二重人格王子Ⅲ~異世界から来た俺は王子と砂漠を目指す~
さつき けい
第1話 転移者は旅をする
俺は貫井健治、日本人だ。
俺は十歳の頃に難病を発症し、以来病院と家との往復がほとんどだった。
そんな俺は二十歳でその生涯を終え、何故か今は違う世界にいる。
ここはアブシース王国。
その国の宮廷魔術師だというお婆さんに俺の幽体は引き寄せられ、彼女の頼みで第一王子であるケイネスティという少年の身体に同居することになった。
当時十歳だった少年も今はもう二十歳になっている。
「この世界に来て、もう十年も経ったのか。 早いもんだ」と俺が言えば、
『ああ、もうそんなになるんだな』と王子が答える。
一つの身体に俺と王子の意識が存在する。
俺たちは二つの人格を持つ、一人の人間なのである。
パチパチと焚火の火が弾ける。
秋が近い山の中。 俺はテントを張って野営をしていた。
「そろそろ来そうだな」
『ふん。 性懲りもなく、仕方ない奴らだ』
アブシース王国は大きな穀倉地帯を中心とした農業国で、農産物を他国に輸出している。
しかし、農地の近くには大型の獣が棲む森や魔獣の山があり、その外敵から作物を守るために兵士や猟師がいる。
そうしてそんな者たちの中には、守るべきモノを守らない者たちが存在するのだ。
俺は寝たふりをしていた。
三人の男たちが俺のテントを囲もうとしている。
「ほんとにこいつで間違いないのか?」
「ああ、さっき斡旋所で見た。 絶対にこいつだ」
「まったく、こんな山の中で一人とはな。 ただの無謀な奴か、それとも腕に絶対の自信があるのか」
「へへ、ちょっと脅してやれば言うことを聞くだろ」
一人の男が振り上げた剣が俺のテントに向かって振り下ろされた。
カキン!
「な、なんだ?」
その後、テントの中に押し入ろうとするが、一定の場所からは前に進むことも出来ない。
「くそっ、こいつ魔術師か」
「当たり前じゃないですか。 だから仲間に入れようって話だったんじゃあ」
「うるさい!。 若いヒョロっとした男一人、何とでもなるってお前が言ったんだろ!」
何故か彼らは内輪もめを始めた。
昨夜、こいつらは俺が斡旋所で仕事を探している時、話しかけて来た。
受付のお兄さんが、奴らが斡旋所に入って来たのを見て「気を付けろよ」と教えてくれた。
あまり良い噂の無い連中らしい。
「仲間に入らねえか」
聞こえはいいが、ようするに俺を利用しようとしているだけだ。
どうやら仲間の一人がたまたま俺が転移魔法陣を使うのを見てしまったらしい。
俺も魔術を使う時は気を付けてはいたんだけど、転移は場所を指定しているので、急に変えることが出来ない。
人目に付かない場所や時間を決めて発動しているが、たまたまそこに人がいたのだろう。
それを知った奴らが、俺を悪だくみに利用しようと考えているのが見え見えだ。
「お断りします」
俺は小柄でボロいフードを深くかぶった怪しい格好だし、身体付きから若く見えるらしい。
あ、そういえば俺は三十歳になったけど、この王子の身体はまだ二十歳の若造だったわ。
こいつらに甘く見られるのも仕方ないか。
魔術の天才である王子は、俺のために<変身>の魔法陣を開発してくれた。
それは、エルフの血を引く金髪緑眼で人目を引く美形王子の姿を、目立たない姿に変えるものだった。
変身の魔法陣を描いた特殊魔力布は、普段はピアスのような耳飾りになっていて常に俺の魔力を吸い続け、この姿を維持している。
俺の今の外見は日本人っぽいというか、元の姿に近い。
おそらくこの姿は、王子から見た俺なのだろう。
俺が死んだ時は病気でガリガリだったけど、この世界に来たのは俺の幽体だけだったし、見た目は普通に筋肉が付いていた。
この国でも黒髪黒目はごく一般的だが、今の俺は王子の面影が残っていてイケメンぽい。
少し残念なのは、子供の頃の食生活と運動不足のせいか、王子は同じ年代の中では小柄なほうだということくらいだ。
最近では中身が二人のせいか、外見も二人が混ざった感じになってきたような気がするな。
それだけ俺がこの世界に馴染んできたのかも知れないけど。
生活費は仕事斡旋所の文書配達で何とか稼いでいる。
もちろん、王子の資産は魔法収納の鞄に大量にあるが、俺は生活のためにそれを使う気はない。
服装もわざと魔術でボロく見せている。
それでなくても人混みは好きじゃないので、夜はだいたい野営をして過ごす。
宿屋や食堂も出来るだけ利用しないようにしていた。
いくら外見を変え、普通に声が出ているように見えても、変身の魔術が解ければ王子の姿に戻る。
王族であり、エルフの血を引き、呪いのせいで声での意思疎通が出来ない青年に。
王位継承権は放棄しているが、それでも王宮の反対派は辺境地の領主という地位さえ剝奪してきた。
あのまま領民になっていても、あいつらは手は引かなかっただろうし、王子はいつまでも連中に命を狙われ続けるだろう。
俺と王子はこれ以上自分に関わる人たちに迷惑をかけたくなかった。
王宮を出る時について来てくれた爺さんたちや、押しかけ執事の眼鏡さんにも何も言わずに領地を出た。
追いかけて来るかも知れない、とは思った。
でも彼らには領民のために、新しい領主に引き継ぎしなければならないことも多い。 すぐには動けないはずだ。
十八歳の夏に姿を消し、今は二十歳の秋。 あれから一年以上が過ぎた。
探している者はいるだろうが、まだ俺たちを見つけられた者はいない。 だって、姿形が全く違うからね。
噂ではノースターは王領のままになっている。
悪い話は聞かないから、きっとうまくいってるんだろうな。
さて、俺はしつこい勧誘を蹴り、いつものように山の中で魔法柵のチェックをしていた。
どうしてもつい気になっちゃうんだよな。
北の辺境地を出てから、俺たちはずっとこの国の魔法柵を見て回っている。
山や森に入るとすぐ目に付く場所に魔法柵はあるのだ。
本当に壊れて放置されている魔法柵はどこにでもあった。
刻まれている魔法陣のチェックをして、魔力がちゃんと流れているかも調べ、密かに直している。
誰に感謝されるわけでもない。
勝手にやっている。
自己満足。 それでいい。
つけて来た奴らは俺が一人だと思って暴力で言うことを聞かせようとしたのだろう。
俺のテントに剣を向けた。
しかし、彼らの剣は王子の作った魔術結界に阻まれた。
焦った男たちはテントの中にいるだろう俺に声をかけてくる。
「おーい、そこの兄ちゃん!。 話があるんだ。 魔法を解いてくれや」
こんな物騒なことをしておいて、どうして都合よく言うことを聞くと思うのか。
残念ながら、俺はテントの中で就寝中だ。
ここは防物理、防魔法結界の中。
彼らには悪いが、好きなだけ叫んでいてもらおう。
陽が昇り、俺は目を覚ます。
テントを出て、消えた焚火を熾し、やかんのような物を乗せる。
「あ、兄ちゃん。 起きたのか。 なあ、話があるんだが」
誰か一人残っていたらしい。
まだ俺を勧誘しようとしているのか。
俺は結界の中なので何も聞こえない、気づかないふりを継続する。
鞄から焼きたてのパンを取り出し、切り込みを入れて火であぶった肉を挟む。
その男がこっちを見て、よだれを流しているのを無視して食べる。
お茶をカップに注ぎ、飲む。
さあ、そろそろ出発するか。
俺が立ち上がると、座り込んでいた男もうれしそうに立ち上がった。
俺は今気づいたという風にわざと彼に顔を向けて驚き、魔法陣を発動する。
そして、バイバイと笑って手を振った。
早朝であまり人影のない、王都の港近くにある斡旋所の裏へ出た。
「ふう。 しばらくはあの町は近寄れないな」
『いいさ。 魔法柵の確認はだいたい終わった。 次の町へ行こう』
「そうだな」
以前の俺はいつも王宮近くの斡旋所に出入りしていたが、王都には他にも斡旋所が三つもあることを知った。
ノースターを出てから外見が変わったので、王子の姿で仕事をしていた斡旋所は避け、別人のネスティとして俺の姿で仕事を始めた。
名前自体は珍しくもないし、外見が全く違う上に以前のような筆談でもないので、何とか誤魔化せている。
王子の声を代弁する念話鳥は目立つので、人目のあるところではあまり出さないようにした。
コートのフードを深くかぶり、口元は特殊魔法布の赤いバンダナで隠す。
このバンダナで話すことが出来るのだが、声がこもって聞こえにくくする演技が必要だ。
不審者に見えなくもないな。
今日はいつものように文書を届けた後、船で次の町へ行く予定だ。
この国の南端にある砂漠の町に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます