第7話 転移者は地主に会う


 俺が教会へ戻るため歩いていると、先日顔を見た老人が広場沿いの屋敷の前に居た。


「こんにちは、ネスさん」


にこやかにこちらを見ている。


「こんにちは」と俺の肩の鳥も挨拶を返す。


「ほお、賢い鳥ですな」


本当は魔道具だけどね。


俺はただニコニコしながら老人の前を通り過ぎようとした。


「失礼ですが」


老人の小さな声に俺の足が止まる。


「夜にでも、お一人でおいでいただけませんか。 地主様がお話があるそうです」


俺は振り返り、小さく頷いた。


それを見た老人は微笑んだまま頷いて、屋敷の中へ入って行った。


 あの老人がこの辺りの地主だと思っていたけど、予想は外れたな。


俺はある程度は話さなければならないだろうと覚悟を決めた。




 その日も小麦の配達に向かった。


荷車を引いて峠を越え、隣町の領地へ入り、町中には行かずに直接農家を訪ねた。


斡旋所からはすでに伝票は受け取っている。


「こんにちは」「こんにちはー」


子供たちと一緒に次々と農家を訪ねる。


大抵の人は俺一人だと邪魔臭そうな顔をするが、子供には優しい顔を見せてくれる。


うまくいけば今日で全部終わるだろう。




 相変わらず少し溜まると鞄にしまいながら回収を続ける。


今日の分は教会宛ではなく、サーヴの町の卸商へのお届けだった。


こちらの場合はきちんと報酬が明記されていて、終われば斡旋所で給金がもらえる。


「ほれ、これも持って行きな」


それでも農家の皆さんには売り物にならない野菜などをいただいた。 今年は豊作だったらしい。


「いやいや、今までは斡旋所の紹介といっても厳つい兵士崩れや猟師の若造が多かったからな。


こんなかわいい配達さんたちなら、俺たちも役に立てて喜んでるよ」


子供たちの収入になるならまたお願いするよ、と約束してくれた。


俺たちは農家の皆さんに手を振って、峠へと戻って行った。




 今回は子供たちに隠す事なく、峠の手前で手早く鞄に荷物を片付ける。


子供たちは、俺が魔術師だからそんなものなのだと思ったようだ。


空になった荷車に小さなフフを乗せて、トニーが引き、リタリとサイモンが後ろを押す。


俺は周りの警戒だ。


「本当にこんなところに魔獣が出るの?」


軽い荷車を押すのも疲れて、リタリが俺の横を歩く。


「ああ、森の中にはそれなりに気配はあるようだ」


俺はフードを深くかぶり、赤いバンダナの口元からくぐもった声で答える。


 それに峠を越えた辺りから他の気配もしていた。


「リタリ。 俺が合図したらフフとサイモンを連れてトニーの側へ行け」


「え?」


サーヴの町の山手から海手へと坂を下りる。


細い道の両側から、バラバラっと数人の子供が出て来て行く手を塞いだ。




「お前ら、俺たちの縄張りで何を勝手に商売してんだ」


身体の大きな男の子が一歩前へ出た。


俺は手で合図をしてリタリを動かす。


「私は普通に斡旋所の仕事をしているだけだ」


俺がそう言うと、子供は苛ついた声をあげた。


「あんたには関係ないんだよ。 こいつらが俺たちの仕事を奪ったって言ってるんだ」


逃げようにも、周りを完全に浮浪児たちで囲まれている。


相手は子供だから無理に押し通せば通れるだろうが、それでは双方に怪我人が出るだろう。


「私が誰を雇おうと勝手だと思うが」


「俺たちの仲間から雇ってくれればいいんだよ」


俺はジロリと彼らを見回す。


「先日、この子が怪我をして帰って来た。 誰の仕業かは口を割らなかったが、お前たちなら覚えがあるか?」


俺はトニーを顎で指した。


囲んでいた子供たちが怯み、リーダーらしい少年は舌打ちをした。


「だから、俺たちの縄張りで勝手に仕事をするなっていうことだよ」


「なるほど。 そんなゴロツキのような子供に、大切な仕事は任せられないな」


俺はトニーたちに「行こう」と声をかける。




「ま、待って」


今度は一番年上らしい女の子が出て来た。


「その男の子のことは謝るわ。 私たちも生き残るのに必死なの」


俺は大きくため息を吐く。


「分かった。 この子たちには新地区での仕事をさせなければいいのか?」


「ええ。 お願いするわ」


「では明日からということで、いいかな?」


「お願いします」


おそらくトニーたちが仕事をすることで勝手にこの集団の評価が下がるからだろう。


そんなことは俺たちの知ったことではないが、子供のことはある程度大人の責任でもある。


