第2話 転移者は目的地を目指す
王都の港から南へ五日ほどの航海だ。
船は湾を出ても外洋には出ず、ぎりぎり陸地が見える距離を航行していた。
雑魚寝の船倉から出て、俺はずっと甲板でその景色を見ている。
船の見張りや警護をしている船乗りから少し話を聞くことが出来た。
遠海には海に棲む魔獣がいるらしく、かといって近海なら安全かというと、そうでもないという話だった。
そのため、船には必ず遠距離攻撃が出来る船乗りや魔術師がいるそうだ。
俺が船酔い止めの魔術を使ったのを見たのだろう。
「何かあったら、にいちゃんも頼むぞ」
と言われ、苦笑いを返す。
何とか無事に目的の港に着いた。
ウザスという町はアブシース国でも大きな港町で、南にある国境が近いため軍港の設備もある。
ノースターの西の港町より賑やかな町で、たまに亜人の姿も見ることが出来た。
どうやら南の国デリークトから逃げて来た亜人たちらしい。
あの国は亜人の地位が低いらしいからな。
だけど身元の保証がない彼らは、こちらの国でもそんなに変わらない生活らしかった。
一度国を出てしまうと帰ることは難しいので、ただその日暮らしをしているようだ。
俺は港から町の中心部に向かう。
一際大きな建物が並ぶ中心街には、領主の館や教会、軍や学校のような建物がある。
俺は仕事斡旋所の看板がある店に入った。
中にある喫茶室のような場所でお茶を飲みながら様子を見る。
人は多いが概ねギスギスとした雰囲気はなかった。
「さて、俺も仕事を見てみるか」
人が少なくなったのを見計らって、壁に貼り出している紙を見に行く。
農作業や船の荷降ろしの募集が多いようだった。
いつもの文書配達が無いか見てみるが、王都方面への依頼しかない。
俺が行きたいのはこの町のもっと南だ。
「すみません。 砂漠の町へ文書のお届け依頼はありませんか?」
俺は受付の席にいた若い男性に聞いた。
その男性は、深くフードを被った俺の姿に首を傾げていた。 冬でも暖かいこの土地には似合わないからだ。
「サーヴの町に何か用かい?。 あそこは小さな出張所があるだけだから文書はないな」
そう言って男性は一枚の紙を俺に見せる。
「だけど、お届け物ならあるよ。 小麦の配達だ」
俺はバンダナを巻いた口から洩れる、わざとくぐもった声で訊き返す。
「小麦の配達?」
「ああ、そうだ。 収穫で余った小麦を教会へ寄付する農家が何件かあってな。
その紙に書いてある農家を回って小麦の袋を集めて、隣のサーヴの教会へ届ける仕事だ」
全く知らない土地の全く知らない家を回る。
考え込んでいると、田舎の農家なら一軒行けば次の家を教えてくれると言われた。
「分かった。 で、報酬が書いてないが?」
「交渉次第だ」
俺は首を傾げる。
「この町は初めてか?」
「ああ」
受付の男性は仕方ないとため息を吐く。
「農家では金より作物で支払う者が多くてね。 だからあまり受け手がいない。
かといって、亜人は農家に嫌われているので頼めない。 良かったら受けないか?」
何でも食い詰めた亜人たちが作物を黙って食べてしまったり、勝手に持って行ったりするらしい。
俺はフードで顔を隠してはいるが、カードにはすでに大量の仕事の履歴が残っている。
受付の男性はそれを見て信用してくれたようだ。
「いいよ」
作物を腐らせることのない魔法収納鞄持ちの俺には、報酬が作物でも問題ない。
俺は指示書と受取票を手に斡旋所を出た。
海岸から山の方向へと歩く。
途中で何でも屋に寄って人が引っ張るリヤカーのような荷車を買う。
小麦の数は少なくない。
いくら鞄持ちといっても大っぴらに見せるわけにはいかないし、荷車があれば誤魔化せるだろう。
町から外れると収穫が終わった農地が広がっていた。
ポツポツと家が見える。
適当にそこら辺にいる住民に声をかけた。
指示書を見せ、この中にある名前の誰でも良いから知っている者がいないかを訊く。
住民はフードをかぶった俺を訝し気に見ている。
それでも荷車を引いているので配達を請け負っていると分かるのだろう。
声には出さず、指を差して教えてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、その家を目指す。
一軒目はすぐ近くだった。
「お前さんが配達してくれるなら助かるよ。 それで報酬は何がいいかな?」
王子は最近表には出て来ない。 俺に好きにやらせてくれる。
「では余っている小麦を、頂けるだけ」
「いいだろう」
ニカッと笑った農家の親父は俺の荷車に小麦の袋を乗せ、俺の分だと言ってその上に袋をもう一つ乗せた。
俺はお礼を言って受取票を出す。
「ほお。 あちこち行くんだな。 この荷車だけで大丈夫か?」
実はこの仕事、数人で組んでやる仕事らしい。
だけど受け手がいなかったので、一人で数日に渡って往復すれば何とかなるという仕事に変更されていた。
「ええ、大丈夫です。 仲間もいますので」
嘘だけど。 俺には魔法収納の鞄がある。
親父さんは頷いて次の家を教えてくれた。
俺は次の家に着く前に荷物をすべて鞄に仕舞う。
そして農家からの報酬はまた小麦をもらう。
そうやって数件繰り返し、俺は次の町へと向かう。
アブシース国の最南端、砂漠の町サーヴへ。
小麦の配達にどうして船を使わないのかと思ったら、穀倉地帯から隣の町へは峠を一つ越えただけだった。
わざわざ海に出る必要がない。
「だけど魔獣が出るんだったか」
『らしいね』
作物や家畜を狙う魔獣が出る地帯なのだ。
農地の外側に設けられている魔法柵は効かないのかと思ったら、
「この辺りの魔獣は人型でね。 人の真似をして、魔法柵の壊れた所を乗り越えてしまうんだ」
と斡旋所の男性は言った。 かなり頭が良いらしい。
年に何度か被害は出ているし、その度に兵士や猟師も出て山狩りが行われる。
「誰も最初の犠牲者にはなりたくないからな」
作物を運搬するこの仕事が一番狙われやすいそうだ。
「なるほどね。 依頼の受け手がいないわけだ」
俺は空の荷車を引いて峠を越えた。
頭のいい魔獣なら穀物の匂いがしない俺を襲うことはないだろう。
町の境にある峠は、港から見ればかなり標高が高い。
周りに農地が広がる緩やかな坂を登ったら、そこには岬があり、灯台のような軍の見張台があった。
ノースターの国境の砦を思い出す。 ここにも軍の兵舎がある。
峠からサーヴの町を見下ろすと、小さな家が並ぶ寂れた漁村だった。
隣のウザスの港町とは大きく違う。
船は小さい。 人の往来も少ない。
山の方には、しっかりとした石垣に囲まれた大きな館が数軒あり、その塀の中には畑がある。
つまり、この町では山手の金持ちと、海手の庶民で住み分けされていた。
典型的な貧富の差が激しい町のようだった。
「どうしてサーヴへ?」
選んだのは王子だ。 歩きながら何気なく訊いてみた。
俺は特に希望はなかったので、そこは任せている。
『昔、王宮で読んだ物語に砂漠の町の話があった』
アブシースの南には、その昔、ある種族が住んでいた。
『砂漠の民と呼ばれていた、人族でもなく、エルフのような妖精族でもない者たちだ』
人族の中でも他民族ということか。
アブシースの南は元々広大な砂漠地帯で、この町も昔は砂漠だったらしい。
砂漠に適した種族だった砂漠の民は、普通の人族とお互いに助け合って暮らしていたそうだ。
しかしある日、アブシースの王族が来て、砂漠を魔術で徐々に緑の土地に変えていった。
何せ王族には『王族の祝福』という魔力チートがあるからね。
お陰で見渡す限りの砂漠だった土地は、緑の穀倉地帯となったのだ。
人々は喜んだが、砂漠の民はどうなったのか。
砂漠の生活に特化していた彼らは不要になり、追い詰められ、王国の端へと移住していった。
『今、その彼らがどうなっているのかを知りたい』
この国の王族がその昔、偉業と讃えられ、犯した罪。
「王子はそれを償うつもりなのか?」
『いや、何百年も前の話だ。 今さらどうしようもないさ』
「……そうだな」
でも俺は知ってるんだ。
なんで王子が南の端なんかに行こうって言い出したのか。
それはその町の隣が、黒髪のフェリア姫のいる国だから、だ。
何度も地図を見たからね。
港町ウザスの隣にある最南の小さな町、サーヴ。
そこは、デリークト公国との国境の町。
国境は今でも砂漠らしい。
「王子、気を使い過ぎだ」
会うことは出来なくても、噂ぐらいなら聞くことはあるかも知れない。
正直ありがたいけどな。
『何のことかな?』
俺はふふっと笑い、大きな港町から小さな辺境の町へと峠を越える。
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