第5話 転移者は世話を焼く
俺は少しその場で待ってもらって、建物の影に隠れて念話鳥を出す。
「お待たせしました。 私はネスといいます」
丁寧に挨拶した。
「私はロイドですじゃ」
老人は俺の肩の鳥に驚いている。 悟られないようにしている顔が少し引きつっていた。
「えっと、俺は声が出ない病気なので、鳥に代弁させています。
昨日この町に着いて、教会で寝させていただいたので、ほんの少し恩返しを」
「そうかい」と老人は微笑み、そして屋敷へ戻って行った。
俺は少し首を傾げ、また掃除を始める。
「何してるの?」
リタリが起きて来たが、まだ半分寝ぼけている。
「掃除?、そんなもの無駄よ」
「まあね。 でもやらないと落ち着かないんだ」
俺の肩の鳥がしゃべる。
そして掃除を続ける。
「手伝うわ」
そう言って彼女は俺から箒を取り上げた。
教会の窓を洗うために桶を出して、魔術で水を出す。
桶の水を窓にぶっかけて洗おうとしたら、リタリが怒った。
「な、何やってんの!。 水は貴重なのよ」
リタリは駆け寄って、もったいないと桶を取り上げた。
「え?」
俺はただ洗おうとしただけなんだが。
「ネス兄ちゃん、すごい。 お水出した」
フフがいつの間にか起き出していて、俺に飛びついて来た。
「あんた、魔術師だったんだ」
トニーも目を丸くしていた。
いや、昨日竈に火付けたりしてたの見てなかったのか?。
んー、どうするかな。
サイモンと呼ばれている無口な男の子がリタリの袖を引っ張った。
「あ、ごめん。 もう時間ね、行かなくちゃ」
「どうした?」
リタリたちが出かける用意を始めた。
「私たち、この町で水くみの仕事をしてるの。 もうこの旧地区には水が汲める井戸が一つしかないから」
子供でも出来る仕事として、一ヶ所しかない井戸から水を汲み上げ、お年寄りの家に届けるのだという。
「俺も手伝って来るよ」
トニーも一緒に行くことにしたと言う。
俺も彼女たちの後を追った。
旧地区には井戸が五つあり、そのうち四つが枯れていた。
教会横、網元の屋敷の裏手にある宿屋前、そして昨日見た畑の跡地と地主の家の中庭。
まだ水が汲めるのは、新地区との境にある石畳の道の傍にある井戸だ。
おそらく馬小屋があったのだろう。 屋根や壁が少し残っており、砂から井戸を守っていた。
子供たちはまず届け先の家へ行き、桶などの水を入れて運ぶ容れ物を受け取る。
そして井戸へ向かい、汲み上げた水をそれに入れて、家へ持って行って水瓶に入れていく。
子供たちが運べる水は少なく、何度も往復することになる。
俺は少し離れて、ただそれを見ていた。
荷車を貸そうかと思ったが、鞄から出すわけにもいかない。
色々魔道具は持ってはいるが、それを貸したらあの子たちの仕事を奪うことになるかも知れない。
下手に手を出さずにもう少し様子を見ることにした。
子供たちは自分の腹に水だけを入れて、二軒の家の手伝いを終える。
僅かな小遣いをもらい、小さなパン屋へ向かった。
裏口で声をかけ、店の親父さんが出て来ると、そのお金で小さなパンを買う。
俺に気づくとフフは駆け寄って来て、
「はい」
と俺にパンを一切れ差し出す。 昨夜の食事のお礼らしい。
朝の分はこの一切れだけで、あとは夜に回すそうだ。
俺は「ありがとう」と受け取り、軽く頭を撫でる。
「一緒に食べような」
そう言って四人の子供たちと一緒に教会へ戻った。
疲れている子供たちにお茶の水筒を渡してやり、ついでにノースター名産のリンゴを取り出す。
「これは俺が育てたリンゴという果物だ。 食べてみてくれ」
そう言って渡す。
最初は恐る恐るだったが、次第にシャリシャリと食べ始めると顔が綻んでいた。
「おいしい」
無口なサイモンもそう言ってくれた。
うれしくなった俺は、十個ほど取り出す。
「これはフフがくれたパンのお礼だから遠慮するな」
まだ鞄の中には箱詰めされたリンゴが大量に入っている。
「ありがとう、ネス兄ちゃん」
トニーが二つ受け取り、残りをリタリに渡した。
うれしそうに受け取った彼女は自分の鞄にそれをそっとしまっていた。
「トニーも手伝ってくれてありがとう」
リタリの言葉に、照れ臭そうに頭を横に振って俯いていた。
子供たちは、そのあとは特に何をするでもなく、一日を過ごしている。
たまに外に出るのは手洗いや井戸へ水を飲みに行くときぐらいだ。
教会の中に隠れるようにしているのは、どうやら新地区の者たちとの接触を避けているらしい。
「この町じゃ子供でも仲間じゃないと攻撃してくるからな」
トニーがそんなことを言う。 ああ、昨日の怪我はやっぱり縄張り争いだったのか。
「私たち、以前は新地区にいたの。 でもこの子たちがいじめられていたから」
口が重くなるリタリを見て、俺は察してしまう。
「なるほどね」
人間っていうのは、集まるとどうしてもイジメる相手を探してしまうようだ。
「ネスさんにあんまり甘えちゃうと、いなくなった後が怖いね」
リタリがそんなことを言う。
「あいつらに目を付けられてる俺は、ここに居たら迷惑かな?」
隣の港町から来たトニーは、隠れている三人に対して肩身が狭そうにしていた。
しばらくは様子を見るつもりだったけど、子供たちの事情は結構緊迫している気がする。
俺は夕食用のスープを作りながら、四人の子供たちのこれからを考える。
でも、どう考えても俺の側にいるほうが彼らは危険なんだよな。
『こちらのことがバレなければいいんじゃないか?』
王子は子供たちには同情的だ。
いや、俺も何とか助けたいとは思うけど、子供である彼らを独り立ちさせるにはかなりの時間がかかる。
それまで俺と王子で責任を持てるのだろうか。
ふと顔を上げると、考え込んでいる俺を子供たちが食事にも手を付けずに見守っている。
「うーん。 俺もそんなに金持ちじゃないから働かないといけないし。
とりあえず斡旋所の仕事を一緒にやってみよう。 手伝ってくれるか?」
「うんっ」
フフは大きな声で返事をして、パンにかじりついた。
「何をするの?」
トニーも俺の顔を見ながら、やっと安心して食べ始める。
「私たちも何でもするわ。 ね、サイモン」
リタリはサイモンに顔を向けながら笑った。
サイモンはコクリと頷く。
「じゃあ、まずは」
俺は子供たちに向かって真面目な顔をした。
「ネス兄ちゃんじゃなくて、ネスと呼んでくれ」
子供たちはキャッキャッと笑った。
翌朝、水くみの仕事が終わると、俺は子供たちを連れて峠を越えた。
隣町の斡旋所へ行くと言うと、
「隣の町へ行くのは初めて」
とリタリたちは少しはしゃいでいたが、隣町出身のトニーだけは少し沈んでいた。
「どうする?。 嫌なら待っててもいいぞ」
とトニーに訊くと、
「ううん。 手伝う」
と答えた。
別に悪いことをしているわけではないので、普通に町へ行けばいいだけだ。
途中で俺は一旦森に入り、子供たちに見えない位置で荷車を取り出す。
「ここに隠していたんだよ」と言って見せ、荷車に小さなフフを乗せて俺たちは斡旋所へ向かった。
人目が多くなると俺はフードを深くかぶり、念話鳥をバンダナに戻す。
「人が多いところでは鳥は隠れている」と子供たちには説明する。
子供たちを外で待たせて斡旋所に入ると受付の男性の元へ向かう。
「やあ、君か。 昨日は助かったよ」
「どうも。 まだ荷運びの仕事はありますか?」
「おお、あるよ。 サーヴ行きはこれだけ溜まってるんだ」
そう言って数枚の紙を見せてくれた。
「これを全部預かってもいいですか?。 数日かけてやりますので」
そう言うと受付の男性はうれしそうに微笑んだ。
「本当かい?。 それは助かるよ」
そう言って俺のカードを受け取ってくれた。
「一つ聞きたいのですが、この斡旋所では何歳の子供から働けますか?」
俺が王都で働き始めたのは確か十三歳の時だった。
「この町では成人が最低条件だね。 でも大人と同行するなら十歳から予備員として働けるよ」
「そうですか。 では一人連れて来ますので手続きをお願いします」
「ああ、いいよ」
俺は一旦外に出て、トニーを中へ呼び込んだ。 受付の男性に引き合わせる。
「トニー。 斡旋所に登録しておこう。 この人に詳しいことを教えてもらってくれ」
そう言って俺は先に外に出る。 荷車の側に小さな子供だけでは心配だったからだ。
しばらくしてトニーが緊張した顔で戻って来た。
「ありがとう、ネス」
俺に真新しいカードを見せて、ニカッと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます