第3話 転移者は教会を訪れる


 特に魔獣に襲われることもなく、俺はサーヴの町へと入った。


何故か急な坂が多くなり、歩きづらい。


坂を下るごとに家は小さくなり、港周辺はさらに小さく、今にも壊れそうな家が並んでいる。


行き交う人々の目は虚ろで、俺のような胡散臭い者の姿も珍しくは無かった。


「とりあえず、届けてしまおう」


俺は海手に見える教会へと向かった。


ここはあまり背の高い建物はないので、高い教会の屋根が良く見えるのだ。




「ここか」


小さな教会は、堅く扉を閉めていた。


仕方なく裏へ回ると、痩せたヤギのような家畜が柵の中に二頭いる。


そこから声をかけると裏口の扉が小さく開いた。


「どちら様?」


年老いた、黒いメイド服のようなものを着た女性が顔を出した。


神職ではないみたいだ。


「教会の方はいらっしゃいますか?。 斡旋所で頼まれてウザスから荷物のお届けに」


「ま、まあまあ、ありがとうございます」


途端にバタンと扉を開け、大声を上げながら飛び出して来た。


「もう収穫も終わったはずなのになかなか届かなくて。 本当に助かります」


どうやら大歓迎されているようだ。




 しかし、お婆さんは荷車の中を見ると、小麦の袋が思ったより少なくてがっかりした顔になる。


俺は袋の大半を鞄にしまっていたので、ここに着く前に少しだけ配達だと分かるように出しておいた。


「どこに置きましょうか?」


「で、では、こちらに」


案内され中に入ると、幼い子供たちが数人いた。 子供というより赤子だ。


お婆さんは台所の横の物置の扉を開ける。


「この中に入れて置いてくださいな。 私はちょっと子供たちの様子を見てきますので」


そう言うと、肩を落としたお婆さんは俺の側を離れて行った。




 荷物を運び込み、見られないうちに鞄から倍の数の袋を出して置く。


「終わりましたので受け取りを」


ため息を吐くお婆さんに署名をもらい、俺はもう一度チラリと教会の中を見回す。


「神官さんはいらっしゃらないのですか?」


見かけより丁寧な俺の言葉に気を許したのか、お婆さんはポロリと愚痴を零した。


「ここは教会といっても見かけだけ。 運営しているのは神殿ではなくて山手の貴族様よ」


彼女はその貴族の使用人らしい。


「貴族というのは住民の人気が必要で、施しをしなくちゃいけないらしいの。


ここにいるのは皆、事情のある赤子。


でもここで面倒を見られるのも五歳までで、五年経ったらここから追い出さなきゃならないのよ」


私も年だから、大きい子供の世話は出来ないし、と付け加える。


俺はフードとバンダナで顔が隠れているのをいいことに思いっきり顔をしかめていた。




「本来ならこの小麦の施しも正規の教会のもの。


ここで使っていると知れたらお咎めがあるかも知れないわ」


お婆さんは悲しそうな顔をする。


「いいえ。 私はあなたがここの子供たちのためにお使いになるのでしたら問題はないと思います」


教会のためではない。 子供たちのための施しだ。


貴族が横流ししたり、自分のものにするようなことがあれば俺も黙っていないけどな。


だが、今の領主はここには興味がないのだという。


「ここは容れ物だけの教会なのよ」


山手の貴族からの援助も少なく、近隣の住民からの施しで何とか運営されているらしい。


俺は軽くため息を吐き、会釈をしてそこから離れた。




 少し歩いて人気のない場所で荷車を鞄に仕舞う。


確かこの町に仕事斡旋所の出張所があるはずなのだが、辺りを見回してもそれらしい建物や看板は見えない。


俺は賑やかそうな一軒の食堂に入って訊いてみることにした。


 ザワザワとした店の中には胡散臭そうな男たちがポツポツと座っていて、隅のほうに兵士たちの姿もあった。


数名の兵士が昼間から酒を飲んでいるのだ。


 俺はそれを見ないふりをして、カウンターの若い女性に声をかけた。


「すまない。 この町に斡旋所の出張所があると聞いたんだが」


なるべく声を落とし、わざと胡散臭そうな口調で話してみた。


「あら、ここがそうよ。 何、あんた。 仕事探してるの?」


女性はカウンターの隅にある斡旋所の立て看板を指差した。 なるほど。




「いや、責任者はいるか?」


俺はカウンターの中を見る。 中年男が一人、他の客と話をしていた。


「あたしじゃダメだってこと?」


不機嫌そうな女性の後ろから、さっきまで他の客と話していた中年男性がやって来た。


「おい、にいちゃん。 うちの看板娘にイチャモンか」


大袈裟に威嚇する姿に、俺はため息を吐いた。


「別に。 ちゃんと仕事してくれるならそれでいいさ」


給金はもうモノで受け取っている。 カードと受取票の提出だけなので男性に渡す。


「ほう、お疲れ。 何か食ってくか?」


「そうだな。 頼もうか」


俺はカウンター席に座って食事を取ることにした。



 

