第4話 転移者は砂漠を眺める


『これが砂漠か』


王子は初めて見る砂漠の光景に感嘆のため息を漏らす。


俺も直に見るのは初めてだ。


見渡す限り砂の山。


風が波のような砂の上を流れていく。


 俺は少しこの辺りを歩いてみることにした。


砂漠に沿って海に向かう。 空き家が並ぶ通りを抜けるとその先は海岸だった。


海に沿って幅広い通り道があり、所々にヤシの木のようなものや防波堤代わりなのか大きな石が並んでいる。


砂漠の延長上は、その石を乗り越えて、砂が川のように海に流れ込んでいた。


「国境の砂漠か。 なるほど」


この砂の川の向こうが他所の国。


砂が遠浅の海を作り、船は遠回りを余儀なくされる。


遠海は魔獣が出る。 この国境の海域を通るのはかなり難しい。


おそらく大きな船が必要になる。


 船の他に国を渡る手段は、砂漠を渡ること。


この砂漠を渡るには一体どれくらい時間がかかるのだろう。


どちらにしても入出国は命懸けだな。




 俺は踵を返し、今度は砂漠沿いを山の方向に向かって歩く。


教会まで戻ったが、そのまま通り過ぎる。


二十軒ほどある住宅地が途切れると足元は砂地になり、所々に畑の跡があった。


やがて森が見えて来て、砂地から土の地面に変わる。


「魔法柵だ」


森の手前で柵にぶち当たった。


いつの間にか坂を上っていたらしく、その魔法柵はずっと新地区の山手へと続いている。


石塀のある館の並びの裏手にずっと延びているのだ。


砂漠地帯を見ると、山の方はやはり森になっている。


そちら方面には柵は無い。


『危ういな。 どうせなら砂漠方面にも柵を延ばせば良いものを』


柵は旧地域の端で折れて、山へと向かっていた。




 砂漠の山側も途中で砂から土の地面になった。


こちらは森というより山林だ。


急勾配の山肌が続いていて、山頂は見えないがかなり標高は高いらしく、遠くに雪を頂く山々が見えた。


「これなら砂漠でも水が期待出来るかも知れない」


『雪解け水か』


北の辺境地で領主をしていた経験から、雪山からは春になると川に水が溢れることを学んでいる。


「伏水流っていうんだったかな。 水がないように見える場所でも地下を流れる川があったりするんだ」


『そうか、砂漠の下の地盤によっては地下水があるのか』


「うんうん。 それの調査が出来ればいいな」


そんな話をしながら俺たちは教会まで戻って来た。


「もしかしたら、この砂の向こうに砂族の生き残りがいたりしてな」


『なるほど』


王子は何だかワクワクしているようだ。


『色々調べたいな』


日暮れが近くなると、広場の周辺の家には少し人の気配がしていた。




 俺はフードを脱いで、暮れかかる空を見上げる。


教会の横に井戸はあったが、石を投げ込んでみたら、カーンと乾いた音がした。


どうも枯れているようだ。


それでも以前は井戸端で炊事をしたのだろう。 竈の跡がある。


そこで火を熾して、水筒と鍋を取り出し、簡単な食事の用意をすることにした。


 赤いバンダナを念話鳥にする。 カナリアくらいの大きさの黄色い鳥が俺の肩にちょこんと乗る。


「いつまで隠れてるつもりなのかな?」


カサリと音がして、教会の入り口の階段から小さな影が立ち上がる。


「べ、別に隠れてるわけじゃない。 ただ座って休憩してただけ」


昼間、食堂を追い出されていた少年だった。


やさしそうな顔立ちに似合わぬ、強い目をしている。


「いいから来い。 お前、怪我してるだろう」


すでに辺りは薄暗い。


だけど少年の身体からは血の匂いがした。


何で分かったんだとブツブツ言いながら、少年は素直に俺の側に来た。


殴られたのか、水筒の水で顔についた血を洗い流してやる。


子供だから雑菌さえ入らなければ、これだけですぐに治るだろう。


「ケンカしたのか」


少年はそれについては何も言わなかった。


ただ俺の肩に乗る鳥をじっと見ている。




 竈にかけられた鍋から美味しそうな匂いが漂う。


鞄から食器を取り出して少年の分をよそう。


「俺はネスだ。 お前は?」


「ありきたりな名前じゃん」


椀を差し出すとそんなことを言うので、受け取ろうとした手をヒョイと避けてみる。


「ご、ごめんなさい。 トニーだよ」


 今度はクスクスと声が聞こえた。


笑い声がしたほうを見ると、教会の裏口の扉が少し開いていて、中から子供の顔が覗いている。


