第二章 闖入者
風の音に、バラバラと館の外壁を叩きつける雨音が混じって来た。宵から降り始めた雨は夜半にかかり強さを増したようだ。数時間前に館を後にしたハンナは、夫のマーカスと共に既に
部屋の中央に魔方陣をあしらい、四方に儀式の魔具と真っ黒な垂れ絹を吊り下げただけの窓も無い殺風景な小部屋の片隅。サーシャはかい巻き夜具を頭から被り、何をするでも無くぼんやりと椅子にもたれ掛かっていた。
気丈なようでも若い娘らしく、真夜中に広い館でたった一人、激しい風音雨音を聞き続けていると訳もなく不安になって来る。それにも増してこの寒々しい部屋の中では気が滅入る一方だ。
サーシャは小部屋を出て昼にハンナと過ごした居間に戻った。暗闇の中、椅子に座ったままテーブル上を手探りして二十センチ程のヒイラギの杖を取り上げると、顔の横で小さく振った。
「
サーシャの声に合わせて、高い天井に吊られたシャンデリアの数十本のろうそくに一斉に火が灯った。母ほどでは無いが、サーシャも一通りの魔法を使うことが出来る。もっとも王国の魔法騎士でもあった母のように、その能力を戦闘に使用する事は無い。
大陸を越え進攻して来た魔王軍に仕掛けられた侵略戦争を制した七年前。王国騎士だったサーシャの両親を含め大勢の国民が生命を落としたが、以来この国は太平の時代に入った。魔法と言っても大仰な修行や特殊なアイテムで高みを極めるようなものでは無くなり、それを使える一部の人達にとっては単に使い慣れた生活手段のひとつとなっていた。
明るくなった居間の中をサーシャが見渡すと
「え? 」
廊下に繋がる扉の無いアーチの陰から、男の子がひょっこり顔を覗かせてこちらを伺っていた。赤い短髪をクシャクシャのターバンで括り上げた十歳ほどの腕白小僧といった感じだ。
深夜の自宅でいきなり見知らぬ人間を見つけたら誰でも悲鳴を上げそうなものだが、サーシャは怖れよりも、その意外すぎる風貌に呆気にとられた。
「あなたは一体……? 」
眼が合ってしまい、驚いたのは子供の方だった。
「う、うわぁーーーっ! 」アーチの向こう、二階への階段がある廊下に向かって駆けだした。
呆然と見送ったサーシャだが、事態はすぐに一変する。
「何ぃ? 人が居ただと? 」
ドカドカと二階から降りて来る数人の足音。男達の粗野な声音がこちらに向かって来るのを聞き、サーシャは今この館で何事が起こっているのかを完全に理解した。
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