第2話 恋する魔法と精霊の国
「…………?」
「………………!」
「……」
心地よい風が頬をなで、暖かくふんわりと気持ちいい。
そんな中で何の声だろう……何処からか、男の子たちの話声が聞こえる。その声すらも、心地いい音で、穏やかな気持になり、安心してしまう。
でも、男の子の声だなんて、何かあっただろうか? 自分の最後の記憶を、だんだんと思い出し、あぁ、やっぱり死んでしまったのか。と、素直に納得した。
だから、きっと羽の生えた一糸まとわぬ姿の男の子に、天に連れて行かれるのだろう。犬を飼ったことがなかったけれど、迎えが来てくれるなんて、少し嬉しい。
……って、そんな馬鹿な話が、ある訳ない。
重たい瞼を持ち上げて、パチリと目を開けると、眩しい光が差し込んで、目眩がした。けれど、それは一瞬のことで、影がさしたかと思うと、私の視界に潤んだ紫の瞳が飛び込んできた。
綺麗……。
美しい漆黒の髪は艷やかで、光に反射する様はまるで黒曜石のよう。神秘的な紫の瞳は幻想的で、幼いながらも知性の伺える顔立ちをした綺麗な美少年が、私の顔を覗き込んでいて、思わず見惚れてしまっていた。
あれ?やっぱり私、天に連れて行かれてしまうの?
……でも、確かお迎えは普通、金髪の男の子のはずだし、彼には羽も生えていなければ、服もしっかり着ている。
頭の中で混乱しながら、目をパチクリと瞬かせていると、目の前の少年の潤んだ瞳から、ポロポロと雫が零れ落ちる。溢れた雫は、彼の頬を伝って、下にいる私の頬を湿らせた。
突然のことに更に慌てて起き上がろうとすると、体中に痛みが走って、身動きがとれなかった。ガンガンと痛む頭に、体全身がピリピリと悲鳴をあげている。きしんだ体では、彼の涙を拭ってあげることすら叶わない。何も出来ない自分が、酷く情けなく思えてしまった。
「良かった……」
彼は涙を流しつつ、それは嬉しそうに、やわらかく微笑んで呟いた。綺麗でいて優しいその笑顔は、私の胸をトクンと高鳴らせた。そうして、つられるように、私も一緒に微笑んだ。
あぁ、彼だ。”私”がずっと会いたかった彼。もう一度、笑顔が見たいと思った彼の笑顔だ。もう二度と叶わないと思った事が、こんなに直ぐに叶ってしまうなんて、夢なのだろうか?
「……こ、こは?」
夢だと思わずにはいられないけれど、現実だったらどんなに嬉しいだろうと、私は思わずそう呟いた。けれど、その声は酷くかすれていて、自分の声ではないように聞こえ、カサついた喉からジリジリと痛みが走った。
私の声を聞いた目の前の彼は、紫の瞳いっぱいにためた露を、そっと裾で拭って、ポケットから取り出したハンカチで、私の頬を優しく拭ってくれた。優しく拭われる布の感触に、少しくすぐったくなって微笑めば、彼も紫の瞳を緩やかに細めて、微笑んでくれた。
……ハンカチがあるなら、自分の涙を裾で拭かないで、ハンカチで拭ってほしかった。けれど、声を出すのも痛くて、伝えたいのに躊躇ってしまう。そんな私を見て、彼は眉尻を下げた。
「あぁ、ここは王宮内の医務室だよ」
「おう、きゅう……?」
「覚えていないか?お茶会に招かれていた君が、階段から足を滑らせて落ちてしまったんだよ」
――階段から足を滑らせて落ちた?
違う。私はあの時、お姉様に呼ばれて階段の上に行って、そこから突き落とされた……。それなのに、私が自分で足を滑らせた?未だにお姉様に突き落とされた時の感覚も、あの暗く澱んだ瞳も、弧を描いた真っ赤な口元も、鮮明に思い出せる。
思い出してしまうと、ゾワリと震えた。体が震えると、彼方此方から鈍い痛みが私を襲う。階段を頭から落ちて、この程度で済んだことに嬉しさはあるけれど、お姉さまのことを考えると、手放しに喜ぶことは、とてもではないが出来そうにない。
不安になった私を思ってか、彼は瞳を揺らがせた。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。驚かせてしまってすまない。私はジークロイン・アスタベルト。ジークロインと呼んでほしい。 ……以前に一度、会っているんだけれど、覚えているかな?」
「えぇ……。私は、リーシャル・スタネリアと申します」
「リーシャル……」
愛おしそうに私の名前を囁くジークロイン様に、私の胸はとても騒がしくなった。なんだか聞き覚えのある名前だけれど、思い出そうとする度に、霞を掴むようにスルリとすり抜け、思い出すことが出来ない。
王宮に居るということは、それなりに身分のある人だろうから、何処かで聞いたのかな?
騒がしい胸を宥めるように、ゆっくりと呼吸をしていると、ジークロイン様の横から、物語から飛び出してきたような姿の少年が現れた。光りを浴びてキラキラと輝く金髪に、澄み渡る碧眼の、まるで物語に出てくる王子様のような美しい少年。
……羽が生えていれば、まさに天に連れて行ってくれそうな風貌である。
「はじめまして。目が覚めたようで何よりです。私はジークの友人のルイス・リーガルと申します。ルイスと呼んでください」
「ルイス、さま……」
ジークロイン・アスタベルトとルイス・リーガルという名前。そして、甲乙つけがたい美しい二人の少年の姿を見て、私の落ち着き始めた胸の騒がしさは、もはや鎮めることも叶わぬほど、煩く騒ぎ出していた。
頭の中には、彼ら二人の”魔法学園に通っている姿”が一気に駆け巡る。
魔法学園とは、15歳になる年に魔法を扱う事の出来る貴族が、3年間魔法について勉強する場でもあり、卒業後の社交界へ出る為に、様々な人脈形成の出来る場でもある。
基本的に貴族の子息令嬢は6歳になる年から、お茶会への参加が出来るようになり、そこで家族以外の人との交流を持つ事になる。これは、魔法学園に入学する前に、ある程度の社交性を養うためにも推奨されている。
けれど、お茶会は基本的に家同士の繋がり、あるいは交友関係のある人とすることが主流であり、王家主催でなければ、別の派閥の人と社交場で出会うのは、魔法学園を卒業後の夜会からとなる。
現在、私は6歳になったばかりで、2回目のお茶会を階段から突き落とされた身である。
目の前にいる2人の少年は、まだ10歳にも満たないように思える。15歳の面影は現時点で形成されつつあるが、何故、私は彼らの”魔法学園に通っている姿”を知っているのかというと、前世……リーシャル・スタネリアという生を授かる前に、地球の日本という国で生きていた記憶があるからだ。
さて、前世の記憶があるからといって、何で分かるのかというと、前世でも当時の姉に階段から突き落とされて亡くなる前に、友人の智慧ちゃんから借りた【恋する魔法と精霊の国】という乙女ゲームの世界に、この二人と同じ名前の攻略キャラクターが居たからである。
名前もさることながら、二人の外見も、そのゲームの容姿と同じ色を持っているし、幼い頃のシーンのときに見た、スチルの姿そのものである。
問題があるとすれば、このゲームはタイトルに似合わず、いわゆる【ヤンデレ】が攻略対象となる。
……初めての乙女ゲームをプレイするのに、何故このチョイスなのかと言うと、単に智慧ちゃんの趣味である。彼女自身はヤンデレではなかった……いや、そうであっていただきたい。
まず、ジークロイン・アスタベルト様は、この王国……アスタベルト王国の第一王子様であり、王太子殿下でもある。
そんな彼は、近代稀に見る高魔力の持ち主で、氷や水の魔法を扱うことの出来る、【氷の王子様】である。使える魔法もさることながら、ゲーム攻略中も、とにかく冷たい。それでいてヤンデル……。
智慧ちゃんに「全員ちゃんと攻略して、感想よろしくね!」と、言われたがために、とても苦労して攻略したキャラクター。
生きることすらどうでもいいとばかりに言葉には棘があり、全く笑わないのは常時装備。主人公に心を開いてきたかと思えば、選択肢を間違えた瞬間――
「あぁ、君も私から離れて行ってしまうのか……ならば、いっそ私が殺して、ずっと、ずっと……永遠に一緒に居よう」
――とか言い出して、本当に殺される。びっくりした。
ゲーム自体あまりしていないという事もあり、ゲーム怖い!本当に怖い!殺される!と、本気で泣いた。智慧ちゃんに泣きついたら、それが良いのだと力説されて、違う意味で泣いた。
さて、そんな彼が病んだ理由は、幼い頃にあるらしい。
ゲーム内で詳しく語られなかったが、軽くその内容に触れていたはずだ……確か、幼い時に一目惚れした令嬢に婚約を申し込み、その後すぐに婚約。なのに、彼はその直後に病んでしまう。ゲーム内で、その話が出た際に、「え?自分で申し込んで婚約出来たのに何で??」と、頭を悩ませた。
が、この婚約者、全部の攻略対象のルートで、何故かヒロインをひたすらに虐めて、虐めて、虐めぬくのだ。それを知った瞬間、「あー、うん、確かに一目惚れした相手が、こんなに酷かったら病むかも……?」と、ない頭で思いもしたが、どうして頑なにヒロインを虐めるのか、理解できなかった。
続いて、ルイス・リーガル様は、現外交官であるリーガル公爵様の子息であり、長男。