俺はニコッと笑って、手招きする。


「お前たちも食べるか?」


「あい」


三歳くらいの小さな女の子がトテトテと駆けて来る。


その子の手に椀とパンを渡し、俺は引き続き扉のほうを見る。


恐る恐る八歳くらいの女の子と、六歳くらい男の子が出て来た。


 男の子はスタスタと歩いて来て、俺の側に座る。


女の子のほうはまだ警戒しているようで、先に来た小さな女の子の横に庇うように座った。


「心配するな、っと言っても信用出来ないだろうけど。


とりあえず、お前たちは食べられる時に食べておけ」


スープの椀とパンを渡すと、二人もガツガツと食べ始めた。




 食べ終わると、俺は子供たちと一緒に教会の中に入って寝ることにした。


トニーも一緒だ。


「この教会にずっといたの?」


小さい女の子に聞いてみると、ウンと頷く。


「あたちはフフだよ。 お姉ちゃんはリタ、お兄ちゃんはサイモー」


「私はリタリ、この子はサイモンよ。 ここには一年くらい居るわ」


大きい女の子から訂正が入った。


「そうか。 俺はネスだ。 一晩よろしくな」


子供たちと挨拶を交わして、彼らの分の毛布も出して、皆で教会の隅で横になる。


「お兄ちゃん、今日だけ?」


小さなフフは俺の腕を掴んで訊く。


「さあ、分からない。 俺は余所者だからな」


「旅してるの?」


トニーの言葉に俺は頷く。


「ああ。 ずっと北から来たんだ。 でもこの土地でやりたいことがある」


そのためには宿ではなく、住める場所を探す必要があった。




「その鳥はあなたの?」


リタリという女の子が俺の鳥をじっと見て、不思議そうに首を傾げた。


さっきから子供たちは触ろうとするのだが、避けられまくっている。


王子が自分の魔道具に触られるのを嫌がっているからだ。


「ああ、頭が良くて、代わりにしゃべってくれる。 俺はちょっと喉を潰してしまってね」


この世界でも怪我や病気で喉を潰して声が出なくなることはある。


俺は胡散臭い恰好をしているし、そういう危ない仕事をしているように見えるだろう。


子供たちは良く分からないという顔をしているが、別に納得しなくても問題ない。


 お腹も膨れ、毛布をかぶると、やがて小さな子供たちは寝てしまった。


トニーは一人で「見張りをする」とがんばっていたが、そのうち静かな寝息が聞こえてきた。




 俺が引っ込むと王子が出て来る。


妹のアリセイラ姫を思い出すのだろう。


自分の腕に寄り添うように寝ている小さなフフの頭を撫でる。


静かに起き出すと教会の中を見て回った。


「ここが正規の教会なの?」


『うん。 そうらしいね』


神様の像も埃をかぶっている。


『今のうちに掃除をしてしまおう』


子供たちの身体を大きな布でかくし、王子の自重しない魔法陣が黄色の光を放つ。


<清掃><換気><浄化>と順番に自動で発動する魔法陣だ。


もちろん内部だけである。


野営で空き家や洞窟などで寝泊まりが多かった俺たちは頻繁に使っていた。


 教会横の扉から外に出ると、外壁にもう一つ扉があった。


そこは神官たちが寝泊まりをする部屋だったようだが、今ではただのガラクタ部屋だ。


あらゆる要らない物が押し込まれている。


「ここを直したら住みやすいかもね」


『ああ。 でも荷物を片付けるには誰かの許可がいるだろうな』


空き家だろうが、廃墟だろうが、住んでいる者がいない建物はその土地の所有者に権利がある。


新地区には新地区の領主が、旧地区には旧地区の地主がいるらしい。


「明日、訊ねてみよう」


『そうだな』


 昼間は砂漠から夏のように暖かい風が吹くといっても、今は冬に近い。


夜になると冷え込んできたので、もう一枚毛布を出して子供たちにかけておく。




 朝になり、俺はいつものように日の出と共に起床する。


鞄から掃除用の箒を出して外に出た。


とにかくここは砂ぼこりがすごい。


せめて一泊の恩を返そうと、俺は教会の石段や前の広場の石畳の砂を払う。


まあ、風が吹けばすぐに砂で埋まってしまうけどね。


 教会の広場沿いにある大きな屋敷から、一人の老人が出て来た。


掃除をしている俺を見つけて近寄って来る。


「あんたは誰だね。 こんなところで何をなさっておいでだ?」


小柄な老人は丸い眼鏡をかけ、俺を上から下までジロジロと舐めるように見た。


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