 俺と旧地区の子供たちは、新地区の浮浪児たちに睨まれながらその場を離れた。


俺たちは指定された店へ小麦を納め、食堂である出張所で給金を受け取った。


 陽も傾き、空が赤くなっていく。


家路を急ぐ人々の波に紛れ、俺たちは帰りに屋台で魚の串焼きを買う。


「うれちー、おいちー」


リタリもフフの手を引いて歩きながら、うれしそうに頬張る。


「ありがと」


サイモンは俺の足にくっついて歩く。


トニーは何かを考え込んだまま後ろをついて来ていた。




 早めの夕食の後、俺は大きめの桶にお湯を入れて、子供たちを順番に洗った。


「きゃあ、あったかー」


フフは小さいのでそのまま桶に突っ込むと、お風呂のようになった。


王都の石鹸を出してやると、物珍しそうに見る。


「初めてか?、こうやって洗うんだ。 食べるなよ」


そう言って身体と髪を洗ってやる。


他の子供たちも順番に洗ってやったが、リタリは自分で出来ると言うので隣の空き家の影に桶を置いた。


さっぱりした後で皆で教会の中で並んで寝る。


 俺を中心にして男の子と女の子に分かれている。


フフとサイモンが俺の隣でひっくつように身体を寄せて寝ている。


「サイモンが誰かに懐くのは珍しいの。 滅多にしゃべらないし」


リタリは横になったままそんな話をした。


汚れて色が分からなかったが、キレイに洗ったらサイモンは本当に薄茶より灰色に近い砂色の髪だった。

 

俺の中で王子がじっとそれを眺めている。




 子供たちが眠ると、俺はそっと起き出す。


毛布を彼らにかけ直し、静かに教会の裏口から出た。


静かな旧地区の町は、夜になると人の少なさがその明かりの少なさで分かる。


町全体が暗い。


そんな中で煌々とした明かりが漏れる、広場に面した大きな屋敷の扉を叩く。


俺の肩の鳥が声をかけた。


「こんばんは。 教会で寝泊まりしているネスといいます」


しばらくして扉が開き、今朝の老人が顔を見せた。


「いらっしゃいませ。 どうぞお入りください」


俺は失礼にならないようにローブを脱ぐ。


 思ったより中は広くて、砂漠の町なのに名前は知らないが大きな観葉植物が飾られ、高級感がある。


玄関ホールから奥へ続く扉は二つあった。


しばらく待たされた後、呼ばれてその一つに入る。


「ん?、結構若いじゃねえか」


そう声をかけてきたのは黒い髪に褐色の肌をした、二十代後半くらいの、筋肉質な体をした若い男性。


「俺がこの辺りの地主でミランだ」


美丈夫というのか。 それなりの町に行けばモテる部類の顔だ。


軽く握手を交わし、俺は肩の鳥がしゃべる事を説明して応接用の椅子に座った。




「ネス、だったな。 子供たちを手懐けて何を企んでる?」


「その前に手土産を」


俺は相手の言葉を遮り、鞄から王都の酒を取り出す。


「ほお」


無表情を装ってはいるが、目が輝いているのを確認する。


「お茶をどうぞ」


「ありがとうございます」


使用人らしい小柄なお婆さんがお茶を運んで来た。


 お茶を飲みながらチラリと見ると、地主の青年はまだ酒瓶を見ていた。


よほどうれしかったのだろう。


「お酒はお好きですか?」


こちらから話を振ると、青年は複雑な顔をした。


「ああ、まあな。 ていうか、お前、若いくせに手馴れてるな」


まあ、一年ほど前まで領主をしていたからね。




 そんなことより、「私は研究者でして」と話し出す。


「あ?、学者さんかい」


「正式な身分はありません。 勝手に国を歩き回って、自分が気になることを調べているだけです」


俺は口を動かさずに鳥をしゃべらせる。


思っていることをしゃべってくれる念話鳥だが、俺が口を動かすとどうしてもタイミングがズレる。


下手な腹話術のように見えて気に障るのだ。


「今回、この町に来たのは『砂漠』を研究したいからなのです」


地主の青年の身体がピクリと反応する。


「砂漠だと?。 また王族のように緑にしようっていうやつか」


「いえ」


嫌そうな顔になった褐色の青年を見て、王族に伝わる話は本当なのだなと思った。


「単純に砂漠というものがどういうものなのか、それを知りたいと思いまして」


俺はニコリと微笑む。


褐色の肌の青年地主は、ようやく酒瓶から目を離して胡散臭そうに俺を見た。


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