 魔法布のバンダナで口元を覆い、再びフードを被る。


「ごちそうさま」


港町のまあまあの料理を味わい、俺はその店を出ようと立ち上がる。


「あ、あの、また来てね」


俺はさすがに食事中はフードを取っていた。


割とまともそうな若い男性だと気づいて、娘は態度を変えたようだ。


丁寧に話せばきちんと対応するようで、不機嫌だった食堂の看板娘は俺に微笑んだ。


「お前はちゃんとした奴のようだ。 特別に娘と話すのを許してやる」


どうやら看板娘は本当にこの食堂の親父の娘だったらしい。


「そりゃどうも」


適当に返していると、すぐ側を何かが通った。




「隊長。 俺、俺」


十歳くらいの少年が、奥に陣取っていた兵士たちに何やら声をかけている。


「母さんが死んだんだ。 だから、俺」


隊長と呼ばれ、服を掴まれた身体の大きな男は、ジロリと少年を見た。


「あー?、それがどうかしたか」


少年は入って来た勢いはどこへやら、少しモジモジし始めた。


「だって、あんた、俺の親父なんだろ?」


一瞬、店の中は静かになったが、次の瞬間には兵士たちの笑い声が響いた。


「ぎゃははは。 あの尻軽女。 とんでもないことを子供に吹き込みやがって」


母親は隣町の歓楽街にいる女性だったようだ。


「坊主。 お前のどこが隊長に似てるっていうんだ」


少年は母親似なのだろう。 どちらかというとやさしい顔立ちをしていた。


「金目当てだろうが、無理無理。 とっとと出てけ」


隊長と呼ばれた男は無表情に少年を見ているだけである。


少年は腕を掴まれジタバタしていたが、他の兵士に店から放り出された。




 俺はそんな光景を横目で見ながら店を出る。


実は、この町では浮浪児のような薄汚れた子供をあちこちで見かけた。


俺の姿が胡散臭いから近寄っては来ないが、どうやら大人たちの手伝いをして日銭を稼いでいるようだ。


あの教会のお婆さんも五歳になると教会から追い出すのだと言っていた。


「なるほど、こういうことか」


あの赤子たちはこうなるしかないのだ。


 追い出された少年は、他の子供たちにとっては仕事を奪い合うライバル。


遠巻きに少年の姿を目で追っている。


「何だか嫌な感じだ」


『ああ、子供が暗い町は嫌だな』


俺は日が暮れる前に、正規の教会を探すことにした。




 港を南に向かって歩いて行くと、桟橋の最後に広い石畳の道が現れる。


この町は大雑把に三つに分かれていた。


海から山に続く石畳の道を境にして、新しい町並みの新地区と古い町並みの旧地区に分かれ、さらに新地区は山手と海手に分かれている。


 食堂で、俺は旧地区にも古い教会があると教えてもらった。


「あれかー」


港から斜め南東方向に石畳の大きな広場が有り、一番奥に教会らしき建物が見える。


俺はゆっくりとそこへ向かう。


 広場の入り口の海に面した場所には、大きな網元らしく、漁をする船や魚を加工している作業場があった。


奥には二階建ての石造りの家があり、庭には開いた魚が大量に干されている。


小径の路地の奥にある看板は宿屋か飲み屋だろうか。


広場の反対側にはパン屋らしきものや、開店しているのかも怪しい小さな店。


その隣には少し大きな屋敷がある。


「しかし空き家が多いな」


古い町並みの旧地区は建物自体が少ない。


広場の中央には、かなり立派だが水の無い噴水らしきモノがある。


だが、こうして見回していても人の気配がない。




 風が足元の砂を巻き上げる。


季節はもう秋の終わりに近いが、吹き抜ける風は乾いているうえに温い。


俺は突き当りの教会の横を通り過ぎ、裏手に出た。


「これが国境の砂漠か」


そこには、俺が元の世界でも写真でしか見たことのない、広大な砂の景色が広がっていた。


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