宇宙人のレシピ「オムレツの記憶」
結城 てつや
第1話 プロローグ
25時・蒼空。
月は氷華として輝き、凍てついた微かな大気は張り巡らした針の霜でさらに研ぎ澄まされていた。
成層圏から吹き降ろす冷気は地上に残された僅かな温もりを奪い去り、再び上空へと駆け抜ける。
すると、層雲から小さく冷たい結晶が生まれた。
結晶は互いに結び付き、幾重もの白いカーテンとなって地上へと舞い降りる。
暗闇に支配された地上には二本のレールが降る雪を映し、冷たく輝いている。
レールは鋭利に地上を切り取りながら時として蛇行する
その上を幾本もの列車が高速で移動している。
まるで漆黒のベルベットを縫う銀色の針と糸の様だ。
鉄路の先で小さな動物が耳をそばだてた。
微かな光と振動が巨大なものの接近を知らせている。
やがて光が闇のカーテンを引き裂くと轟音と共に列車が姿を現した。
慌てて草むらに隠れると地響きをあげ頭上を一瞬で駆け抜けた。
恐る恐る頭を上げると「高尾」と言う終着点が小さな光となって遠ざかって行くのが見えた。
列車は振り返ることを知らない。
猛然と終着点だけを目指し駆け抜ける。
巨大な躯体と体重は地面を震わせ、血走ったサーチライトは流れる枕木を映す。
車輪は狂気のように音を立て、回転し、今年降ったばかりの雪を巻き上げる。
すると列車の後ろに真空のトンネルが生まれた。
トンネルは巻き上げた雪を吸い込み、雪は渦となって後を追う。
まるで雪のドップラー効果だ。
列車が通り過ぎると雪は静止し、やがてレールの上で漆黒の夜空を映す冷たい水滴となる。
雪が溶けるのは、レールが夏の熱い記憶を持ち続けているから。
しかし時と共に記憶は、想い出へと変わって行く。
夏の記憶が想い出に変わった時、雪は少しずつ積もりレールを覆い隠していく。
人の記憶も時という層に包まれ隠されて行く。
愛する人の記憶でさえも想い出に変わっていく。
人は、同じ所に留まってはいけない。
忘れる事が人を前へと押し進める。
それは、神が人に果たした定め。
しかし人は忘れかけた想い出に再び向かい合う時がある。
その時、人は切なさと言う記憶の前に立ちつくす。
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