ほっこりとしている。
トニーも知り合いに会うことなく、無事に仕事は進んだ。
しかし、配達をこなすには魔法鞄に入れなければならない。
俺は子供たちに嘘を教えるのも嫌だったが、小さな子供に教えて誰かに伝わるのも怖い。
その上、穀物を乗せた荷車を峠の危険地帯へと運び込むわけにもいかなかった。
というわけで、子供たちの目を盗んで小麦の袋をしまうことにした。
知らなければ何も話せない。
「あれ?。 小麦どこ行ったの?」
「気にしないでいいよ。 ちゃんと片付けたからね」
子供たちは不思議そうにしていたが、俺が特に気にしていないので何も言えない。
初めての仕事だし、そういうものだと思ったのかも知れない。
俺は冷や汗をかきながらも無事に峠を越えた。
新地区の教会に着いた。
「まあまあ、先日の方ね。 たくさんの小麦をありがとう」
前回、俺が荷車に積んでいたのは少しだったのでがっかりしていたが、物置を見たら思ったより多くて置いてあって驚いたそうだ。
「いえ、ちゃんと規定通りの仕事をしただけですので」
俺はそう言って今回の分を降ろす。
「本当にありがとう。 これでまた一年子供たちにひもじい思いをさせずに済みます」
トニーが荷下ろしの手伝いをしてくれる。
大量の小麦はもちろん食料として使うが、一部は他の食料と交換したり、必要な物を手に入れるために売ったりするそうだ。
荷車に残ったリタリたちは、ここにはどうも追い出された時のトラウマがあるようだった。
「教会の事情は分かってるけど、やっぱり五歳じゃ無理よ」
かなり無理矢理追い出されるらしい。 泣き叫ぶ子供の声が聞こえて来るようだ。
リタリは教会から子供が追い出される度に来ていた。
そうして引き取り手のない子供を、この町の浮浪児たちの集団に迎え入れるのだ。
「あんまり悪いことをすると大人になってから雇ってもらえなくなるし」
皆、どんな仕事でもがんばって引き受けている。
それでも小さな子供には無理なことは多い。
「だからなるべく集団で仕事をするの。 そうすれば何とか皆で食べられるから」
庇い合って生きる子供たち。
リタリの話を俺はただ頷いて聞くしかなかった。
旧地区に戻った俺は、空になった荷車を教会の物置に入れておく。
「この町の斡旋所へ報告に行って来るよ」
俺はリタリたちにそう言って、トニーだけを連れて出張所のある食堂へ向かった。
「いらっしゃい。 あら、お兄さん。 まだこの町にいたのね」
食堂の娘が俺に馴れ馴れしく近寄る。
そして俺が子供を連れているのを見て顔をしかめた。
「何よ、この子。 この前、追い出されてた子じゃない」
俺は気づかないふりをして、彼女に仕事の報告をお願いする。
「二人分です。 お願いします」
「ふーん。 まあいいけど」
混み始めた店内で手早くカードを確かめ、俺たちは外に出た。
夕暮れに染まり始めた町を、ねぐらの教会へと急ぐ。
自分のお金を手にし、トニーは少し興奮しているようだ。
「これ、本当にもらっていいの?」
帰り道を歩きながらずっとそう聞いてきた。
「ああ」
俺はそんな少年の姿を見ながら、背後からずっと俺たちを見ている気配を感じている。
おそらくこの町の浮浪児たちの集団だろう。
しかし俺には彼ら全員を助けてやることは出来ない。
『私が本物の王子だったら助けられるのかな』
王子。 あなたは本物でしょうが。
無理はいけないよ。
王族であることを利用すれば、すぐにでも王都へ連絡が行ってしまう。
下手をすれば、この国、全てを敵に回すことになる。
今は我慢してくれ、王子。 もっと力を付けて、せめてこの町の子供たちくらいは救えるようになろう。
『ああ、そうだな』
王子である必要がないくらい、俺自身が力を付けようと心に誓う。
翌朝、子供たちが水くみの仕事に行っている間、俺は教会の前を掃除していた。
しばらくして、子供たちががっくりと肩を落として帰って来る。
「どうした?」
俯いたリタリの代わりにトニーが俺の側に来た。
「パン屋の親父が、もうパンは売れないって」
やさしそうな親父さんだったから、いじわるで言ってるわけではなさそうだ。
「わかった。 俺のを分けてやるから、先に朝食を食べていてくれ」
鞄から食べ物を出して渡し、教会の中に入っているように伝えてパン屋へ向かった。
店の表から入る。
本来ならとっくにパンを焼く香ばしい匂いがするはずだが、店内は静かだった。
陳列しているパンも少なく、固いパンが置いてあるだけだ。
「あー?、誰だ」
背の高い男性が出て来た。
一応、客なんだけど、と思いながら苦笑いを返す。
「売り物はこれだけですか?」
俺の肩の鳥がしゃべる。 棚に残っているのは、旅などに持ち歩くための乾パンのような携帯食だった。
俺を怪し気に見ていた店主らしい男性は、
「ああ、そうだ」
と、ぶっきらぼうに答える。
「売り物が少ないのは何か理由が?」
大きくため息を吐いて店主が乱暴な口調で話し始めた。
「今年は何故か小麦の配送が遅れている。 更に俺の店は旧地区だからって、いつも後回しにされるんだ」
材料である小麦が入手出来ないらしい。
「新地区の教会には入荷していましたよ。 あそこでも手に入るのにですか?」
「ああ」とパン屋の店主は肩を落とした。
あの教会から売り出される小麦もなかなか手に入らないそうだ。
「この町じゃ何でも新地区が優先だからな。 この店に入るのはいつになるやら」
どうやら当分無理そうだとため息を吐く。
声を聞いて心配になったのか、十二、三歳くらいの少女が奥から出て来た。
「お客さん、ごめんなさい。 仕入れが止まってて、今、店にあるだけしかないの」
そう言って顔を曇らせ、謝ってくる。
俺はしばらく考えて、店主とその少女の顔を見た。
「実はお願いがあるのですが」
俺は店の棚にあった携帯食を買って代金を払い、ついでにと話をする。
「私は斡旋所の仕事で小麦の配達をしたのですが、農家の皆さんから賃金代わりに小麦をもらいまして。
でも置き場所がなくて困ってるんですよ。
どうでしょう、この店の倉庫が空いているなら置かせてもらえないでしょうか」
仕入れが出来ないと言ってるのだから、当然倉庫には余裕があるだろう。
しかし、初めて見る胡散臭い男の話に、親子は戸惑っている。
「無料でとは言いません。 しかし余分な金は持ち歩いていませんしね。
その代わり、置かせていただく代金を小麦でお支払いするというのはいかがでしょう」
「はあ?、どういうこった」
とりあえず、裏の倉庫へ案内してもらう。
思った通り、店の裏にある倉庫は空っぽだった。
小麦を小麦粉に挽くための石臼だけがポツンと置かれている。
俺はわざと一度外に出るふりをして、小麦の袋をとりあえず少し取り出す。
「さて、ここに私の小麦の袋があります。
それを置かせていただけるなら、二袋をそちらに差し上げます。
私は独り者ですから、そんなには食べられませんしね」
長く置いてもらうことになるので、その代金としては妥当ではないかと思う。
「う、むう」
「お、お父ちゃん。 二袋もあればしばらくはパンが焼けるよ」
小さな声で娘が父親に訴えている。
「それともう一つお願いがあるのですが」
店主は「そら、何か怪しい事を言い出した」という顔で俺を見る。
「実はこの小麦で私用のパンを焼いて欲しいんです。
一日三食分。 それに子供が四人いますので、その分もお願いします。
毎日取りに来ますので、代金は小麦でお支払いしますよ」
つまり、作る材料の仕入れはいらず、作ればその分の代金がまた小麦で手に入る。
「悪い話じゃねえが、あんまり話が出来過ぎてて」
店主は困った顔をしている。
その時、娘が大声を上げた。
「あーーーー、あんた、教会の子供たちと一緒にいた人だね」
子供が四人と言ったので気が付いたらしい。
「ええ、そうです。 この店のパンが食べられなかったと、とても残念がっていまして」
昨日は子供たちと一緒に隣町から小麦を運んで来たと言うと驚かれた。
「そうか。 あんたが運んでくれたのか。 そういうことならパンは焼いてやる」
俺も、パン屋の娘もほっとした笑顔になる。
「それではよろしくお願いします」
俺はパン屋の親子に見送られ、教会へと戻った。
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