将来はリーガル公爵家を継ぐ事が決まっており、尚且ジークロイン・アスタベルト王太子殿下と同い年である。その為、王太子殿下の学友として一緒に勉学を学び、王太子殿下の右腕と称されている。
そんな彼は、綺羅びやかな外見もあり、様々な女性と浮名を流してはいるが、決めた相手は居ないどころか、王太子殿下にベッタリである。そう、ベッタリ。それはもうベッタリすぎて、もしかしてそっち系……?と悩んでしまう程である。けれど、彼も、とてもヤンデル……。
まず、そもそも彼との出会いは、ジークロイン・アスタベルト王太子殿下と知り合い、一定の高感度を上げないと、攻略対象として出現しない。
そして、王太子殿下にベッタリな故に、ヒロインの事を調べ上げ、お茶会と称して呼び出される。此処には私達3人しかいないから、ね?話せるでしょ? ……という流れにして「貴女は自身の家族を、どう思っておいでですか?」と、訪ねてくる。
そもそも、ヒロインは市井で育った、チェルシーラ侯爵家の庶子である。
チェルシーラ侯爵家で、メイドとして働いていた母親との間に産まれたが、ヒロインが生まれる前に、身籠ったと知った母親は、逃げるようにチェルシーラ侯爵家を後にした。
そうして、母子二人で貧しいながらも、二人は細々と暮らしていたのだが、ある時アスタベルト王国内で、大飢饉が起こる。
そして、ヒロインは泣いている精霊と出会うのだ。泣いている精霊を慰めていると、いつの間にか、ヒロインは【精霊の愛し子】になっていた。
精霊の愛し子は、その名の通り、精霊に特別に愛された人の事であり、精霊の愛し子が居るだけで、その国は繁栄が約束される。
また、人の身には1属性の魔法しか、扱うことが許されていないのに対し、精霊の愛し子は全ての魔法を扱うことが出来る。
その為、庶民であれば、精霊の愛し子は国に保護される。貴族であれば、本人の意思によって、そのまま実家で過ごすことも出来、その際には国から高待遇を受けることが出来る。
さて、そんな精霊の愛し子のヒロインは、魔法学園に入学する1年前に、今まで一緒に過ごしていた母親に、精霊の愛し子だからとチェルシーラ侯爵家に売られてしまう。今まで貧しいながらも、助け合って生きてきた母親に捨てられたヒロインは、絶望してしまう。
けれど、知識も身よりもないヒロインは、チェルシーラ侯爵令嬢として生きることを決意し、1年で最低限の躾を受けて、魔法学園へと入学する。そして、ゲームの開始は、魔法学園に入学する日からがスタートとなる。
そんな、ヒロインに対する質問は、自分以外の人を許した王太子殿下に対する嫉妬で、王太子殿下と3人だけの空間を準備し、ヒロインの本質を見極めつつ、王太子殿下に幻滅させるはずだった。
けれど、そんな境遇でも、健気に頑張っているヒロインに、手を差し伸べたいとルイス・リーガル様は思うのだ。
……但し、この選択肢を間違えると、ルイス・リーガル様のルートどころか、王太子殿下のルートも消える。たった一つの過ちが、取り返しのつかない結果を招くと、教えてくれるゲームだ。ゲームだからこそ、ご遠慮したいのだけれど。
さて、そんな彼も、主人公に心を開いてきたかと思えば、選択肢を間違えた瞬間――
「私は初めて人を好きになる事を、知ったんだよ。みーんな、私を好きになる、でもね……私は君しか愛せないんだ。だから、ねぇ、私以外を見ないように、此処でずっと私と暮らそうね?」
――とか言い出して、一生閉じ込められる。そして、彼以外と喋る事どころか、見る事すら叶わなくなる。
生きてるだけ、ましなのかもしれないと、一瞬よぎってしまった私の心を、元に戻してもらいたい。切実に。
更に、この2人の他に攻略対象は4人いて、合計6人が攻略対象となる。それでもって皆揃って、とてもヤンデルわけです。
現在、目の前にいらっしゃる2人と、他3人のルートはプレイしたけれど、最後の1人がシークレットキャラクター?で、私は誰かすらも分からない。こんな事になるなら、寝る間も惜しんでプレイすれば良かった。
でも、何か大事なものを無くす気がしてならない。
……ねぇ、本当に何で初めての乙女ゲームに、【恋する魔法と精霊の国】を貸してくれたの?智慧ちゃん。
私は、もう会うことも叶わぬ友人を、脳裏に思い浮かべて苦言を漏らした。脳裏の友人は、そんな私の言葉を聞いて、ゲームの力説をはじめてしまった。
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